第三十八章ー3 今生きている場所は……?
どんなに悩んでも翌日は始まる。
何も考えてなくても動かなくてはならない。
自身が追われる身になり兼ねない状態でも、解決せねばならない問題があるのだから。
「ここは凄いなぁ! 見たことも無い物が動いておる!」
では、何故、俺は遊園地に来ている?
「あの……ここにテンペス様がいるんでしょうか?」
「ネシア様の憶測では……」
二人して目の前ではしゃぐ神様の肩書を一応持つ見た目ただの子供の言うことを全く信用していなかった。
ネシア様はここ二日間ほぼテレビを見ていた。そのせいか、この世界の事に妙に詳しくなってしまった。
「遊園地と呼ばれる場所に観覧車と呼ばれる物がある。あれは、この世界ではただの遊具だと思われているようだが、我には誤魔化せん。あれは世界の時計を模した魔力を帯びている。そこに行けば姉さまの行く末も分かるだろう」
と、それらしいことを言っていたが、行ってみたいと言う意思が丸見えなのが残念である。
入り口からでも良く見える観覧車には目もくれず、、ジェットコースターを目で追い、メリーゴーランドの馬に、「これはゼンマイ仕掛けか?」と疑問を抱き、更には子供たちに交じって風船まで貰っていた。
本当にこの人、お姉さんを探す気があるのだろうか――まぁ、あるだろうな。そうでなければノイローゼになることはないだろうし。
「とは言っても本当に当てが無いからな……」
「そうですね。今もテンペス様の行方を追っているんですけど。そうでした、少しだけわかったことがあります」
「えっ? 本当ですか?」
ステラさんが言い忘れていたことに気付いて、俺の方に振り返る。衣装が違うだけでだいぶ大人しい雰囲気を身にまとうようになった彼女に思わずドキッとしてしまった。
「この前お話した何か雰囲気が違うと言うのを覚えていますか?」
「そんなこと言ってましたね。だいぶ前にネシア様の元を離れたから、その時とは姿形が変わってしまったのかと、俺は疑っているんですけど」
「実はそれに近いんです。テンペス様、わざとそうしているみたいなんです」
「わざと?」
ステラさんは俺の疑問に頷き、更に続けた。
「魔力を辿ってみると確かに存在するみたい何です。ただ、テンペス様の外見に合致する人が見当たらないんです」
「それって、俺がさっき言った成長したとは違うのか?」
「神様ですから姿形が変わらなくてもおかしくは無いと思いませんか? ネシア様もインフィヌさんより圧倒的に若いはずなのに、インフィヌさんよりも地位、恐らく歳も上ですし」
「失礼な言い方になるかもしれないけど、同意しないといけないね」
俺は笑いながら風船を貰っていたネシア様の姿を追う。
追う。
追……えない。
「あれ? ネシア様は?」
「えっ⁉」
俺が何を言わんとしているのか、仕草で分かってくれたのか、ステラさんも周囲を見渡す。
だが、見つからない。
「俺が一瞬目を離した隙に」
「いえ、私がケイタさんに要らぬ……」
「とりあえず探しましょう!」
ステラさんの懺悔を掬うのにもだいぶ慣れてきたのはいいが、その次に現れた厄介者は俺の手にも余る存在だった。最悪迷子のお知らせを使う必要性があるけど、ネシアと言う名前を使うのは気が引ける。外国人で通せば何とかなりそうだが、ネシア様の外見はかなりアジア系。日本人と間違えられてもおかしくはない。
「なら追跡魔法でネシア様の足取りを」
「待ってください。魔法はまずいです」
一方でステラさんはと言うと、衣装変われど見た目変わらずの為非常に目立っていた。
白髪はまだいいとして、緑の眼は周囲の目を惹きつけるにはかなりの魅力を要していた。そんな彼女から光の線が出てきたら更に注目の的になるのは間違いない。たった一台のスマホで全世界に情報が共有できるようになったこの世界で、それだけはどうしても避けたかった。
「とりあえずここは広くないほうですから、歩けばすぐに見つかるでしょう」
俺たちが来た遊園地は駅で二駅程度の場所にある小さなもので、ディズニーやUSJみたいな端から端まで1キロ以上あるような規模では無い為、すぐに見つかるだろうと思った。
「お主は我を何だと思ってるんだぁぁ‼」
すぐに見つかった。向こうから教えてくれた。意図せず形で。
「ごめんねお嬢ちゃん。この身長に足りていないとジェットコースターには乗れないんだよ。君に乗れるものはいっぱいあるから、そっちの方を楽しんでもらえないかな?」
「お主もか! 何なら我の、ぐぇっ‼」
「すみませんこいつが! ほら行くぞ!」
ネシア様の服の首根っこを掴んでネシア様をジェットコースター前の身長制限の場所から引き剥がした。いつものドレスなら引っ張った時に透け方が強くなったり、最悪破れるかもしれないと言う恐怖があったけど、今のはメイドイン――どこだろ。とりあえずこの世界の服なら破れることも無いだろうし、雑に扱うことは出来る。
「ケイタ! 何で我はあれに乗れん⁉」
「ネシア様、言い辛いのですが、身長制限です」
「んなっ⁉」
ド直球に言われたネシア様が固まる。ただ、仕方ないことではある。事実であり、この世界に起きる規制の一つなんだから。もし、この国の法に基づいて酒も禁止されたら、彼女は一生動けなくなるほど硬直するだろう。
「身長が足りないと乗れないんですか?」
「あれ見れば分かりますよ」
ステラさんの指摘に、俺は今まさに真っ逆さまに落ちるジェットコースターを指差した。
「あそこの椅子に固定されなければ、空に飛びますよ?」
「それくらい我でも浮遊すれば」
「駄目です。魔法は禁止です」
空飛ぶ人間なんてもっての外だ。私を見てくれと言わんばかりの目立ち方は流石にさせられない。
「むぅあの速さは楽しそう――ではなく次元を超越する力がありそうだったんだが」
「はいはい。なら、乗れるジェットコースターに行きましょうか」
「子ども扱いされおって……従者のくせに」
「従者だから安全に対処してるんです。下手なことすると、お姉さんにも会えなくなりますよ?」
「うっ。それは、嫌だ……」
弱みを握るようで悪いが、郷に入っては郷に従え。神様であろうと勇者様であろうとそれには従って貰う必要性がある。この国は今まで異常に面倒なのは、彼女たちもここ二日で重々分かってくれているだろう。
「ならばあれで我慢する!」
そう言って指差したのは、コーヒーカップだった。
「あれなら身長制限は無いですね」
「飲み物を入れる陶器みたいですね」
「それをモチーフにしてるからね」
平日なのも相まってか人はほとんど並んでおらず、今いけばすぐさま乗れる状況ではあった。
あれで気が休まるならいいか。これ以上刺激するとステラさんは帰る術を失いかねないし。
ジェットコースターよりもどちらかと言えば観覧車に近い存在。ここならさっき途中で中断させられたステラさんの話を再開させることが出来るかもしれない。
俺はそんな甘い考えを持っていた。
相手が無邪気で、そして腐っても神であることを忘れていた。




