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第二章-4 手を差し伸べるけど……

 この選択が間違いであったことにすぐさま気付かされた。

 山登りが苦と言う訳ではない。いや、きついにはきつい。けど、それ以上にこの状況を深刻にする間違いがあったことに、俺は気付いてなかった。


「お助けしますと言っておきながら違う声にそそのかれてしまうなんて私どうかしていますよね。痴呆症ですか? もしくはただ物忘れが激しいだけですか? いえ、もしかしたら私は忘れたかったからわざと忘れてしまったのですか? そうでしょう。きっとそうなんでしょう。自分から掬っておきながら目の前に好物が飛び込んで来たらわざと手を離す貪欲な女なんですよ。そうやって私は好きな物から好きな物へ、男から男へ移り変わる嫌な女になっていくんでしょうね。何が勇者ですか。そこらへの娼婦以下じゃないですか。名声と力で好き放題いってばご褒美が貰える。――あははっ……嫌らしい雌犬ですね、私」


 俺のことを忘れて飛び出していたことに気付いた彼女は山に登る間ずっと死んだ魚のような目でぶつぶつうわ言を述べ続けている。

 症状が前回よりも悪化しているようで、自身の将来を貶すようなことも言っている。

 これが、俺の犯した一番の過ちだ。


 俺からの依頼は元の世界に戻してほしいといういつ終わるのか、そもそも終わるのか自体わからない依頼なのに対し、管理人の依頼は山賊を倒してくれと言う目標も目的のための段取りも明確な物だ。

 だから放って置いても勝手に終わらせてくれるし、その間は管理人さんに自身のことを説明した上でどこか待機場所を恵んでもらっていても良かったのだ。

 そして何より、ここに俺がいること自体に何の意味もなさない。

 山賊相手に俺ができることと言えば何だ? 狼と違い説得ができるか? たぶんできない。相手は人道を外して生きている輩。俺に交渉人のような説得力はないし、ましてや交渉材料なども無い。

 それにステラさんが剣を携えているように相手は何らかの得物を所持している可能性は十二分にある。仮に素手だったとしても、こんな山岳地帯で生きている逞しい奴らに勝てる気がしない。


「俺の方はいつ終わるか分からない依頼ですから焦らなくていいですから! それに異世界の温泉だってどんなのか見てみたいって気持ちもありますし、異世界旅行も雅な物ですよ!」


 だから、俺ができることと言えば隣でアーウー自分を非難する言葉を探す勇者を激励するだけだ。


「温泉……」


 彼女を一度地獄から手繰り寄せた蜘蛛の糸を利用する。釣り糸が顔にかかったのか、ステラの顔が上に向く。


「もし、私が山賊を倒せなければ、へインスの人たちが悲しむし、何より私が温泉に入れない……」


 操り人形の首にかかっていた糸が再び切れる。

 助けたいよりも自身の欲望が上に行っている気もするが、どっちが先であろうと救うものは一つだ。そして救える人間も彼女だけなんだ。


「そこまで落ち込まなくても大丈夫ですから! 山賊退治は何度かしたことあるんですよね? 魔物退治と比べたら楽じゃないんですか?」


 俺は再度慰めにかかる。

 魔物は得体のしれない容姿で、予想だにしない一撃を食らわせてくる。そんな印象があった。一方で山賊はどれだけ鍛えていようと地形の利を知っていようと所詮は人。できる範囲が自身と同等だと考えれば対処もしやすい。俺はそう考えて彼女に問いかける。


「……………………はぁぁ……」


 何かを思い出したように目が大きく開いた後の沈黙。そして溜息が続いた。

 まずい。これは何か触れてはいけないところに触れてしまったようだ。

 考えられるのは、人間を倒すということへの抵抗。

 地球では法と言う存在が、殺人への決定的な抑制力となっている。でも、それが無かったとしても、大抵人間は殺人を行わないだろう。理性がそれを拒んでくれるからだ。

 ステラさんはいい人だ。だからこそ、山賊にも何か事情があるのではないかと考えて倒すのを拒んでしまうのではないだろうか?


「あ、あ、あの。俺の言ったことは気にしなくていいですからね! 何も知らない男が適当に言ったことだと思って流していいですからね!」


 俺の慌てた訂正にステラさんは首を横に振る。

 それの意味することは何だ。

 俺のせいじゃない。

 そうじゃない。

 気にしないで。

 どれにでも取れてしまうが、今の彼女にそれを聞いてみる勇気は無い。


「あ、あそこ……」

「んっ。湯気が出てる」

「恐らくあの奥に――はぁっ……」

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