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第二章-3 手を差し伸べるけど……

 ヘインス共同温泉の中は昔ながらの銭湯みたいな構造をしていた。

 入ってすぐ右手には番台のような物。その奥に扉がある。先ほどの管理人はあそこにある窓から外を覗いていたのだろう。

 正面にある大きな扉を開け、中に入ると脱衣所に繋がっていた。

 ――すぐに脱衣所って、ここってまさか混浴か? 先のステラさんの誘い方も相まって妙な想像が頭に浮かぶ。けど、それは俺の早計で終わり、次の部屋、浴場でその理由がよく分かった。


「これが、私たちの村の宝です」


 管理人が開けた扉の先には確かに温泉があった。

 大人が十人くらい入っても悠々できる広さを誇る浴槽は白い木材で囲われていて、天井は一部取り払われ、半露天風呂状態となっていた。入り口の昔ながらの銭湯から一変、老舗の売りとも言える露天風呂だが、俺は入ろうと思わない。

 底には確かにお湯が張っていた。

 だが、どう考えても踝にすら辿り着かない湯量では、足湯としても心許なかった。硫黄の臭いが外まで立ち込めていたのは、お湯の量に対して硫黄の濃度が意図的に高くなってしまったからなのかもしれない。


「これじゃ入れないよ……」

「掻き集めて一人分が限界ですね」


 俺たちの感想に管理人は大きく項垂れる。


「今まではしっかりとお湯が流れておったのです。へインスの裏に位置するグレマラ山は昔火山でした。そして地下には地底湖が存在し、そこが硫黄の出土地であったなど偶然が重なり、自然の温泉が出来上がっていたことがわかったのは数年前のことです。

 町や都市から離れたこの地が衰退しないためにはこれしかないと、若い男たちに畑仕事を放棄してでも源泉をここまで引くための工事に参加させたのです。半年もかけることとなりましたが、私たちは宝を村に持ち帰ることができたのです。ですが、これを大題的に表に出す前に、悲劇は起きてしまいました。

 賊が、山に住み込んでしまったのです」

「賊? 山賊ですか?」

「元はただの荒くれ者でしたが、今は山を根城にしていますから、そう言ってもおかしくは無いでしょう」


 この世界にはまだそんな奴らがいるのか。もしかしたら日本にもいる――訳ないか。他の国は分からないけど、現代日本にそんな奴がいたらすぐ包囲網を張られて逮捕、刑期に処されてしまうだろう。


「つまり、山賊たちは温泉を独占したいが為に山に籠ったと、なんてうらやま――自分勝手な人たちなんですか」


 もしもし勇者様。さっき本音が漏れてませんでしたか?

 勇者が独占なんてしませんよね?


「その理由に、心当たりがあります」

「何かあったのですか?」

「少し歩きますが、よろしいでしょうか?」


 過去の出来事を思い出したのか、暗い表情になった管理人に俺たちはただ頷いた。

 とはいうが、実際にそこまで歩くことは無かった。いや、実際は結構歩いたのかもしれない。三時間の徒歩は交通手段整った日本生まれの俺を根本から変えてしまったのか。


「ここは、骨を捨てる場所ですか?」


 果たしてそのような場所が異世界に存在するのか分からなかったが、俺がその場所を説明する場合、そうとしか表せなかった。

 大量の骨が大人どころか象一匹が引っかかりそうな大きな落とし穴状の穴の中に無造作に放りこまれていた。


「もともとそのような場所は存在しませんでした。ですが、処理するには止むを得ませんでした。この牛の残骸は、一夜にして出来上がってしまったのです」

「一夜⁉」

「全て食らわれてしまったのです。賊たちに」


 広大な草原を有効活用した牧草地は、へインスの村から少し離れた場所に作られていた。

 所狭しと埋められた骨の中から見える頭蓋骨の数からしても相当な牛が放牧されていたようだ。


「ここは村から少し離れていた上に夜に襲撃されたせいで、牛の悲鳴に気付いた人はおりませんでした。翌日、牧場主が訪れた時には、手遅れだったのです」

「それが、山賊の仕業と?」

「昔牛を持ってかれたことがありました。しかし大量の牛を山に持っていくのには時間がかかり過ぎるからか、その場でばらし、残骸を置き去りにしていったようです」

「そんな、酷い!」


 山賊が取った非道にステラさんが悲鳴をあげる。その思いに俺も同意する。

 俺は肉を食べてこなかったわけではない。寧ろ好きだ。

 食べている際に感謝している訳でもない。当たり前だと食べている。

 けど、その行為には無性に腹が立つ。

 そして、その悪行はまだ終わっていない。


「で、それが何故源泉を止めることになったんですか?」

「私たちは二度とこのようなことが起きないよう牛の飼育地を村の近くに変えました。それ以外の家畜もできる限り村の近くに、穀物類も村の中央に保管するようにして異変に気づきやすい環境を作りました。

 それが、気に食わなかったのでしょう」


 これは山賊からの静かな警告、違う、脅しだ。

 無視すれば村の活性化を阻害され、従うのであれば、村の人たちは継続的に山賊の奴隷扱いとなる。

 どちらを取るにしても村人たちにとっては大きな問題が残る。何とかしなくてはならないところで現れたのが、イシリオル家の現勇者様。


「話は聞きました! その願いを引き受けます!」


 そして困っている人を放っては置けないステラさんが、これを断る理由は無い。


「私利私欲の為に皆の温泉を独り占めする人間は悪い人以外の何者でもありません! イシリオル家は困っている人を助けるのは勿論。悪い人を成敗するのも役目! 温泉、へインスの村の人たちの為に、私が山賊を退治して差し上げます!」


 ステラさんが訴える。

 だが、その中に山賊同様私利私欲がちらちら見え隠れするのは誰が見ても明らかだ。


「助けてくださいますか! ありがとうございます。今日はこの村まで来るのにお疲れでしょう。お宿と細やかではありますが」

「ありがとうございます。けど、ご心配無用! グレマラ山なんてすぐに登ってみせます! ですので、温泉再開の為の準備をしておいてくださいね!」


 ステラさんが休む(宿で)前に寛ぐ(温泉で)ことを優先し、言うが早いかすぐ隣に聳えるグレマラ山へと歩み、いや駆け足で向かっていった。この時点で、へインス共同温泉は再開の際女性限定となることが決まった。


「って、ちょっと待って下さい! 俺は⁉」


 そこでようやく自身の置かれている立場に気付く。

 見知らぬ村で無一文放置。昔やっていたテレビのバラエティーのようだが、誰の手助けも無く連絡もできない異世界では洒落にならない。

 ここで大人しく待つわけにもいかない俺は、すぐさまステラさんを追って今度は山登りに挑戦するのであった。


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