第二章-5 手を差し伸べるけど……
登り始めてそこそこ時間がかかったところで大きな横穴を見つける。そこからは湯気が出ていて、尚且つ硫黄の臭いが風に乗って流れている。
ここか。確信すると同時にステラさんの溜息はより一層重くなる。どういう事情があるのかは分からないが、ステラさんは山賊を倒すということに身を退きたくなることがあるようだ。
「行かなくちゃ」
「大丈夫ですか?」
「受けちゃったし……」
それでも後には退けないとステラさんが前に出る。
どんどん追い詰められているようにも見える彼女。何か力になれることが無いかと考え、俺は彼女よりも一歩前に出る。
「大丈夫ですって! ステラさんは実力があるんですから! 先に考えるよりもとりあえず挑戦することで、工程は後から考えましょう」
俺はバイトでありながら後輩の指導に付くことが多かった。人は初めて行うものに何らかの抵抗を抱く。
失敗、リスク、代償。
重たい言葉が彼らの前に立ちはだかる。
そんな時に俺がよく使う言葉がこれだった。
偉い人が言っていた。俺たちは挑戦したからこそ今生きている。
例えば赤ちゃんだった時も、挑戦したからこそ自分で立つことができた。
転ぶと言う失敗、怪我をするというリスク、そして、痛い思いをする代償。
それらを乗り越えて俺たちは成長してきた。一度はやってきたこと、だからやろうと思えばできるんだ。
「行きましょうステラさん! あなたならできるんです。山賊退治だって、へインスの人たちを救うことだって、俺を助けることだって」
「ケイタさん!」
ステラが俺の名を呼ぶ。
俺ができることはこうやって彼女に大きな声を出してもらえ、前を向いてもらうこと。これだけなんだ。
それでも、彼女がこうやって前を向いてくれたことに嬉しくなる。
――けど、何でそんな不安そうな顔をするんだろ?
「後ろに気を付けてください!」
ステラさんが叫ぶと共にゴゥと言う音で辺りが明るくなる。光源は彼女が前に出した手のひらに小さく燃える火の玉だった風以外にも火の魔法すら使えるのか、などと感心した。それが仇となった。
数刻遅れで後ろを振り向いた俺がまず見たのは、大きな穴に体半分以上浮かぶ俺だった。
「うぉぁっ‼」
デジャブを感じる場面に遭遇した俺は、無意識のうちに宙に出ていない右足で踏ん張り左手で近くの壁に手を置く。そして右手で助けを求める。
あの時は謎の空間がお隣さんや前の通りを歩く人たちに俺の声を憚らせた。だけど、今はこの手を取ってくれる人がいる。
「ケイタさん!」
彼女の手が俺へと近づく。
そうだ、今は目の前の出来ることをすればいい。そうすれば感謝してくれる人がいるんだ。そんなに落ちぶれる必要性はない。
俺は勇気あるその力強い手を掴み。
「あぢぃぃぃぃーーっ⁉」
俺は彼女の手を放した。
「ふわぁぁっ‼ ごめんなさぁぃぃー‼」
彼女の悲鳴が遠のいていく。
謝る必要性は無い。これは、俺が悪いんだ。右手を差し出したら必然的に右手を出すしかないんだ。そうしたら火の玉に触れることになるのは誰だって分かる。だから君が悪い訳じゃないんだ。
俺が――。
俺の体は再び宙に舞い。
ザボーンッ‼
打ち付けられた。
「あっつぅぅぅー‼」




