第前話「赤子の名は。」
時は真帝国歴九七八年、神歴にして一八八九年、春の陽気の心地の良い朝、神聖エルマーネン帝国領邦ズゥーダル王国連合ノーデンズゥーダル大公国公都、ドナル川の南側に大きく佇んだロッドブルク城にて一人の赤子が誕生した。その赤子は至って普通で障害もなく健康体そのものだが、その子は生まれながらにして人生がある程度定められた立場に生を受けた事は特別だといえるかもしれない。
その子の父はノーデンズゥーダル大公エドゥアルト、母は神聖ルマン帝にしてズゥーダル王兼プロテイン王が妹ヘレーネ。その赤子はエドゥアルトの三男にして、三番目の妻であるヘレーネに於いては初産の子であった。
赤子の人生がある程度決まっているというのも、ヘレーネの兄で後世に於いて生涯にわたって一夫一妻を貫き通した事で知られるであろう、神聖ルマン帝太子にしてズゥーダル・プロテイン王太子フリードリヒは、彼とその妃であるエーデルガルトとの間にフリードリヒは無精子症だった為、生涯子が生まれなかったのであった。その対応策として妹であるヘレーネの子を養子に迎る事としたのである。
その赤子に名付けたのは、育ての親となるフリードリヒだが、三つ目の名はエドゥアルトが自身の三男だという事で彼が名付けた。
その赤子の名はヨーゼフ、全名にして「ヨーゼフ・ゲーオルグ・アードルフ・ベネディクト・フランツ」。
これはその次期神聖ルマン帝太子としてこの世に生を受け、神聖ルマン帝ヨーゼフ3世になるべくして育てられるものの、突如として表舞台から消えた者の一生を語る物語である。