神々との邂逅
昨日、投稿できなかった分です。
教会の倉庫から、ある程度丈夫そうな縄を見繕う。
(⋯⋯結局のところ、この結末は彼女達が【聖女】に選ばれた時点で決まっていたものなのだろう。
王国の民ならば誰もが知っている英雄譚にも、最後は勇者と聖女が婚姻を結ぶと書いてある。
その一文から必死に目を逸らし続けてきたのは俺だ。)
ついでに、新入りの神官が隠し持っていた度数の高い酒も見つける。教義ゆえ、酒を飲む機会はほとんどなかったが、死にゆく今晩くらいはいいだろう。
酒の対価とばかりにその数倍の価値のある金貨を置いておく。
(世間はこの婚姻を大いに喜ぶだろう。何せ人々を救った勇者様と王女、聖女様の婚姻だ。
対して、俺が不当な婚約破棄だと、正式なる婚約者は自分だと訴えたところで、誰が聞く耳を持とうか。
せいぜい憐れな男だと同情するか、滑稽だと笑い飛ばすだろう。)
自室に戻り、準備を済ませてから酒をあおる。
(復讐がしたいかと問われると、もちろんしたいという気持ちはある。
信じて待っていた相手を奪われた。信じて待っていた相手には傷つけられた。
だが、俺に何が出来る? 相手は人類の英雄、将来の王、その妻たち。
ただ、神に祈るだけの俺に、その神に愛された者達へ抗う術はない。)
台に上り、首に縄をかける。さあ、後は台を蹴り飛ばすだけだ。
長々と心境を語ってみたが、ああそうだ。結局、俺は逃げるだけさ。
リーティアを、フィナを、マリアを、失った。
彼女に捧ぐための俺の人生における努力も価値を失った。
神に愛された男に奪われたせいで、俺が積み上げてきた神への信仰も失った。
何も残らなかったという事実をこれから再認識していくのが怖くて、俺は死という逃げ道を選ぶ。
夜も明けてきた。朝焼けが目の前にある女神像を照らす。
「ああ、崇高なる女神よ。人類を救った尊き女神よ。何故、彼女達に加護を与えた? 何故、俺の周りばかりに加護を与えた? これが運命だと言うのならば、俺はこの世に生など望まなかった。貴女を怨みます女神様。」
自分でも何を言っているのか理解しかねる。これから死にゆく自分に酔っているのであろう。
自らの最期に大言を吐き出し、俺は⋯⋯
―――――――――
ある神々の話
その世界は数多いる神々の中でも、二柱の神たちによって管理されていた。
一柱は人間達の大陸を管理する女神。
一柱は魔物達の大陸を管理する男神。
ある時、女神の側近である下級神が男神に恋をした。
その下級神は神々の中でも恵まれた美貌を誇っており、数々の神たちから求婚をされていた。
下級神は、そんな自分の事を男神はもちろん受け入れるだろうと確信していた。
しかし実際にそうなることは無かった。
男神には既に、婚姻を結んだ別の下級神がおり、その者のみを愛しているため、気持ちを受け入れる事は出来ないと言った。
今まで一度も自らの求めを撥ね付けられた事の無かった下級神は怒り、恨み、男神に愛されていた別の下級神を妬んだ。
また、ある時、二柱の女神と男神は務めで、管理している世界を一旦離れることになった。
女神は側近であった下級神に。男神は側近であり、妻でもあった別の下級神に自分達が留守の間の世界の管理を任せた。
歯車が狂い出したのはそこからだった。
女神と男神が居ない間に、下級神は男神の妻への報復へ乗り出した。
まず、下級神はその世界では禁忌とされていた人間界への降臨を行い、自らが女神であると民に信じさせた。
実際に女神の姿を見た民たちは、その下級神の事を深く信仰し、下級神の力は爆発的に高まった。
と、そこで、魔物達の大陸を任せられていた男神の妻が下級神の愚行を止めにやってきた。
しかし、信仰により力を得ていた下級神は男神の妻の事を返り討ちにし、同じように信仰を得ることが無いように、醜い姿に変えてしまった。
完全に討ち滅ぼす事は出来なかったが、魔物達の大陸に男神の妻を縛り付け、そこから動けないように呪いをかけた。
そうして下級神は女神エンゼリカとして人々の大陸を導く女神となったのであった。
―――――――――
眼を開くと穏やかな光が、続いて川のせせらぎ、小鳥のさえずる声が聞こえる。
はっきりとしない頭で思考する。が、自分に何が起きてるかは思い当たらなかった。
暖かく緩やかな風が吹く。ああ、まるでここは楽園のよう。天国のよう。
と、そこで俺の意識は、完全に覚醒した。
天国? そうだ、俺は首を吊って自ら死を選んだはずであった。
まさかここが死後の世界とでも言うのか。だが、教会に属する人間の自死は教義によって禁止されている。死後の世界が存在すると言うならば、俺は地獄へ行くべきであろう。
ぐっと身体に力を入れて、立ち上がる。どうやらここは草原のようだ。続いて、自分の首筋へ触れる。だが、縄で締まった様子も、もちろん骨が砕けた様子もない。
ああ、俺は逃げ出して消え去る事は許されなかったのだろうか。
神は俺にこれ以上何を求めているのだろう。だが、何を求められているにせよ、俺がする事はもう決まっていた。
俺は、この不思議な空間を歩いてみることにした。
この空間は安らぎに満ちている。居るだけで心が癒され、欠けた心の穴が埋まってゆく。
だが、俺はその安らぎを拒絶する。ただ一人ここで満たされては、何のために死んだのか。
俺の死は逃げ出す為ではあれ、勇者達への反抗だ。塵芥ほどの影響しか与えれずとも、俺は意志ある限り、女神と勇者を恨むと決めた。
誰に理解されずとも、俺自身が納得すればそれでいい。
死してなお、逃げることは許されず意識が残るというのであれば、この意識が途絶えるまではせめて、彼等の行く先にあるものを呪おう。それが自身で決めた俺のやるべき事⋯⋯。
ふと気づけば先程までの楽園のような情景は消え去り、目の前には一軒の木造の家があった。
中には人の気配がある。この中にいる者が俺をここへ呼び寄せたのだろうか?
扉を引き、中へと足を踏み入れる。
「ああ、ちゃんと来れたようですね? それは良かった。」
「⋯⋯」
中で待っていたのは一組の男女。
女の方は鏡のように輝く美しい銀髪を持ち、こちらへ自然に微笑みかけてくる。
男の方は薄汚れた外套を纏い、フードで顔を隠したまま、俯いている。
どういう反応をすればいいのかわからないが、対話を試みる事にした。
「ちゃんと来れた⋯⋯とは?」
すると女の方がゆっくりと頷いてから、口を開いた。
「失礼しました。その言葉だけではわからないですよね? ええと⋯⋯ここに辿り着く条件を満たせて良かった。という意味です」
相変わらず的を得ない言い方であった。
「ここへ来るには何か条件が⋯⋯」
「ええ、はい。ただ一つ、女神への怨みを失わない、という事です。」
俺の感情を知っている? ますますこの二人についての謎が深まっていく。
「あなた方はいったい?」
「はい、女神です、そっちの無愛想な方も神様ですよ」
衝撃の事実であった。普通の人間とは違うとは感じていたが、この二人が神だとは。
だが、驚いた後に先程の感情が蘇る。この女が女神だと言うのならば、俺が怨むべき相手は目の前の、
「あ、待ってください。そんな睨まないでくださいよ。私は違いますって、あなたの想像している女神とは別物です。」
と、沸き上がった感情が霧散させられる。別物の女神? 聞いたこともない。そもそも教会の聖書には神は唯一神である女神のみだと書いてあった。
「まあ、たくさん聞きたいことはあるでしょう。その点は後から説明しますから、一つだけお答えください。」
自称女神はそう言ってから一つ呼吸をし、再度口を開いた。
「レイ・オルロストさん、あなたが憎んでいる女神を殺してみませんか?」
―――――――――
目を覚ます、視界に映ったのは自分の仕事部屋の天井。
それを確認し、一安心する。
あの楽園でなくて良かった。あそこにいるのは嫌だ。無条件に満たされていくあの感覚は自我を失っていない者には気持ちが悪い。
ふと、左手の親指を見る。そこにはまっているのは黒い指輪。
夢ではなかった。楽園も、二柱の神も、女神の話も。
俺は右手で指輪を撫でながら、先程出会った女神の話を思い出す。
「女神を⋯⋯殺す?」
「ええ、正確には女神としての権能を全て失わせる、と言った方が正しいでしょうか? 生命、という概念は私たちにはありませんが、力を失ってしまえば神としては死んだも同然ですから」
話の内容は何となくわかる。が、突拍子も無さすぎて、反応に困る。
「戸惑っていますね。では簡潔に聞きましょう、あなたがこのような境遇に陥ったのは、とある女神のせいです。それを聞いた上で、もし、その女神に復讐をする事が出来るならば、どうしたいですか?」
そんなもの、もう答えは決まっているようなものだ。
「届くならば復讐したいさ。そうに決まっている」
「その代わりに、あなたが全てを失う事になってもですか?」
「もとより、命を投げ捨てた時点で全てを失う事なんてわかっている。何も出来ず、逃げ出した末に失うか、俺を陥れた女神に復讐した末に失うか、ならば俺は絶対に後者をとる。」
「わかりました。では⋯⋯⋯⋯」
そう言って目の前にいる彼女は男の方を一瞥した。
すると、今まで一度も反応のなかった男がこちらへと手を伸ばす。
伸ばされた手の内に握られていたものは一つの真っ黒な指輪。
それを受け取り、男の方を見る。男の方も初めて俺と視線を合わせた。
まるで鏡を見ているような感覚だった。相変わらず顔の全体は見えなかったが、交わした目線で全てわかった。同じ目だ。身に起きた不条理を恨み、憎み、抗おうとする目。
「それは、私達からの贈り物です。と言っても良いものではありませんが。本来、人の身で神殺しなど出来るはずがありません。が、それを可能にするのがその指輪ということです」
「これが⋯⋯」
「と、言っても代償はもちろんあります。何を代償にするかはあなたが決めてください。それによって出来る事が変わってきます」
随分曖昧な表現だ。だが、騙されていたって問題ない。俺の行く先に少しでも可能性を見い出せるのならばそれで。
「最後に忠告ですが、女神を討つにあたって、最大の障害になるのは勇者です。ですが勇者と女神は一度に討たなければなりません。女神はその指輪に対し、時間をかければ対策することができますから、その時まで女神に指輪の存在を知られてはなりません。」
「わかりました、俺は女神を殺してみせましょう」
「ええ頑張ってください。機会は近いうちに必ず訪れますから⋯⋯それと、もしあなたが女神を討つことが出来れば、私たちの叶えられる範囲で願いを叶えてあげましょう。巨万の富でも、一国の主となることでも」
そんなものはいらない。俺が望むのは⋯⋯
「そろそろ時間ですね、では元の世界へ帰しましょう。」
そう言って、彼女は俺へと手をかざす。そこで俺の意識は途絶えた。
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「ちゃんと帰れたようですね」
楽園のような世界の中にただ一つある家、そこに居る男と女は、今しがた帰っていったレイ・オルロストを見てぽつりぽつりと語り出す。
「俺の目を見ていた」
「ええ、それに何故私たちがこのような事を提案するかも聞きませんでしたね」
「殺してみせると言った」
「自分への宣誓ではなく、まるで私たちに約束をしたように思えましたね」
「富も名声も要らぬと言った」
「彼の願いが叶うといいですね。」
ここは偽物の楽園。かつて世界そのものを奪われた二柱の神が生み出した、虚構の快楽に満ち溢れる世界。
その世界にて、二柱の神は全てを失い、捨てられた青年を拾い上げ、自らの牙とした。だが、それでも、
女神は願う。男神は願う。空っぽの心に復讐心だけを詰め込んで動く青年が、いつか幸せを掴めることを。
―――――――――
そうして俺は戻ってきた。首にかけた縄も、飲んだはずの酒も、蹴り飛ばした台も、全てが跡形もなく消え去っている。
だが、覚えている。俺は確かに絶望から全てを捨てた。
我が行先は女神への報復。
そこへ立ちはだかるのならば、国でも、勇者でも、⋯⋯聖女でも。
朝が訪れる。人が増える前に教会を抜け出す。
俺がする事は、史上最大の背信行為だ。もう二度と、教会には戻れまい。
青年は歩いていく。その足取りの先は破滅。だが彼は悠々と進んでいく。
破滅へとたどり着くその前に、望みを叶えるため。
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