プロローグ
「――――ら、助け――――」
「――困っ――はね――」
「でも――――駄目――――」
「大丈夫――」
「先輩! すみません! お休み中!」
最近何度か見た夢はいつも通り靄がかかったように曖昧な世界で、今日も何をしているのかは勿論、何を話しているのかも理解出来なかった。
逆に理解できたのは慌てた声と、限界を悟り明滅回数が増えたLEDライトの光だった。
「んっ……何かあったんですか、宮口さん」
体を預けていた椅子が悲鳴をあげる。最近の休憩時間十五分の使い方はこうやって椅子にもたれて仮眠を取ることに決まっている。
が、たまにそれはこうやって中断させられる。
「え、えっと! 電気料金のお支払いをしたいと言うお客さんがいたんですけど……私そんなのやったこと無くて」
制服姿が初々しい少女がそわそわしながら俺に現状説明をする。
あぁ、なるほど。これは仕方ないわ。月一回の徴収で尚且つ大体の人が口座振替何だから彼女、宮口さんが理解できるわけがない。なんせ初々しいから。
「分かった。俺が出るから、一緒に見ていて」
「はい! お願いします!」
休憩室から出て店舗に戻ると、予想していた人物がレジの前に立っていた。コンビニで電気料金を払う、おまけに多数あるコンビニの中からこの店舗を選ぶ人物は大概決まっている。
「電気料金のお支払いですね。お預かりします」
電気料金の振込用紙を受け取り、幾つかあるバーコードの中から必要なバーコードを読み取り「お支払いは?」と問うことなく、電子マネーの読み取りを開始した。それに間髪入れる間もなくお客さんはカードを読み込む専用の機械にかざした。
「ありがとうございましたー」
支払いを済ませると軽いお辞儀をしてお客様は帰っていった。
「凄いですね望月先輩……。何も聞かずに一瞬で支払いを済ませちゃうなんて」
「あの人は普段よく来るから理解してただけだよ。勿論初めてきたお客さんには支払い方法を聞くよ?」
今の手続きにかけた時間は一分にも満たなかった。
けど、俺、望月恵太がここでアルバイトを始めて、初の電気料金支払いをした時はレジに列を作らせてしまった。誰でも初めはこうなってしまうんだ。
…………あれが確か二年前。
そうか。俺ももう大学三年生か。
酒飲めるようになったんだ。早えな。てか、そろそろガチで就活考えないとな。このままコンビニ就職――は何だか違う気がする。例え上司に好かれていようとも、可愛い後輩がいようとも。
「宮口さんは入ってまだ二ヶ月何だから、月に一回あるか無いかの仕事が分からなくて当然だよ。ゆっくり覚えていけばいいさ」
「でも、もし私一人の時にさっきのようなことがあったらクレームに繋がっちゃいますから……」
宮口さんが視線を下に向ける。
「高校生にワンオペはさせないって。そもそも土日の昼から夕方何て一人で負わせる訳無いって」と言えば解決なのだが、彼女はそういうことを言いたい訳じゃないと醸し出す雰囲気で理解した。
誰でも不安に思う時はある。俺だって来年、いやもしかしたら(無いと思うが)再来年卒業した後どうなるのか不安になることもある。十社近く落ちるかもしれないし、無いとは思うけど履歴書をその場でシュレッダーにかけられるかもしれない。
「そうなったらその時に考えればいいんですよ。人は宮口さんが思うほど悪い人ばかりじゃありませんよ? ニュースとかSNSだとモンスターなんちゃらーみたいな特集してたりしますけど、そんなのごく少数ですからね」
ゆとり世代の若者、老害と呼ばれる高齢者、その中間で挟まれた大人たちとの入り混じった思想論が現代社会のネットやテレビで毎日のように飛び交っている。それが原因で宮口さんのように恐怖心を植え付けられてしまう人も少なくはない。
鬱や精神疾患何て物は数十年前には無かった。いやあったかもしれない。けど、誰もそれを重要視などしていなかった。
気にし過ぎればし過ぎるほど、心は病んでいく。
だから、俺はそうなった時に考えることにしている。
自動ドアが開いたチャイムが店内に鳴り響く。
「いらっしゃいませー」
少し早い休憩時間を終わらせ、普段と変わらない挨拶でお客を迎え入れた。