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前金三万じゃ足りません。 ~鏑木湊斗の不器用な霊視商法~  作者: 黒崎リク
第一話 黒い四階 ~前金三万じゃ足りません~
3/36

(3)

「……」


 ――面倒な奴に絡まれた。


 湊斗みなとは内心を隠そうともせずに、無言で渋面を作った。


 水宮みずみやの指摘は当たっている。

 湊斗だって、いつもいつも高い前金で相手を追い払うわけじゃない。


『あ、あの……鏑木君……少し、少しでいいんだけど、話、聞いてもらっていいかな?』

『ま、まあ、俺の気のせいだとは、思うんだけどさ! は、ははは……』

『も、もう、あたし、どうすればいいのか、わかんなくて……』


 暗い顔つきで辺りを窺いながら、自信なさげに話し出す先輩。

 一見明るそうに振舞っているものの目に怯えを乗せ、乾いた笑いを零す男子。

 追い詰められ、人に話すことで気が緩んだのか、泣き出す女子。


 彼らの周囲には暗い影が纏わりついていた。

 本当に霊現象に困惑し、困っている人に『前金三万』という要求をするほど、湊斗は守銭奴ではない。そこはケースバイケースだ。


 “本物”の相談者である彼らには、『前金二千円』で統一して霊視をし、あとは祓い屋を紹介して、時には仲介もする。二千円は、相談料と仲介料を含めた額だ。

 また、一目見て症状がやばいと思ったときは、自分が知っている身を守る方法を教える。

 たいていは、和紙に包んだ清めの塩(チャック付きポリ袋に入れて常備している)を渡し、けっこうやばいものだったら、数珠(両手首に計六本着けているブレスレット型の数珠)を押し付ける。


 紹介する祓い屋は主に、湊斗の叔父である鏑木真澄かぶらぎ ますみだ。幸いにも隣の市に事務所を構えており、大学からそれほど遠くはない。

 真澄自身も(自称)デキる祓い屋であるし、それでも難しい場合は祖母の浪江や、知人の僧侶や神主などに繋いでもらう。

 真澄からは、依頼人を紹介することで紹介料を貰えるから、依頼人にとっても湊斗にとっても悪い話じゃない。別にボランティア精神でやってるわけでもなしの、臨時バイトのようなものだ。

 

 まあ、そうやって偶に“本物”を引き受けるから、ひやかしの客がいまだに無くならないのだろう。

 オカルト研究会の奴らも、どこで誰から聞きつけているのか知らないが『君のその力は僕達の研究会に必要で云々(うんぬん)~』と勧誘を諦めない。


 とはいえ――



 湊斗は、自分の腕を掴んで離さない水宮の顔を見下ろす。

 今回のようなケースは初めてだ。

 湊斗の霊感が本物かどうか確かめるために、ムダ金三万はたくとか。しかも、“本物”から聞いた情報をわざわざこちらに話してくる。


 ただの“ひやかし”じゃないことは確かだ。


 でも、オカルト研究会にこんなイケメンモデルは所属していないから、そちらの勧誘でもないだろう。ひょっとしたら宗教関係とかだろうか。

 ともかく、何を企んでいるか知らないが、これ以上関わりたくない。面倒なことになりそうだ。


「……あんたには関係ないことだろ。つーか、もう終わって――」

「終わってないよ、鏑木君」

「はぁ?」

「僕は一度も、『僕を』霊視してくれなんて頼んでないけど?」

「……あ?」


 湊斗は眉を顰めた。

 寝入りばなに起こされたとき、水宮は何と言っていた? 


『霊視してくれないかな、鏑木君』


「あ……」

 

 確かに『何を』『誰を』とは言っていなかった。


「君が勝手に、僕を視ただけだよ。僕の依頼は、全然まったく終わっていない。それで……鏑木君に霊視してもらいたい場所があるんだけど、放課後付き合ってくれるかな?」

「……」


 湊斗は無言で、ボディバッグの中から、先ほど突っ込んだ三万円を取り出す。

 くしゃくしゃと折り目のついたそれを、水宮に突き出した。


「断る」

「鏑木君、四限までだよね。終わったら、工学部の203教室まで迎えに行こうか? それとも、法学部の第二駐車場に来てくれる?」

「いや、断るって言ってんだろ。金も返――」

「ああ、僕ちょうど三限までだから、工学部まで迎えに行くことにするよ。それじゃあ、四限終わる頃に教室の前で待ってるから」

「来なくていい! おい、金は返すって――」

「じゃあね、鏑木君」


 湊斗が突き出す万札を避けて、水宮は立ち上がった。彼が立ち上がると、その長身と存在感の強さに、湊斗は一瞬気圧されてしまう。

 その隙に、水宮はするりと湊斗の横を通り抜けて階段を下りて行った。

 咄嗟に万札をその茶色い頭に投げつけてやろうかと思ったが、きっと彼は拾うことなんてしないだろう。そして、強引に取り付けた約束を湊斗が破ることができないように、きっちり手回しまでしていった。


「くっそ……!」


 湊斗は万札を握り潰し、しかしそれを捨てることもできずに舌打ちした。


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