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兄と妹

二話更新です

 マリア・ストレーナ






「はあ⋯⋯」


 わたくしは王城で勇者パーティーに一人一人、貸し出された客室で、何度目かわからないほど多くなった溜め息をつきます。


「お父様⋯⋯一体どういう事なのでしょうか?」


 わたくしは先程、王都にある実家に戻り、丁度今朝、商談から帰ってきた、お父様へ勇者様との婚約を結ぶことができた旨を伝えました。


 絶対に喜んで頂ける、と思っていたのですが、お父様の反応は全くの逆でした。


 話を聞き終えると共に急に顔を青ざめさせ、わたくしに「馬鹿者が!」と怒鳴りつけ、大慌てで、馬車を出してどこかへ出かけてしまいました。


 使用人さんに聞いたところ、お父様はオルロスト領へ向かったそうです。何故、フィナ様のご実家へ行ったのでしょうか?


 今までお父様に、馬鹿者、だなんて言われたことは一度も無かったのでとても衝撃を受けています。


「はあ⋯⋯」


 また溜め息が出てしまいました。と、そこでわたくしの部屋がコンコンとノックされます。誰でしょうか?


「やあマリア、大丈夫かい? 元気が無い様子だと聞いて心配して来たんだ」


 扉を開けると、そこに居たのはわたくしの将来の旦那様である、勇者様でした。


 わたくしは実家で勇者様との婚約の話をしたところ、お父様に何故か叱られてしまったという話をしました。


 その話を聞いた勇者様は深刻そうな顔をしていらっしゃいます。強い魔物が現れた時もここまで考え込んでいる事はなかったでしょう。


「マリア、君のお父様が何を言ってきても、明後日の結婚式までは聞く耳を持たないでくれ。大丈夫、結婚式さえ終われば、すべて上手くいくからね」


 と、勇者様は仰います。いまいち言っていることが理解できませんでしたが、勇者様がそう仰るのならば、その通りなのでしょう。そんな気がします。


「それにマリア、結婚式が終われば教義とやらは大丈夫になるのだろう? 皆との初夜を楽しみにしてよう。」


「もう、勇者様ったら」


 勇者様と婚約者の皆様は旅の途中、毎晩と言ってもいい程、愛の行為をなさっていたのですが、わたくしは【癒しの聖女】であると共に、教会で働く【神官】でもあったため、教義により、結婚までは殿方との触れ合いは許されませんでした。


 その事を勇者様に話すと、勇者様がわたくしを夜に誘う事は無くなったので、わたくしに対する興味を失ったのかと思っていましたが、先日、わたくしも妻に迎え入れてくれると言ってくださりました。


 その事は大変嬉しいのです。大変嬉しいのですが⋯⋯胸がズキズキと痛みます。何故でしょう、それにその痛みが恋しいと思うのです。


 きっと、わたくしも魔王討伐で疲れているのでしょう。


 勇者様に話を聞いて頂いた後に、わたくしは遅めの昼食を取ることにしました。






 ―――――――――






 教会を出てから、数時間が経過した。


 今頃は同僚や神官長が俺のことを探しているのだろうか。世話になったのだから、手紙の一つでも置いてくればよかったか。


 そんな事を考え、俺は王都の市場をぶらつく。そういえば昨日、勇者達、それに元婚約者達に出会った時以来、まともな食事を取っていなかった。


 露店で適当なものを購入し、人気のない所へ移動してから、それを腹に入れる。心に余裕がなかったので、味がわからなかった。


 楽園にいた女神は別れ際、近いうちに必ず機会が訪れると言った。神の感覚はわからないので、それが今日なのか、明日なのか、はたまた数年後なのかはわからない。


 だが、何にせよ、俺のやることは変わらないのだ。今、切羽詰まって余裕を無くしても仕方がない。


 そう、頭では理解出来るのだが、感情まで自在に操ることはできなかった。


 無意識のうちに左手の黒い指輪を握りしめる。


 と、そこで俺に声をかけてきた人物が居た。否、見つかってしまったというのが正しいだろう。こちらへ声をかけたのは、


「兄様⋯⋯ではなかった。レイ・オルロスト。こんな所で何をやってるのですか?」


 俺の義理の妹であるフィナ・オルロストだった。


 駄目だ。今ここで彼女と言の葉を交わすのは危険だ。そう必死に頭の中で叫ぶが、彼女は俺を行かせてくれる様子にない。もし、指輪についてフィナにバレてしまっては、復讐が成り立たなくなる可能性がある。


「あ、⋯⋯ああ。今日は教会の仕事が休みでね」


 フィナと話したくない。その一心で適当な言い訳をするが、


「嘘でしょう? 知っていますよ。教会から抜け出したんですってね。あなたに会う前に教会に行ってきましたから。」


「⋯⋯知っていたのか」


「ええ、それにしても都合が良かった、わたしの行動の前に察されていたのかと思いましたが、そうではないようですね」


「それはどういう⋯⋯?」


 瞬間、違和感を察する。フィナの視線、それはどうも俺の足元に向けられている。まるで、次に俺がどう動くか予測するように。


 咄嗟に横へ飛び退く。すると一瞬遅れて、俺が立っていた場所に、いくつもの氷の槍が突き刺さった。


氷の槍(アイスランス)⋯⋯はあ。外してしまいましたか、街中では大きな魔術は使えませんし」


「なっ⋯⋯」


 声が出ない。今、彼女は確実に俺を殺そうとしてきた。


「まったく、余計な勘だけは冴えてるのですね」


「何でこんな事をする!? お前に危害を加えられる謂れはない!」


「何言ってるのですか? 理由なんていくつもありますよ? まず昨日、勇者様に殴りかかった事。勇者様を不快に思わせた事。まあ何より、わたし達の元婚約者だから、というのが主な理由ですけれど。」


 元婚約者だから? そんな事で殺されてたまるか。


「勇者様は魅力的な人ですから、お(そば)に居るためには、なるべく後腐れを無くしておいた方がいいでしょう」


「父と母が許すわけないだろう!」


「あのですね兄様。⋯⋯呆れの余り、また間違えました。⋯⋯レイ・オルロスト、勇者様は英雄で次期国王ですよ? あなた一人程度、どうとでも処理できます」


 その英雄が、気に食わないだけで人を殺めるというのか。さらにフィナは続ける。


「それに、あなたの伯爵家の継承権は(じき)に剥奪されるでしょう、勇者様に歯向かっておいて許されるわけがない、もうあなたはわたしの兄様でも、伯爵家長男レイ・オルロストでもないんですよ」


「あなたが生きていては、勇者様が不愉快になるかもしれません、そのせいで、わたしを護ってくれなかったならば、どうしてくれるんですか? ですので、大人しく死んでくださいよ」


 目の前にいる、少女には、最早幼き頃の面影は微塵も無い。


「⋯⋯これはお前ら三人の総意か?」


 こんな彼女は見たくなかった。こんな言葉を交わしたくなかった。心の片隅では、まだ元婚約者達の事を思っていたのかもしれない。でも⋯⋯


「そうですね。どうせ始末されるんです、教えてあげましょう、リーティア姉様とわたしは同じ気持ちですよ。マリアさんはこの事を知りません」


 その言葉が酷く重くのしかかる。彼女だけでなく、リーティアまでも。⋯⋯だが、何故マリアだけ知らない?


「マリアは⋯⋯何故?」


「だってマリアさんは、あの女は、そもそもあなたの事なんか知りませんし⋯⋯まあ、そうなるように仕向けたのはわたし達なのですけれどね?」


 そもそも俺を知らない? そう仕向けた?


「どういう事だ!」


「簡単な話です。彼女以外で協力して、ちょーっとだけ薬を使い、頭の中を綺麗にして差し上げたんですよ。滑稽でした、滑稽でしたよ! それまでは毎日、あなたへの不義だとかで咎めてきたあの女が、いきなり、勇者様とお二人は大変仲が良いのですね。とか⋯⋯笑いをこらえるのに大変でしたよ!」


 つまり、マリアは操られて⋯⋯


「お前達が、マリアをっ!」


 激情に駆られ、フィナの胸倉を掴みあげようとするが、


拘束魔術(バインド)⋯⋯すぐに飛びかかって、馬鹿の一つ覚えですか」


「あ⋯⋯ぐ⋯⋯」


 前回のように、身体が縛り付けられるような感覚とともに動かなくなってしまう。


「さて、これでもう簡単にあなたを殺すことができるわけですが⋯⋯ふふ、気が変わりました。あなたには、マリアが勇者様と結婚するところまで見届けて頂きましょうか。その後にどうとでもしてあげますよ」


 そのまま、フィナは軽い足取りで去っていった。もう二度と埋まることのない溝を作って。


 その姿を俺はただ見つめていた。






 ―――――――――






 自らを縛り付ける感覚が消え、俺はその場に倒れ込む。


「⋯⋯」


 フィナが俺を殺そうとしてきたことも、マリアが操られていたことも完全に予想外だった。


 何度も怒りに身を任せてしまおうかと思った。だが⋯⋯。


 左手の親指に、はまっている黒い指輪を見て笑う。


 俺は使わなかった。使わずに耐えることができた。何よりも俺を陥れた女神への報復を優先することができた。


 俺がこの借り物の力を振るうのはただ一度だけ。


 俺の境遇への決別を果たす時のみ。その時には代償に何だってくれてやる。


 だが、フィナの話を聞くうちに、報復以外の欲が出た。




 唯一つだけ、裏切られては無かったのだという。


 もし、この手が復讐以外の事を成せるのならば、その時は⋯⋯






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