(3)
今回の仕事の依頼人は、水宮慧。
正確には、友人の女性モデルから相談を受けた水宮が、代わりに依頼を持ってきた。
「――鏡が、おかしいそうです」
「鏡?」
「ええ。鏡に自分の姿がおかしく映る、と言っていました」
「おかしいって……具体的にはどういう風に?」
「僕も聞いたんですけれど、話してくれなくて……」
それは、ある雑誌の企画で『恋人と過ごす休日』をテーマに、水宮と女性モデルでいろいろなシーンを撮影していたときのことだったという。
休憩中、女性モデルの控室から悲鳴がした。スタッフと共に駆け付けた水宮が見たのは、顔面蒼白の彼女と、大きな罅の入った鏡だった。
幸い女性に怪我は無く、その日の撮影は何とか終えることができた。彼女は間違って割ってしまったと言ったが、何かをよほど強くぶつけない限り、壁の一面に張られた鏡を割ることは難しい。
また、撮影中、普段よりも表情が硬い彼女のことが水宮は気になった。声を掛けると、女性モデルはぼそりと冒頭の言葉を言ったわけだ。
だが、具体的な話になると口を噤んでしまって教えてくれない。その間も、彼女は決して、鏡を見ようとしなかった――
「僕には、鏡に映っている彼女は普通に見えました」
水宮は「僕は霊感とか無いから、よくわからなくて」と困り顔で付け足した。
よくもまあぬけぬけと、と湊斗は眉を顰める。対して真澄は、「そうよねぇ」と呑気に返した。
「その辺りは、実際に見てみないとわからないわね。ちなみにそのモデルの子の名前、聞いてもいいかしら?」
「すみません、今の時点では……。依頼を引き受けてくれるなら、と彼女に言われていて」
「ま、そうなるわよね」
真澄は腕を組んで背もたれに寄り掛かる。視線が水宮から湊斗の方へと移された。
「よし、湊斗。あんた慧君と一緒に、その子に一度会ってみて」
「はぁ!?」
嫌な予感が的中だ。
「どうして俺が!」
「あら、いいじゃない。あんたが“視て”きて、祓う必要があるかどうかを私に教える。いつものことじゃないの。別にあんたにお祓いしろって無茶言ってるわけじゃないんだし。それに慧君の友達って名目があれば、その子もあまり警戒しないでしょ」
「だから友達じゃ――」
「ああ、それはいい考えですね。そうしてもらえると助かります」
湊斗の否定の言葉を、水宮がにこりと笑って遮る。
「ちょうど今夜、その子との残りの撮影があるんです。その時に湊斗君が一緒に来てくれれば」
「まあ、ナイスタイミングじゃない。湊斗、行ってきなさい」
「勝手に決めるな!」
湊斗の抗議は流され、あれよあれよという間に水宮の仕事に同行すると勝手に決められてしまった。
マネージャーに連絡するために水宮が席を立った隙に、湊斗は真澄に詰め寄る。
「真澄さん! どういうことだよ、あんな水宮なんかの依頼を受けて」
「口が悪いわよ、湊斗」
「悪くもなるわ! つーか、真澄さんと水宮とどんな関係なわけ?」
眉間の皺を深めつつ湊斗が尋ねると、真澄はあっさりと答える。
「仕事仲間よ」
やっぱり祓い屋仲間だったのかと思いきや――
「出版社のロビーで打ち合わせしているときに、たまたま慧君が来てね。『MASUMI』のファンだって、声をかけられたの」
真澄は、スピリチュアルカウンセラーだとか妙な肩書きで、雑誌の占いや相談コーナーにコラムを載せている。そのペンネームが『MASUMI』だ。
ジェンダーレスな謎の人物、辛口でバッサリ切りながらも人情味が滲むコラムは、人気があるらしい。軽快なトークで、ラジオなどにゲストで呼ばれることもある。拝み屋が本業ではあるが、今やコラムニストとしての収入の方が上回っているかもしれないとのことだ。
息子が女装家になって、ばあちゃん嘆くぞと湊斗は思っていたものだが、すでに祖母公認になっていた。最初こそ驚いた祖母も、真澄の完璧な女装ぶりを認めたらしい。最近では二人でシワ・シミ・ハリ対策を中心に、美容トークをしている。
そんな理由もあって、出版社やラジオ局に出入りする真澄は、その界隈の知り合いも多い。今では拝み屋の依頼もそちらから来るのが七割以上だそうだ。
水宮は「真澄さんのコラム、いつも楽しみにしているんです」と話しかけてきて、以来、現場で真澄と会う度に親しくなっていったそうだ。
「あの水宮慧が私のファンよ。すごくない?」
うふふ、と機嫌良さそうな真澄に、湊斗は大きな溜息を吐く。
「仕事ってそっちの仕事かよ……拝み屋関係じゃなかったのか……」
「なんだ。湊斗、気づいてたの?」
「は?」
湊斗が真澄を見ると、先ほどまでの機嫌の良さは消えていた。
真澄は猫のような目をゆっくりと細める。水宮が出て行った扉を見る目は鋭い。
「あの水宮慧が、最近『拝み屋』もどきの仕事をしてるって噂があるのよね」
どうやら真澄は水宮のことを知っていたようだ。
湊斗が何か言う前に、真澄は薄く笑って告げた。
「しかも、湊斗が『視える』ってこともすでに知っているようね。何企んでるか知らないけれど、こっちの仕事が少なくなっても困るのよね。……ねえ湊斗。あの子が商売敵がどうか、それもしっかり見てきてくれる?」




