最後の一人
サブタイはちょっと(仮)の方向性で。
思った以上に伸びててびっくりしていまする。
あの時、俺はどんな行動を取れば良かったのだろうか。俺以外の男に近づくなとしつこく強制するべきか、俺を捨てないでくれと泣きつくべきか。
何にせよ、彼女達は最終的に俺を選ぶことはしなかっただろう。
あの旅から帰ってきた彼女達の心にはもう⋯⋯。
人を幸せに導く女神様よ。確かにあなたは一人の異界の男と三人の少女を幸せにしたのだろう。
だが、あなたに信仰を捧げていた一人の男は命を投げ捨てようとしている。
人を幸せに導く女神様よ。これが正しき世界であるというのか?
教会のある一室、俺の独白に答える女神はもちろん居ない。
ただ、ふと目の前の女神像の表情が揺れた気がした。
「ああ、だめだ、幻覚まで見えるほどに俺は弱っているのか。」
さっさと残りを記して首を吊ってしまおう。
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勇者パーティーが旅立ってからしばらくは、俺とリーティア、フィナ達は頻繁に手紙を送りあった。今現在、俺とリーティアは15歳、フィナは14歳となっていた。
相変わらず、二人は勇者の事が気に食わないらしく、
二人で風呂に入っていたら勇者がうっかり入ってきただの、ダンジョンで転倒した際に胸を揉まれただの。大型のスライムと戦った時に服が溶かされてしまい、勇者に見られただの。
勇者の倫理観を疑うような出来事が起きていたが、二人からは
「しっかりと制裁しておいたから。」
との保証を貰っていたので、それほど深刻には思わなかった。
いや、偶然ではなく故意で勇者がこのような事をしているのであれば、俺もその制裁とやらに加わるつもりであったが。
一方、俺の方ではある出来事が起きていた。それは、
「レイ様、資料整理終わりましたわ!」
「ああ、お疲れ様。じゃあちょっと休憩しようか。」
「はいっ!あ、そうですレイ様、実家から美味しいお茶が送られてきたんですの。今朝、わたくしが焼いたクッキーもありましてよ!」
「へえ!それは興味深い。ご馳走になろうかな。」
「はいですの!」
と、元気に返事をし、いそいそとお茶の支度を始める小柄な少女。
彼女の名前はマリア・ストレーナ。アースチア王国有数の大商会であるストレーナ商会の長女である。
13歳であり、まだ幼いながらもしっかりとした言葉遣い。かと言ってまったく幼い面がない訳ではなく、先程の年相応の、はつらつとした笑みが彼女の水色の髪に映えてとても可愛らしい。
彼女は俺と同じように「神官」のジョブを授かり、王都の教会へと研修へ来ている身であった。
それを指導する立場にあるのが、研修を終え、正式に教会での職務に励むようになった俺、というわけである。
そして何より重要なのは、彼女が俺の婚約者であるという点である。
以前、俺がリーティアとフィナと婚約を結んだ時に両親から付けられた条件である、
「貴族としての婚約者も大切にする。」
という約束。それに当たるのが彼女なのである。
辺境とはいえ伯爵家の長男と、国有数の商会のお嬢様。家格の釣り合いは取れているし、何よりお互いの両親の仲も以前より良好なので彼女がジョブを授与したと同時に俺の婚約者となった。
リーティア、フィナと比べてマリアとの関わりはまだまだ浅く、「愛してる。」と、断言することは出来ないが、俺に献身的に尽くしてくれる上、彼女と話をしていると癒されるので、俺も好感を抱いていた。
婚姻を結んでからゆっくりお互いを知り、愛情を育めていけたらと思う。
そう考えて俺とマリアは休憩がてらのお茶会にするのであった。
―――――――――
ある時、俺宛の書類の束を整理していると、いつもと同じようにリーティアとフィナから手紙が届いていることに気がついた。
最近、少しばかり手紙が届くペースが遅くなっていたので気にはなっていたが、勇者パーティーの旅が忙しいのだろうと俺は納得していた。
「二人とも、最近大変なんだろうな。この間も魔王の軍勢を打ち払ったって新聞で読んだし。」
そう何気なく呟き、手紙を開く。そこには、最近少しばかり忙しくなったことがあって手紙を出すのが遅れたこと。魔王の軍勢を破り、順調に戦っていること。また、最近は【癒しの聖女】を探すことも旅と並んで進めている、という事が書き連ねられていた。
そこで俺はあることに気づく。
「あれ?今回の手紙には勇者に対する愚痴は無いんだな。まあ和解できたならば何よりだけれども。」
いつもは手紙の後半から終わりにかけてまで綴られるはずの勇者に対する愚痴、文句、その他もろもろが今回の手紙には無かったのである。
しかし、この時の俺はこの変化を大した物だとは考えずに、ただ返事の手紙を出すのであった。
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マリアと婚約者となってからさらに数ヶ月、俺はリーティアとフィナから届いた手紙を読み首を捻っていた。
曰く、「勇者が戦闘でピンチの時、庇ってくれた。」「勇者が困っている少女を助けていた。そのおかげで少女は救われた。」など、勇者を褒め称える内容が書かれてたのである。
「まさかとは思うけど⋯⋯。」
いや、そんな事を考えるのは彼女達に失礼だろう。と、一瞬頭に浮かんだ疑いを無理やり追い出し、再度手紙を読み直す。
今までは、同じ内容の手紙でも、「庇ってくれた」は「でもその時、尻や胸を触られて不快だった。」
「少女を助けていた。」は、「その後助けた少女を侍らせたり、時には身体の関係を持ったりして不快だった。」
と、小言の一つや二つが付きまとうはずだったのだが⋯⋯。
うーん、とこの手紙の内容の変化について考察をしていると、何やらバタバタと俺の仕事部屋へ近づく足音が聞こえる。
「大変だっ、レイくん。」
息をあがらせながら、こちらへと呼びかけるのは数年前、リーティアとフィナにジョブを与えた神官長。
今では俺の上司となっている人物であった。
「どうしました?神官長。そんなに慌てて⋯⋯。」
「君のお父様とお母様が!⋯⋯」
一瞬、何を言われたか理解しかねる。父と母が何だって?
「だからっ!君のお父様とお母様が魔物の襲撃にあって重体なんだ!」
「なっ⋯⋯それはどういう⋯⋯??」
神官長の話を整理すると、オルロスト家の領地の近隣で魔物が大量発生し、オルロスト家の私兵が鎮圧に向かうも数の差で敗退。領内に魔物の侵入を許してしまう。即座に住民を避難させるも、最後まで領内に残り指揮を執っていた父と母が魔物の襲撃により意識不明の重体となってしまった。
「お父様方は領地内の近隣の村で治療を受けているそうだ。君も早く向うといい。今、馬車を用意させているから少し待っててくれ。」
と、言って神官長はまた慌ててどこかへ行ってしまう。
「父さんと母さんが⋯⋯。」
嫌な汗がじわりと染み出し、指先から冷たくなっていくような感覚に陥る。
思わずその場にしゃがみ込んでしまう。
「レイ様!お話は聞きました!⋯⋯ってレイ様!?」
どうやらマリアが駆けつけてくれたようだ。床にしゃがみ込みうずくまっている俺を見て驚いているようだ。
「レイ様、しっかり!」
彼女がすぐそばに駆け寄り、俺を抱きしめてくれる。途端、心が暖かくなり、冷えきっていたと思われる身体に熱が生まれる。
「ああ、マリア⋯⋯。父さんと母さんが⋯⋯。」
「レイ様、きっと大丈夫です。ですから⋯⋯。」
「うん⋯⋯そうだね。」
そう言って立ち上がる。マリアに触れてから、先程の倦怠感が嘘のように消え去ったようだった。
「レイくん、馬車の準備が出来た。外に停めてあるから行けるかい?」
と、そこでどこかへ行っていた神官長が戻ってくる。
「はい、大丈夫です。ありがとうございます神官長。」
「レイ様、お気をつけくださいまし。」
と、マリアが見送ろうとしてるが、その瞬間神官長が目を見開いた。
「何⋯⋯だって?」
彼がポツリとこぼしたその言葉が妙に気になった。
「どうしました?神官長?」
「その⋯⋯彼女が⋯⋯、いや、今引き留めることではないよ。行っておいで。」
どこか戸惑いを隠せない様子の神官長だったが、俺も急いでいたので気に止めることはできず、馬車へと向かう。
こうして、俺はオルロスト領へと戻った。
―――――――――
幸いにも、父と母は一命を取り留めた。三日三晩うなされていたようだが、村の医者と治癒魔術師の腕が良かったらしく、今では会話もできるようになった。
「レイ、私たちは魔物にやられてしまいこのザマだ。そこで、私たちが回復するまで領地の経営をお前に任せたい。もちろん家臣達に力を貸してもらうから難しいという事は無いだろうが、責任は伴うことになる。いいかな?」
「もちろんです。父さん。お二人が回復されるまでこのレイ・オルロストがオルロスト領を守って見せます。」
「まあ、頼もしいわ。それとレイ、オルロスト領に戻るにあたって支度が必要でしょう。一度王都へ戻って荷物の整理などをしておいで。」
「ですが母さん⋯⋯。」
「なに、私たちなら大丈夫さ。息子の姿を見たらあっという間に元気になったよ。」
と言って、ドンと胸を叩く父さん。すぐにイテテテと悲鳴をあげたが、家族の間にはようやく笑顔が生まれた。
「では、一度王都へ戻ります。父さんも母さんも安静にしていてくださいね。」
―――――――――
俺が王都へ戻ると何やら住民達が騒いでいるようだった。気になった俺は近くの男に聞いてみた、すると
「この騒ぎは何でしょう?」
「あぁん?お前知らねぇのか?ってことは王都の外から来たのか⋯⋯いいぜ教えてやろう。やっと見つかったんだよ!【癒しの聖女】様がなぁ!めでたい事だ。街中大騒ぎよ!」
俺が貴族と気付かず、粗雑な物言いをする酔っ払った男よりも、その男の言葉に驚いた。
【癒しの聖女】だと⋯⋯?今日はジョブ授与の儀式のある日ではない。だと言うのに一体どうして⋯⋯?
「その聖女様の御名前はわかりますか?」
「ああ〜、何だったかなぁ⋯⋯そうだ。確か水色の髪の小さな嬢ちゃん。確か⋯⋯マリアとか言ってたなぁ。」
その言葉に一層の衝撃をうける。水色の髪のマリア⋯⋯。どう考えても⋯⋯。
この日、最後の聖女が見つかった。
―――――――――
「さあ、みんな行こうか。僕達の助けを待っている人が居るはずさ!」
「うん!ハヤト、私の剣の力が必要だったら遠慮なく言ってね!」
「はい!ハヤト様!わたしの魔術も是非役立ててください!」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯はい。」
「どうしたんだい?マリア。まだ、僕達のパーティーに慣れないかい?まだ、数日だものね。色々戸惑うのは仕方ないさ、今晩相談に乗ろうか?」
「⋯⋯⋯⋯いえ、結構です。」
街道を馬車で進んでいく男女達。彼らこそ人類の希望勇者パーティー。
彼らは人々を脅かす敵、【魔王】を倒すべく歩みを進める。
その歩みにより傷つけられている人が居ることに気付かずに⋯⋯。
あるいは気付こうとせずに⋯⋯。
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勇者に取られる編→女神との出会い編→ざまぁ編
のように進行したいと思っております。