(3)
工学部二年の、鏑木湊斗。
英美と同じ年のはずだが、痩せ型で小柄なせいか、高校生くらいに見える。
影にいるせいか寝起きのせいか、鏑木の肌はやけに青白く見えた。鼻の周りにうっすらと浮かぶ雀斑が、前に見た洋画の子役を思い起こさせて、余計に幼い感じを与える。
細面の顔は、ぱっと目を引くような派手さや特徴は無いが、よく見ると整っているように思えた。日本人らしい、癖のないすっきりとした顔立ちだ。
髪を染めるか、今風に整えれば、きっと女子に人気が出るに違いない。だが、彼にはそんな気がないのか、一度も染めたことのないような黒髪はぼさぼさだった。寝癖もついているようで、あちらこちらに跳ねている。
そんなぼさぼさの前髪の下から、黒い目がまっすぐに英美を見てきた。
鏑木の射抜くような視線に、英美は一瞬どきりとした。
眦が吊り上がった、猫のような目。
英美を見ているようで、どこか焦点は合わない。遠くを眺めるような黒い眼差しからは、夜の海のような底知れなさを感じた。
すべてを見抜かれているような気がしたが、鏑木はすっと英美から目を逸らして、側に置いてあった黒縁眼鏡を取る。
「……で、あんた誰?」
眼鏡を掛けた鏑木に再度尋ねられて、英美は我に返る。
「あっ、あの、私、文学部二年の、高野英美ですっ」
「……」
「あ、その……起こしてしまって、ごめんなさい」
ひとまず昼寝の邪魔をしてしまったことを謝ると、鏑木は眼鏡の奥の目を瞬かせる。
しばらく黙った後で、「うん」と曖昧に頷く声からは、不機嫌さが消えていた。それでも、どちらかと言うと怒ったような表情で、鏑木は改めて英美を見てきた。
「俺に何の用?」
「……」
何と言い出せばいいのだろうか。英美はトートバッグの肩紐をぐっと握る。
お金はATMでおろしてきた。念のため、五万円。彼に幽霊関係の相談をするのに必要な前金だ。
塾のバイト代や親からの仕送りを切り崩したが、五万円はけっこう痛い。家賃を除いた一か月の生活費だ。……できれば二万円くらいで収まってくれたらいいが。
いや、それでも、これ以上あの女性に悩むよりはいい。
肩紐を強く握ったまま、英美は口を開く。
「鏑木君、霊感があるって聞いて、それで……」
私の側に、幽霊がいる?
そんなことを口に出すのが、急に怖くなる。
何言ってんの、とか言われたらどうしよう。
不安になって、自信が無くなる。やっぱり気のせいとかだったら――。
「わ……私に、その……何か憑いているとか、わかる、かな……?」
迷いながら発した曖昧な言葉に、英美は自分でも恥ずかしくなる。
しかし、鏑木は英美を見て、平然とした顔で答えた。
「じゃあ、前金二千円で」
「……へ?」
英美はぽかんと口を開けた。
――どういうことだろう。前金は二万円以上かかるんじゃなかったのか。
ぐるぐると考えながら英美は尋ね返す。
「あ、あの……二万円じゃなくて?」
「ちょっと、英美」
後ろで控えていた幸奈が慌てて英美の肩を叩く。鏑木もまた、眉間に皺を寄せて英美を見上げた。
「別に、払えんなら二万でもいいけど」
「え……いえっ、二千円でお願いしますっ」
慌てて答えると、鏑木はふんと鼻を鳴らした。そして、面白くなさそうな顔で淡々と説明する。
「先に言っておくけど、俺は『視る』だけしかできないから。お祓いとかは、知り合いに祓い屋がいるから、そっちを紹介することになる。それでもいいなら、視るけど」
そう言う鏑木に、幸奈は「お祓いできないの?」と眉根を寄せたが、英美はなぜかほっとした。
『視るだけ』と言った彼からは、決して他の人が言っていたようなインチキではなく、確固とした自信を感じた。それに、前金を払う前にちゃんと説明して確認をしてくれるところは、彼の人の好さを表しているように思えた。
何より、英美の曖昧な頼みに対して怒ったりすることも、馬鹿にすることもなく、きちんと答えてくれた。
彼になら、相談して大丈夫。
もう、大丈夫だ――。
そう思った途端、英美の視界が滲んだ。今まで詰まっていた不安が溢れるように、ぼろぼろと涙が零れて止まらなくなる。
「っ……」
「えっ、ちょっと、英美? 大丈夫!?」
おろおろとする幸奈の向こうで、鏑木は特に驚くこともなく、ただ、ほんの少し困ったように目線をさ迷わせて頭を掻いた。
「……とりあえず、泣いとけば」
「はあ!? だいたい鏑木、あんたのせいじゃないの?」
他人事のような素っ気ない鏑木の発言に、幸奈は怒る。
しかし英美は、泣くことも許容してくれた鏑木に甘えてしまって、ますます大泣きしてしまった。




