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前金三万じゃ足りません。 ~鏑木湊斗の不器用な霊視商法~  作者: 黒崎リク
第一話 黒い四階 ~前金三万じゃ足りません~
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(2)

 湊斗みなとは起き上がり、ぼさぼさの長い前髪の下、三白眼でじっと水宮みずみやを見つめた。



 湊斗には、本当に霊感――霊を視る力がある。


 これは、父方の祖母譲りの力だ。拝み屋をやっている祖母・鏑木浪江かぶらぎ なみえは、業界ではそこそこ有名な強い霊能力者らしい。

 もっとも、湊斗の父親――浪江の長男には、その能力は受け継がれなかった。

 おかげで、霊的なものを信じない両親にとって、湊斗の扱いはなかなか難しかったようだ。湊斗は幼少時、両親に理解してもらえず、また、祖母との交流も妨げられて苦労したものだ。

 結局いろいろとあって、湊斗は中学進学時に祖母に預けられることになった。

 以来、祖母や、祖母と同じように拝み屋をしている叔父の庇護下で育ったが、湊斗自身は拝み屋として霊を祓う技術はほとんど無い。

 幼少期にトラウマができて、拝み屋になりたいとは思えなかったのだ。

 祖母も拝み屋になれと強制することはなく、『あんたが困らん程度に生活できればええわ』と、自分の身を守る技術だけは教え込まれた。


 よって、湊斗は霊を視ることしかできない。

 そして基本的に、相手に霊が憑いているかいないかなんて、一目見ればすぐにわかるのだ。

 わざわざ『視てくれ』と頼まれなくとも。

 本当に困っている人間と、まったく困っていない“ひやかし”の連中の区別も、すぐ付くわけである。



 そして――水宮は、後者だった。


 さっきから気づいていたが、彼には何も憑いていない。


 というか、ちょっと珍しいくらいに綺麗だった。

 誰でも一体二体は霊が……ってことはさすがに無いが、霊はいなくとも人間は様々な気を纏っている。霞のようなものといえばいいだろうか。

 幼稚園児の放つ元気そうな明るい色。

 疲れたリーマンのどんよりとした暗い色のものから、繁華街を行く人のピンクとか紫とか怪しげな色合いのもの。

 ラブラブカップルの放つ幸せ満開な薔薇色、と見せかけて修羅場のどす黒い色が内蔵されていて……


 という具合に、色、量や濃さは人それぞれ。相手の体調なんかもわかったりする。

 なのに、水宮はすっきりし過ぎているというか、彼の周りだけ、高圧洗浄機で一切の汚れを落としたみたいにぴっかぴっかなのだ。

 こんな綺麗な人物は、祖母の腐れ縁である生臭坊主(肉も酒も女も大好きなのに法力が無茶苦茶高い)や、叔父の友人の聖人君子な神主さん(いつも美味しいお菓子をくれる良い人だ)以来だろうか。こちらの方が、目が洗われるようであった。

 

 とにかく、水宮の霊視はこれで終わりだ。


 湊斗は近くに置いたはずの眼鏡を探した。

 普段はそういったモノを見過ぎないようにと、湊斗は眼鏡をかけている。

 別に眼鏡に特殊な力があるわけではないが、眼鏡を掛けているときは能力をオフにする、と自分の中のスイッチをオンオフする意味合いで使っていた。

 手で探りながら、湊斗は言葉を続ける。


「あんたの周りは綺麗なもんだ。お祓いも必要ないよ。むしろ霊の方が寄り付かなさそうだから、安心したら?」


 寝転がっていた時に頭があった所で眼鏡をようやく見つける。

 湊斗は黒縁眼鏡を掛け、土ぼこりを払ったウィンドパーカーを羽織り、よいせと立ち上がった。


 ひやかし客にこれ以上用は無い。

 この場で昼寝の続きは無理そうだから、別の場所……図書館の裏庭にあるベンチで、残りの時間を昼寝に費やそうと考える。

 一応最初に『霊がいなかったら、そこで終わりだから』と確認は取ったわけだし、文句を言ってきても水宮の自業自得だ。

 三万円ぼったくったことは少々気詰まりだが、有名人の水宮がこの事を学内で言いふらしてくれれば、ひやかし客はもっと減ってくれるだろう。

 水宮も勉強料とでも思ってくれ、とあっさり切り替え、次はこの三万円でどうやりくりしようかと湊斗の思考は動き出している。


「霊視は以上。他に何かある?」


 別れの挨拶というように、階段に座ったままの水宮を見下ろした。

 湊斗の返答に呆気に取られているか、あるいは怒っているか――。しかし水宮は、にっこりと嬉しそうに笑った。

 その満面のスマイルはモデルだけあって完璧なのに……変な感じがした。

 何だかこう、背筋がぞわっとするような、落ち着かなくなるような。霊を視るときとは違う、嫌な感じがする。

 湊斗が思わず一歩後ずったとき、いきなり腕を掴まれた。


 笑顔の、水宮に。


「良かった。君、本当に視えているんだね」

「は……?」

「鏑木君のこと、高野さんから聞いたんだ。ほら、文学部二年の、ショートボブの森ガール系の女子。高野英美さん。一か月くらい前に、君に相談してきた子。覚えてないかな?」

「し、知らねぇよ……」


 戸惑いながら、湊斗は掴まれた腕を引き抜こうとするが、ちっとも外れない。

 痛くはないが、水宮の大きな手でがっちりと掴まれていた。ゴリラのような剛力とは真逆の柔和な口調で、水宮は話し続ける。

 

「高野さん、鏑木君に相談したとき、『前金二千円(・・・)』で相談に乗ってくれたって言ってたよ。その場ですぐにできる対処法と、お祓い屋も紹介してもらって、すごく助かったって」

「……」

「本当に霊が憑いている子には、前金安く設定してあげているんだね。いい子だなぁ、鏑木君」


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