第二章-6 手を差し伸べるけど……
さっきは指先で感じた熱が、今度は体全体に感じる。それも一気に感じると言うよりもじんわりと。
「あっつ! あぶっ! 何だ⁉ 水⁉ 熱い! お湯⁉」
何とか話せる。と言うか叫ばざるを得ない。どうやら俺は地面に直撃を避け、水の中に落ちたようだ。
体を起こしてみると、そこは水溜りだった。が、ただの水溜りではない。どうやらお湯、つまりは温泉のようだ。
となると、ここが噂の地底湖か?
にしてはずいぶん浅い。山を支える位の広さと深さがあり、巨大古代生物が泳いでいる地底湖を想像していたが、実際は俺の腰くらいまでしかない。それでも全身びしょ濡れになったことには変わりないが。
「いや、これは違うな」
俺は周囲を見渡し、ここが地底湖に続く道中だと確信する。
周囲を照らせるように置かれた松明。
温泉を堰き止める為に置かれた巨石。
それから、焚火の跡と食いカス。
明らかに誰かが住まえるようにあしらわれたこの空間。
だとしたら、ここが。
「誰だ!」
洞窟内に唸る蛮声。
俺の物でもステラさんの物でもない声は、源泉が流れてくる先から聞こえた。
水を掻き分ける音が少しずつ近づく。
松明の灯りが人影を捉えた。後ろに伸びる影は化け物のような巨躯を保持し、熊では無いかと目を疑う位だ。魔物がいる位なら喋る熊がいてもおかしくは無いのかもしれない。
「何だお前は! どこから入ってきた⁉」
現れたのが熊じゃなくて安堵する。が、危機的な状況には変わりない。
熊じゃ無かったとはいえ、熊と見間違えるような筋骨隆々な体に体毛が毛深く覆われている大男を前に俺はたじろぐしかない。長い月日手入れをしていないミミズのような髪はしっとり濡れ、その合間から見える獰猛な目は、招かれざる者である俺を敵視する。
「えーっと……不注意で足を滑らせて――上から落ちてきまして――あなたはここの家主さんでしょうか?」
アルバイトで培ったへりくだった応対で相手が暴動に出る前に宥めようと心がける。
今は何の得物も所持していないが、異種格闘技戦になった場合負けるのは確実に俺だ。
「どうした? 何があった親分?」
「何だてめえは? ここは俺たちの縄張りだぞ⁉」
更に俺の勝率を下げる増援が奥からわらわら現れる。どれも厳しい環境を生き抜くために猿に退化、いやゴリラに進化したような筋肉の塊が狭い洞窟に暑苦しく詰まっていく。温泉の熱気も相まってサウナのようだ。
温泉は腰まで浸かるほどの深さがあり、うまく身動きが取れない。一方で親分と呼ばれた強面の男は温泉に浸かっているが、それ以外は温泉の外だ。動きに制限が無い。
そして、俺は今一人。
「ケイタさん! 大丈夫ですか⁉」
ではない。
上から聞こえた天の声に応えるかのように俺は天井を見上げる。
赤い光を右手に纏い、白銀の天使は舞い降りる。
壁を蹴り、衝撃を和らげながらステラさんはこの地へと下りる。
「一体何――」
悪ガキが虚空へと放り投げたヒキガエルのように着地した俺とは違い、白鳥が水面に降り立つようにステラさんは温泉を避けて地へと下りた。
「キャァァァァァァッ‼」




