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第三十一章ー6 誰が為に、何の為……

 しかし、女王はピンと来てない、と言うよりも彼女が誰なのかに全く興味を示していない様子で淡々と話を進めてきた。


「勇者のお知り合いの身柄はこちらが預かっています」

「お前。ユニちゃんは大丈夫何だろうな⁉」

「これ以上私が伝えることはありません」

「おい! 答えろ! それはしていい事じゃないだろ⁉」

「あら。そうでした、忘れてましたわ」


 帰ろうとするレシアさんを止めると、彼女はそこまで重要性の無い忘れ物をしたかのように、こちらに振り返った。


「勇者様には是非ともアグニを壊滅して頂けるようお願いできませんでしょうか?」

「そうじゃないだろ! ユニちゃんの安否をだな!」

「神童の坊やには空賊の者に任せました。金を掴ませたら動く方々は楽ですね」

「おい、待っ!」


 けど、俺の聞きたかった答えは聞けなかった。

 こうなったら実力行使だと手を伸ばした瞬間、俺の前に氷の壁が現れる。


「くっ! どけっ!」


 俺は銃を取り上げようとした手を先に制したのは、壁――と思っていたレシアさんの精霊だた。剛腕が俺の手を簡単に覆いつくす。やろうと思えば簡単に折るどころか引き千切ることも出来るはず。なのに抑えるだけなのは精霊に、精霊の主にとって俺は重要な伝書鳩だと言う事なのだろう。


「あと。このことはご内密にお願いいたします」


 彼女の警告が耳に届くと同時に、精霊が押さえていた手が霧と化す。

 抑止力を失った手で銃を引き抜く。

 けど、そこにはレシアさんの姿は無かった。彼女が最初に伝えた通り、普段はそこそこ生徒がいるはずの空間に、俺以外誰もいない世界が生まれた。


 ……あの一瞬の隙にか。

 彼女が連れ去られたと言うことはジュドーくんも一緒に連れ去られたのか?

 でも、精霊である彼を拘束する術などあるのだろうか? そもそも逃げることや身代わりに特化した彼が、そんな易々と掴まるのだろうか?


「ケイタさん……」


 背後から声が聞こえた。

 そうだ。いつまでもこうしている場合ではない。


「ステラさん。まだ大会まで時間はあります。なので――っ⁉」


 俺の手が何者かによって掴まれる。

 その握力は巨人の精霊と比較しても差異の無い物で、俺は成す術も無く後ろに引っ張られた。


 そして、禁断の領域に引きずり込まれ。


 バタンッ!


 ドアは閉じられた。


「ステラさん?」


 女子トイレは異世界でも一緒だったらしく、男子トイレの大をするところの個室と同じ作りになっていた。


 いやいやちょっと待て、そうじゃない。そうじゃないんだけど。

 俺が異世界の女子トイレに入ったことがどうとかも一大事だけど、それよりも前にいる彼女の方だ。


「ごめんなさい……」


 ステラさんの表情が、俺の犯している性的モラルの違反を弾き飛ばした。

 涙を流しうつむき加減の彼女を普段からよく見ることはあるが、悲しみに暮れる彼女を見たのは、もしかしたら初めてかもしれない。


「あの時、私が、私が飛び出していたら」

「駄目です! そんなことしたらユニちゃんが!」

「いえ! 手を掴むだけで良かったんです! 相手の思考さえ! あの人の思い浮かべていることさえ分かればすぐに解決できたんです!」


 レシアさんがどのような人除けをしたのかは分からないが、もしそれが無かったら、今頃何事かと騒動になっていたかもしれない大声でステラさんは叫ぶ。


「ユニちゃんを一人の人と考えないような話し方でしたけど……それでもあの人は知らず知らずのうちにユニちゃんのことを、ユニちゃんを幽閉した瞬間を思い浮かべていたはずです。私がすぐにでも飛び出してあの人の腕を掴んでいれば、手を握りしめていたら良かったんです! なのに、私は疑われることを恐れ、飛び出せず」

「ステラさん。本戦までまだ時間はあります。ですから、落ち着いて」


 昨晩みたいにレシアさんが鬱憤の対象になってステラさんの黒歴史を新しく生み出さないように、彼女を宥めようとする。


「ごめんなさいっ!」


 だが、今日に限ってステラさんは食い下がる。

 強く体を抱きしめ、俺を放そうとはしてくれない。


「ステラさん、こ、ここは」

「ごめんなさい。何度も言われてますけど。今日だけは、今だけは、ごめんなさい」


 俺の胸に額を押し付けるステラさん。その頬に、一筋の涙が通った。


「全てを吐かせてください。そうしないと、私がどこかで今の事を吐いてしまったら……。ユニちゃんが。私の大切な友達の命がっ!」

「ステラさん……」


 始めは彼女の素性、性格が理解できずにずっと言い流し続けていた自己嫌悪の波。最近は彼女の為にもとすぐに打ち切るよう努力してきた。打ち切らなければ、いつかどのような形でかは分からないけど、爆発する可能性があるほどに詰まっていることも昨夜知ることが出来た。


 だから、本来止めるべきなのだろう。

 けど、止められなかった。ステラさんの喉元に、彼女が友達と認めた少女の命がかかっていることに、彼女は耐えられない。それを彼女も理解し始めていた。

 ここで全てを吐き捨てる。

 トイレと言う都合のいい場所に自身の不要部分を全て流してしまいたいと、彼女は懇願する。


「ばれないようにお願いしますね……」


 俺はステラさんをそっと抱き寄せ、言葉が周りに漏れないよう、彼女の口を自身の胸元に埋めるようにした。

 彼女の懺悔は1時間以上かかったと思う。

 その間、女子トイレに誰も来なかったのは幸いだった。

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