表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
前金三万じゃ足りません。 ~鏑木湊斗の不器用な霊視商法~  作者: 黒崎リク
第二話 後ろ姿の女 ~前金二千円でいいんですか?~
12/36

(3)

 工学部二年の、鏑木湊斗かぶらぎ みなと


 英美えみと同じ年のはずだが、痩せ型で小柄なせいか、高校生くらいに見える。

 影にいるせいか寝起きのせいか、鏑木の肌はやけに青白く見えた。鼻の周りにうっすらと浮かぶ雀斑そばかすが、前に見た洋画の子役を思い起こさせて、余計に幼い感じを与える。

 細面の顔は、ぱっと目を引くような派手さや特徴は無いが、よく見ると整っているように思えた。日本人らしい、癖のないすっきりとした顔立ちだ。

 髪を染めるか、今風に整えれば、きっと女子に人気が出るに違いない。だが、彼にはそんな気がないのか、一度も染めたことのないような黒髪はぼさぼさだった。寝癖もついているようで、あちらこちらに跳ねている。


 そんなぼさぼさの前髪の下から、黒い目がまっすぐに英美を見てきた。

 鏑木の射抜くような視線に、英美は一瞬どきりとした。


 眦が吊り上がった、猫のような目。

 英美を見ているようで、どこか焦点は合わない。遠くを眺めるような黒い眼差しからは、夜の海のような底知れなさを感じた。


 すべてを見抜かれているような気がしたが、鏑木はすっと英美から目を逸らして、側に置いてあった黒縁眼鏡を取る。


「……で、あんた誰?」


 眼鏡を掛けた鏑木に再度尋ねられて、英美は我に返る。


「あっ、あの、私、文学部二年の、高野英美ですっ」

「……」

「あ、その……起こしてしまって、ごめんなさい」


 ひとまず昼寝の邪魔をしてしまったことを謝ると、鏑木は眼鏡の奥の目を瞬かせる。

 しばらく黙った後で、「うん」と曖昧に頷く声からは、不機嫌さが消えていた。それでも、どちらかと言うと怒ったような表情で、鏑木は改めて英美を見てきた。


「俺に何の用?」

「……」


 何と言い出せばいいのだろうか。英美はトートバッグの肩紐をぐっと握る。

 お金はATMでおろしてきた。念のため、五万円。彼に幽霊関係の相談をするのに必要な前金だ。

 塾のバイト代や親からの仕送りを切り崩したが、五万円はけっこう痛い。家賃を除いた一か月の生活費だ。……できれば二万円くらいで収まってくれたらいいが。

 いや、それでも、これ以上あの女性に悩むよりはいい。

 肩紐を強く握ったまま、英美は口を開く。


「鏑木君、霊感があるって聞いて、それで……」


 私の側に、幽霊がいる?


 そんなことを口に出すのが、急に怖くなる。

 何言ってんの、とか言われたらどうしよう。

 不安になって、自信が無くなる。やっぱり気のせいとかだったら――。


「わ……私に、その……何か憑いているとか、わかる、かな……?」


 迷いながら発した曖昧な言葉に、英美は自分でも恥ずかしくなる。

 しかし、鏑木は英美を見て、平然とした顔で答えた。


「じゃあ、前金二千円で」

「……へ?」


 英美はぽかんと口を開けた。


 ――どういうことだろう。前金は二万円以上かかるんじゃなかったのか。


 ぐるぐると考えながら英美は尋ね返す。


「あ、あの……二万円じゃなくて?」

「ちょっと、英美」


 後ろで控えていた幸奈ゆきなが慌てて英美の肩を叩く。鏑木もまた、眉間に皺を寄せて英美を見上げた。


「別に、払えんなら二万でもいいけど」

「え……いえっ、二千円でお願いしますっ」


 慌てて答えると、鏑木はふんと鼻を鳴らした。そして、面白くなさそうな顔で淡々と説明する。


「先に言っておくけど、俺は『視る』だけしかできないから。お祓いとかは、知り合いに祓い屋がいるから、そっちを紹介することになる。それでもいいなら、視るけど」


 そう言う鏑木に、幸奈は「お祓いできないの?」と眉根を寄せたが、英美はなぜかほっとした。

 『視るだけ』と言った彼からは、決して他の人が言っていたようなインチキではなく、確固とした自信を感じた。それに、前金を払う前にちゃんと説明して確認をしてくれるところは、彼の人の好さを表しているように思えた。

 何より、英美の曖昧な頼みに対して怒ったりすることも、馬鹿にすることもなく、きちんと答えてくれた。


 彼になら、相談して大丈夫。

 もう、大丈夫だ――。


 そう思った途端、英美の視界が滲んだ。今まで詰まっていた不安が溢れるように、ぼろぼろと涙が零れて止まらなくなる。


「っ……」

「えっ、ちょっと、英美? 大丈夫!?」


 おろおろとする幸奈の向こうで、鏑木は特に驚くこともなく、ただ、ほんの少し困ったように目線をさ迷わせて頭を掻いた。


「……とりあえず、泣いとけば」

「はあ!? だいたい鏑木、あんたのせいじゃないの?」


 他人事のような素っ気ない鏑木の発言に、幸奈は怒る。

 しかし英美は、泣くことも許容してくれた鏑木に甘えてしまって、ますます大泣きしてしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ