全てを奪われ
日刊ランキング九位!とても驚きました!嬉しいです。これからも応援よろしくお願いします!
手記に綴る内容もそろそろ無くなってくる。
最後に記すのは【あの日】の事。俺が全てを勇者に奪われた日。あれほど恨めしく、妬ましく思っていたはずなのに⋯⋯。
あぁ、なぜか今はとても心が静かだ。まるでこの手記に俺の生き様を写したことで俺は抜け殻になったかのよう。
いつかこの手記を見たものが居たのならば、ここに居る憐れな一人の男の最後の足掻きを知っていておくれ。
もはや自らの命を投げ捨てることでしか、見向きもされなくなった憐れな男のことを⋯⋯。
―――――――――
マリアが【癒しの聖女】として旅に出てから3年、父と母の怪我も癒え、俺は再度王都の教会に勤めていた。
しかし、この間俺にはリーティアとフィナからの手紙は1通も来ていなかった。
3年前に一度だけ、マリアから手紙が届いたが、その中身はとても短いもので、ただ一文。
「あなた様だけを、お慕いしております」
と、簡潔に書かれたものであった。手紙を受け取った当時はその不思議な手紙に戸惑ったが、「彼女も寂しくなったのかな」と、一人納得し、応援している事と、あまり気負いすぎないで欲しいという旨の手紙を返信したっきり、手紙が来ることはなくなった。
普段は向こうから手紙が来て、それに俺が返信する形でお互いに繋がっていたため、しばらく手紙を待っていた。しかし、一向にくる気配がないと感じたので、何度かこちらから手紙を送ることもあったのだが、同じように返信は来ない。
どうにかして連絡を取りたい、と思っていたが勇者パーティーはアースチア王国を出て、魔王が居を構える魔王大陸へと渡っていってしまったため、完全に連絡手段が途絶えてしまった。
彼女達の事は疑いたくはない。だが、こうも態度を変えられてしまっては良くないことが起きている事をどうしても考えてしまう。
この3年間はそんな考えを振り払うように教会と領地経営の勉強に励むのであった。
―――――――――
そんなある日、王都の民全員に王城前の広場へ来るように王家からの命令が下された。
広場へ向かってみると、
「何だ何だ?」「王都の人間全員集めるなんてどんな一大事だよ。」「実はここだけの話⋯⋯。」「そいつは本当かい?そりゃあめでたい事じゃないか!」
ザワザワと民衆が騒ぎ立てている。これだけ大規模な集まりは勇者パーティーが旅立った時のパレード以来だ。
「皆、静かにっ!!!」
と、広場の警備に当たっていた騎士の一人が、場を静まらせる。
「これより、国王陛下より重大な発表がある。よく聞け!」
続いて、王城のバルコニーより初老の国王が登場した。集められた民衆は国王の方に注目し、口を開くのを今か今かと興味深そうに待っている。
「皆、よく集まってくれた。今日は皆に重大な発表がある。」
威厳のある声で民に呼びかける国王。だが、その顔には少しばかり喜色が浮かんでおり、国民たちは悪い知らせではないのだろうと安堵する。
「昨晩、勇者パーティーの面々が魔王討伐を成功させ王都へ帰ってきた!!!」
⋯⋯勇者パーティーが⋯⋯帰ってきた?
もちろんいつかは帰ってくると思っていたが、何分急な事なので思考が追いつかないでいる。
が、しかしその思考も国民たちの大歓声で吹き飛ばされる。
「うおおおおぉ!」「さすが勇者様だ!!!」「良かったわ、これで魔王に怯えなくていいのね。」
皆が口々に勇者パーティーを褒め称え、その歓声が俺を現実に引き戻す。
「では、勇者殿、挨拶をお願いする。」
そう国王に呼ばれて登壇したのは黒髪黒目の男だった。
見たところ年は俺と同じくらい。整った顔立ちで、純真そうな笑顔を国民へと向ける。
⋯⋯色々と勇者へ言いたいことはある。が、今は大人しく勇者の話に耳を傾けることにした。
「えー⋯⋯僕の名前は天翔隼人。勇者として仲間と力を合わせ、魔王を倒してきました。旅はとても辛く苦しいものでしたが、王女様はパーティーの仲間たちが支えてくれました!魔王を倒せたのも彼女達のおかげです。」
「ということで、こっちに来てくれるかい?ロジーナ、リーティア、フィナ、マリア。」
そう勇者が呼び掛けると四人の可憐な美少女達が勇者のもとに来る。
「みんな、紹介しよう!まず始めに、みんな知っていると思うが、彼女はロジーナ。この国の第一王女にして僕の婚約者だ。」
そう勇者に紹介された金髪碧眼の少女は、はにかみながら国民たちへ手を振る。
「次にこの二人、リーティアとフィナだ。二人は剣と術の聖女なんだ。彼女達も魔王軍を撃破するのに貢献してくれた!二人共僕の大切な仲間さ。」
数年ぶりに目にする彼女達はとても美しくなっていた。だが、どうみても勇者の「僕の大切」という言葉に反応し、顔を赤らめている様子である。
「最後に、この娘はマリア。癒しの聖女でパーティーみんなの怪我を治療してくれたんだ。彼女の力が無かったら旅を続けることは出来なかったよ!彼女とは最初、ぶつかり合うことが多かったんだけれど、旅を続けて行くうちに分かり合えたんだ。」
そう、パーティーを紹介し終わると、勇者は集う国民達をゆっくりと一瞥し、最後にとびきりの笑顔でこう告げた。
「そして、僕からも重要な知らせがあるんだ。今回の旅を通じて僕達はお互いの信頼、大切さ、そして愛情を確信した!⋯⋯僕はロジーナだけでなく、聖女の3人も妻に迎えようと思う!」
再びの民衆達からの大歓声。一方俺は、勇者の口にした話の内容を理解出来ないでいた。
「⋯⋯は?」
頭が考えることを全力で拒む。だが、考えずにはいられない。今⋯⋯勇者はなんと言った?
「ありがとう、ありがとう!みんな祝福してくれるか!」
バルコニー壇上の勇者が満足そうに頷く。
「妻たちとの式は三日後に行おうと思う。盛大な式にしたいからみんなも協力してくれ!」
そう言うと、国王と勇者達は王城の中へと戻っていき、広場へ集まっていた民衆も解散していった。
俺は広場に一人、棒立ちになる。勇者は彼女達と結婚すると言った。
勇者と⋯⋯結婚?
どうして?彼女達は俺と婚約をして、俺に待っていてくれと言ったはずだ。慕っていると伝えてくれた。どうして?どうして?
ああ、まず彼女達に話を聞かなくては、でもあれ?俺は彼女に捨てられた?会いたい、会わなきゃ。どうやって?どこ?
頭の中が混乱し過ぎて、思考することが出来ない。
気づけば俺は王城の正面扉を守る兵士に取り押さえられていた。
「こら!落ち着け、この先に許可なく通すことはできん!」
「何だってんだこの神官。いきなりうわ言のように彼女がって呟きながら扉へ突っ込んできてよ。」
二人の兵士に押さえられ、動くことが出来ない。
「お願いします!通してください!彼女達と話をしなきゃいけないんです!」
必死に叫ぶが兵士は呆れたような目を向け、解放してくれる気配はない。
すると、扉が内側から開き複数の人間が出てきた。
「へえ、いいね。じゃあリーティアのオススメのお店に行ってみようか。」
「さすがハヤト!わかってるじゃない!」
見覚えのある茶髪のポニーテールに、幼少より何度も聞いた声。それは⋯⋯
「⋯⋯⋯⋯リーティア?」
「ん?何この人⋯⋯⋯⋯って、レイじゃない!何であんた取り押さえられてるわけ?」
俺の幼馴染で婚約者。リーティアであった。
「そんな事より!さっきのはどういう事だ!⋯⋯勇者と⋯⋯結婚するって⋯⋯。」
「ええ、そうよ?ハヤトと結婚するけれど⋯⋯うん?お祝いしてくれるの?」
「違う!約束は⋯⋯俺との約束はどうなるんだよ!?」
「約束って⋯⋯ああ、もしかしてあんたと私が結婚するってやつ?⋯⋯あんな昔の話ナシよナシ。そんな子供の頃の話を間に受けないでちょうだい。」
と、面倒くさそうに返答するリーティア。
「そんな馬鹿なっ、君が待っててくれと言ったから!5年間も⋯⋯、それに、家同士でも決まっていた話だろう?それを覆すなんて⋯⋯。」
と、そこで俺達の会話に入ってくる人物が一人いた。
「さっきから何かと思えば⋯⋯見苦しいです。兄様。」
俺を兄と呼ぶ少女、フィナであった。
「なっ⋯⋯フィナ!お前だって約束を!」
「リーティア姉様と同じ意見ですね。あんな昔の話されても困ります。もう大人になるんですから、聞き分けのない行動は慎んでください。」
「お前もか⋯⋯。」
「さっきから黙って聞いていたが何だい?君は。彼女達と知り合いのようだけれど⋯⋯。」
と、ここまで傍観に徹していた勇者が口を開く。そして侮蔑のこもった視線と共に俺を見下す。
「僕の彼女達を困らせるのであれば知り合いでも容赦はしないよ?彼女に君のような地に這いつくばっている情けない男は似合わない。さっさと目の前から消えてくれないか?」
そう言い放つ勇者に、憤った俺は俺を組み伏せている兵士を振り払い、掴みかかろうとする。
が、それは叶わない。
「拘束魔術。」
俺の身体は何かに縛られたようにその場で固まる。
「フィ⋯⋯ナ?」
「勇者様に襲いかかるなんて、不敬にも程があります!兄様⋯⋯いえ、レイ・オルロスト!さっさとここから失せなさい。」
「待て!話を聞いてく⋯⋯」
瞬間、ゴッという音と共に何かが俺の腹部にめり込む。体制を保てなくなった俺はその場へと倒れ込む。
「いいのかい?リーティア。知り合いを手にかけて。」
「いいのよ、コイツはただの昔の男ってだけだし。今じゃ気持ち悪いストーカーね。それよりもハヤト、早く街へ行きましょう。コイツにハヤトとの時間を邪魔されてイライラするわ。」
「そうですね。早く行きましょう。」
三人は、俺をまるで居なかったように無視し、そのまま街へと向かう。
続いてその後ろを勇者の婚約者である第一王女がついて行く。もちろんこちらには一瞥もくれない。
「待⋯⋯て⋯⋯。」
痛みで、上手く声を出すことが出来ない。
と、そこで誰かがこちらを見下ろしている事に気づく。その人影は、こちらへ近づき俺の元で屈んで、リーティアに殴られた腹に手を当ててきた。
すると痛みが引いてゆき、すぐに会話できるほどになった。
「君は⋯⋯マリア?」
「ええ、そうですが。」
「君も、二人みたいに俺を捨てるのか?」
「仰ってる意味がよくわかりません。そもそもわたくしは貴方のような神官の知り合いは居ませんので。混乱されているのですね。⋯⋯そこの兵士の方、この方を教会送っていただけませんか?」
彼女は近くにいた兵士へ声をかけた。どうやらこれ以上俺と話すつもりは無いらしい。
「はっ、了解しました。」
そのまま、マリアも行ってしまう。彼女にまで、知らない人間だと言われてしまった。
ああ、嘆きを通り越して笑えてくる。約束を守り5年間待った結果がこれか。
俺はそのまま精神的な苦痛から、気を失った。
―――――――――
気がつくと、俺は教会の寮の自室で寝ていた。どうやら兵士達がここまで運んできたらしい。
フラフラと寮を出て、教会の仕事部屋まで歩く。たどり着き、そのまま机を漁る。出てきたのは大事に保管された手紙の束。
俺はそれを一つ一つ、丁寧に読み返す。だが、いくら読み返したところで、彼女達はもう戻らない。
恨み、妬み、嫉み、悲しみ、虚しさ⋯⋯ごちゃ混ぜとなった感情のまま、手紙を読み漁る。
気づけば、深夜となり、外は闇に閉ざされていた。途中、心配して様子を見に来た神官長に寮に戻って寝るよう言われたが、今日だけはこの部屋で一人にしてほしいと伝え、帰ってもらった。
俺はこれまで、リーティアとフィナとマリアのため努力してきた。だが、その努力は既に何の実も結ばない物となり下がってしまった。
ああ、俺にはもう、何も残っていない。父や母、神官長には悪いが、ここで命を絶とう。それをせめてもの勇者達への反抗とするのだ。
微塵も勇者達の気に留まらない可能性があることだってわかっている。でも⋯⋯。
と、そこで俺の足元になにかが落ちている事に気がついた。
先日購入した、真新しい手記。
「そうだ⋯⋯どうせ命を失うならば、全てをここに書き記してからでもいいじゃないか。俺を見つける誰かの目に入るかもしれない。」
手記を開き、その最初のページに書き込むため、ペンにインクをつける。
何と書き始めようか⋯⋯。ああ、そうだ。
この俺の18年という短き人生に失望の感情を込めて。
この俺の5年という長き努力に嘲笑の感情を込めて。
この俺の5年という尊き恋慕に皮肉の感情を込めて。
「俺の人生はとても幸せだった。」
〜完〜 じゃないですよ!!!
これにて第一部が終了です。
以降、勇者サイド、女神との出会い編、ざまぁ編と続いていきます!正式なサブタイも考えたいので、その内、正式なサブタイにすると思います。
次回更新は明日夜と考えています!
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