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第三章 指導する才はあるのだけど……

 馬車は揺れる。

 ヘインスからセイスキャンに出ている定期馬車は利用者の関係上廃止されていた。セイスキャン行きの行商人がいたことは渡りに船ならぬ渡りに馬車だった。

 中にはヘインスで採れた新鮮野菜の数々がぎっしり詰まった木箱。村の近くで捕れた魚の燻製。それから木で出来た木琴のような楽器がいくつか吊るされていて整備されていない道を馬が踏みしめる度にぶつかり合って音を奏でる。

 そして揺れる木製楽器に合わせるかのように揺れながら伴奏をする演者が一人。


「私が全てを終わらせる。

 私が終幕をもたらす悪魔。

 私が皆の夢を食らい尽くす悪夢。

 私が希望ある者を誘う奈落。

 私が勇者と言う偽りを持つ破壊者」


 私が、私が、私が。

 何事かとチラチラ騎手の行商人が幌の中を何度も伺っているが、そもそも俺と言う存在が目の前にいるが、ステラさんの口は止まらない。力なく左右に揺れる姿はメトロノームのように見えるが刻むリズムは非常に暗い。

 とは言えこれでも回復した方である。


 ◇


 あの日山賊、ついでに言うと家畜を荒らしていた魔物も討伐に成功したステラさんであったが、その結果折角掘り出して町まで引いた源泉を断絶させてしまった。

 グレマラ山を下りてヘインスの町に戻ったステラさんがまず行ったのは謝罪、土下座だった。

 そして予想通り始まった懺悔の嵐に皆動揺してしまったが、誰も勇者を責めはしなかった。寧ろ山賊どころか存在すら知らなかった魔物の討伐をしてくれた。

 けどもやってしまったことは取り返しのつかないことだとステラさんは勿論、実際現場にいた俺にも理解できた。


「と、とりあえず夜も遅いですから、お宿とお食事をこちらで用意いたしましょう」


 その姿を見て町長もたじたじになっていたが、何とかその場から立たせて宿まで連れていくことが出来た。

 明るい時間帯に黄金色が栄えていたことから予測できたが主食はパンだった。地球の物と比べると形に均一性が無い丸いパンだが、焼き立てなのか小麦の香りが強かった。けど、それに勝らずとも劣る香りを立てる鶏肉の丸焼きも美味しそうだ。ハーブか香辛料かは分からないが少しツンと刺激する匂いも胃の動きを活発にしてくれる。

 他にも瑞々しい生野菜が一口サイズに切られたサラダ、ジャガイモのスープ、デザートなのかザクロのような赤い実がいっぱい詰まった果物もあった。

 二人にしては過剰すぎる料理の数々。


 けど、その量は全く減らなかった。

 ステラさんは「私がこれを食べることで世界の食べれない子供たちが何人飢えて死んでるのでしょう……」などと過大自虐を起こして手を付けないでいた。食料廃棄大国日本出身の俺だからこそ、その気持ちは理解できるが、かといって食べなければ結局廃棄するだけである。俺は配膳してくれるおばさんにどんな料理か説明して貰いながらステラさんにもおいしいよと何度か促してみる。

 が、動かない。

 灰色の髪と相まって漫画に出てくる感じの燃え尽きた人間のように動かない。

 もし俺が医学部の精神科を専攻していれば、こういう時気の利いたことを言えるのだが、残念ながら俺は経済学部だ。

 だからやれることと言えば励ましコメントを送るか、好物で誘うかしかない。


「そういえばかなり汗掻きましたね。俺は不本意で温泉に着衣のまま入ってしまいましたが、ステラさんはずっと戦いっぱなしで汗も酷いんじゃないんですか?」


 そこで俺は彼女がこの町に来て真っ先に飛び込んだ好物で彼女を釣ることにした。


「おぉっ! そうでした! 私としたことが失念しておりました。それでは美味しい料理を舌鼓する余裕も無いでしょう。今からお風呂の手配をしましょう」


 俺の意思が共同温泉の管理人だった町長に伝わったようで、町長は使用人の一人を呼び止めお風呂の準備を指示した。源泉はもう一滴も流れていないから水を張った浴槽を熱すか、或いはお湯を浴槽に移すかするのだろう。

 それでも彼女の気が安らぐことを俺は祈るしかなかった。

 セイスキャンへ行くための手筈が整ったのは二日後であって、その間ステラさんは大概の時間を暗い顔のまま過ごすこととなった。


 勿論その間何もしなかった訳では無い。

 例えば、カバを吹き飛ばして壁に亀裂を生むほどのステラさんの力があれば山に穴を開けることが出来るのではないか。それで源泉を掘り起こしたらどうだろうかと相談をしてみた。


「勇者の力は絶大で加減が難しいんです。そんな物を奮ったら山の一部が吹き飛んで温泉の大洪水を起こしてしまいます。ほんの一部を突く? ふふ。私に針穴に糸を通すような芸当が出来ると思いますか? そんなことしたら私の手に血のアップリケが仕上がってしまいますよ?」


 だいぶボキャブラリー豊富な自虐を入れながらステラさんはその案を否定した。

 実は余裕があるのではないかと思われる喋りだが、その表情は窓の外から見える夜闇よりも暗かったのでこれ以上の追及はしなかった。(次の日ステラさんの部屋を訪ねた時、昨夜と同じベッドの上で体育座りだったのを考えると、これが正解であったと安堵した)


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