第二章-9 手を差し伸べるけど……
「あっ‼」
洞窟内に高音が響く。
声帯の関係上それを出せる人間は一人に限られる。
俺も山賊も声の出所であろうステラさんに目を向けた。
が、視線を集められた本人はと言うと俺たちの誰とも視線を合わせてはいない。
少女は俺たちの目線よりも遥か上を行く点を睨みつけ、先程忠告を受けたはずの武器を構えている。
「おい待て嬢ちゃん! こいつがどうなっても」
「そこから離れてください! 今すぐ!」
ステラさんの警告が山賊たちの蛮声を上回った。一瞬の戸惑いが山賊たちに僅かな隙間を生み出す。ステラさんにはそれだけで十分だったらしくその隙間を光が通り抜けた。剣を携えた右手とは逆の手、先程は火の玉を出していたが、今度は稲光が走った。
それが着弾すると同時に俺たちの後ろにあった岩場が砕け散った。
山賊の親分を狙って狙撃した、わけでは無い。
岩を崩して親分の頭部を狙ったわけでも無い。
元々そこを排除したかった為に撃ったとしか思えない。
「あぶねえ! お前何が――」
親分の怒号がジャバジャバ落ちる岩に負けじと轟く。
ザバーンッ‼
しかし、明らかに規模の違う落下音には勝つことが出来なかった。それは声だけでなく体の意たる部分に変化をもたらす。
動揺した腕は僅かに力が緩み、今なら湯気と汗が潤滑油がわりになって束縛を逃れることが出来るはずだ。
けど、すぐに行動に移せなかった。
俺の視線は、恐らく山賊の親分、皆と同じ方向を向いていた。
先程までいなかった入浴者。
いや、入浴、魔物。
体躯は獣と呼んでも差異はなかった。それでも俺が獣と呼ばない理由は、それに比類した生き物を俺は知らなかったからだ。
足が六本あり、大きな瞳が一つ。
頭が大きいせいか首が若干長く、足の位置近くまで頭が下がっている。顎髭のような体毛はずっと入浴している。
「ちょっと待て! 何でこんな所にカバがいるんだ!」
「か、カバ⁉」
親分はその姿に驚き、俺はその正体に驚く。
どこからどう見ても川や泥沼でぼーっとしているあれには見えない。実は凄い速さで走ったり、陸上の生き物の中ではかなり獰猛な部類だと言うのをテレビかネットで不要な引き出しとして入れた記憶はあったけど、これはそもそも姿形自体が地球のそれと大きくかけ離れている。
無論、危険度がそのトップに君臨する。
「逃げてください! 早く!」
その理由をすぐに理解できた俺は親分の腕の中からするりと抜け出す。
それに気づいた親分ではあったが、それが自らの身を危険に晒す結果となる。
カバが一人逃げ遅れたと判断したのか、親方めがけて飛び掛かってきた。
「くっそ! くんじゃねぇ!」
大量の牙を備えた大きな口が親分の元へと襲い掛かる。
確実に得物を仕留める為に進化した口に怯えて後ろに跳び去り、尚且つ両手の指を絡め、まるでそれが大きなハンマーであるかのように跳びかかるカバの脳天めがけて拳を振り下ろした。
飛び退いた先にカバは突っ込んできていたようで親分の鉄槌はカバにクリーンヒットした。
「けっ! ばけもんが! 俺は何匹も魔物をやっつけてきてるんだ。図体がでかくても所詮は頭のわりいばけもん何だよお前は!」
と、強がる親分ではあるが、その顔は死を覚悟した顔だった。
ステラさんの攻撃は回避されてしまったが、親分の一撃は決定打になったのか、カバが沈んだ辺りが赤く染まる。
手応えのあった親分が下ろしていた腰を上げる。
「キャァァァァァァッ‼」
ステラさんの悲鳴が轟く。
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ‼」
俺と山賊たちの辛辣な声が響く。
「な、何だ⁉ うっ。な、なんだ」
親分は皆の反応を気にし、その後自身の異変に気付いた。
そして絶望しただろう。
下半身にある、男の象徴が失せ、血が流れていることを。
「ぎぃぃぁぁぁぁぁ!」
その叫びに呼応するように俺(山賊たちも)は股間を抑える。痛い! 痛すぎる! ぶつけられるだけでもかなり痛いのに、千切られるとか想像すらしたくない!
俺たちが嘆いているとカバが浮上してくる。打撲程度では何ともなかったカバの口からは血と水の混じった液体が流れる。その口の中に、親分の大切な物が存在するか、既に臓器に運ばれたかは定かではない。どちらにせよ、それが戻ることはもはやない。
「何だよこいつ⁉」
「魔物に決まってるだろ! 逃げっぞ!」
「あ、あんなすばしっこくてでけえ奴と俺やったことねえぞ……あんなの倒せんのか⁉」
今まで敵対していた二組が手を取った。と言うよりも協力せざるを得なくなった。が、俺は異世界に来て僅かなど素人。平地と比べると厳しい環境である山籠もりに慣れている山賊たちも弱気になっている。そして、親分は戦意を喪失している。例え道を外れた者とは言え、生物の理、営みを失ったことはよほどショックだったのだろう。
「はぁっ‼」
だが、一人は違う。
例え相手が極悪非道の山賊であろうとも、それが困っている相手なら助けるのが勇者の勤め。
温泉に住むカバめがけて剣を振るう。
カバはこちらでも水生動物なのか、そこまで深くはない温泉の上を滑空するかのように移動して斬撃を避ける。逃げるカバに追い打ちをかけようにも俺でも移動に抵抗がある位の水位がある温泉内ではスカートのステラさんは自由に動けないに違いない。
「ステラさん雷系の魔法は使えないんですか? 温泉に感電させればどこにいようとダメージを与えることが出来ませんか⁉」
世界は違えど化学原理は一緒なら、水に電気が通って感電させることは出来るはずだ。ステラさんが出せる電圧次第でもあるが、勇者だから恐らく雷クラスの雷撃を打ち出せるに違いない。
「駄目です! カバは雷耐性が強くて、蓄電して雷を吐き出すことも出来るんです!」
「カバえげつねぇ‼」
現実のキリンと神話の麒麟ばりの違いじゃねえか! そんな化け物が何でこんな所にいるんだ⁉
「っ⁉ 来ます!」
カバが浮上する。そして対峙するステラさん――では無く未だに温泉に下半身を温泉に埋もれている俺。弱っている、或いは動きの鈍い獲物を狙うのは生きていくため、食べていくために為の摂理か。
「くっ動きづら」
「捕まってください!」
この世界(そもそも地球でも)で自然界弱者な俺をステラさんが跳躍し、身を挺して守ってくれる。大の大人一人を抱えながらも走り幅跳び世界記録を優に超えそうな跳躍をする彼女。けど、その体つきは筋肉質とはそこまで無縁であり、寧ろ柔らかかった。どことまでは詳しく言わないが全体的に。
「くっ! 来るな! おい、お前たち! 俺を助けろ!」
俺を温泉の外に連れ出すや否や、助けを求める声にステラさんは向き合う。
頭が弱っているのだから命を張ってでも守るべきなのだろう。だが、この辺りを縄張りにしている彼らでさえ遭ったことも無い異形に、へっぴり腰の彼らはすぐさま立ち直ることが出来なかった。
それでも勇者は動く。
相手がどれだけ凶暴であろうと。
救助者がどれだけ凶悪であっても。
そして俺は、勇者を目撃する。




