聖女達との別離
明日明後日は遠出する予定があるので、更新出来ないと思います。
俺と彼女達は確かに愛し合っていた。少なくとも俺はそう思っていた。
だが結果はこのざまだ。
彼女達が『力』を手にしてから、だんだんと俺に対する関心が薄れていった。
きっと【幼馴染】や【妹】や【婚約者】の彼女と、俺となら幸せを手に出来たのだろう。
ただ、【聖女】と俺とは釣り合わなかったのだろう。
でも、それまで積み上げてきたはずの愛情はどこへ行った?
【あの男】によって、消された?塗り替えられた?
いいやわかってる。一度生み出された思いはプラスの感情のままなくなることは無い。
俺に対する行き場のなくなってしまった愛情は⋯⋯⋯⋯すべて俺への【蔑み】の気持ちへと変わったのだろう。
そして、蔑む対象にもならなくなった時、俺は彼女達の中から完全に消えるのだ。
なぜなら【あの男】と比べて俺はこんなにも弱く、小さく、無様なのだから。
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「レイ!、フィナちゃん!」
そう呼んでリーティアがこちらへと駆けてくる。
「リーティア姉様!その⋯⋯聖女って?」
「うん、本当に加護を与えられたみたい。【剣の聖女】だって。本当にまだ信じられないよ!」
と言って、フィナとリーティアは手を繋ぎ喜び合う。
対して俺は少し考えるところがあった。
それは聖女が誕生する時、共に現れるとされる魔王の存在。
確かに彼女が聖女に選ばれたことは誇らしく、嬉しい。ただ、俺としては彼女に戦って欲しくはない。彼女は今まで、命の奪い合いとは程遠いところにいた一人の少女なのだから。
「レイ⋯⋯レイってば!」
ふとこちらを呼ぶ声が聞こえる。見るとリーティアが期待するような眼差しを向けてこちらを見ている。
ああ、そうだ。何を難しく考えているのか。俺がやるべき事は⋯⋯
「リーティア、おめでとう。君が聖女になったことはとても嬉しいよ。」
讃えられるべき加護を手にした彼女のことを精一杯祝福する事だろうに。
「レイ⋯⋯。」
少しばかり嬉し涙を浮かべこちらをじっと見つめるリーティア。
普段ならばここでキスのひとつもしたのだろうが、如何せんここでは人の目に触れすぎる。結局、恥ずかしがった俺はリーティアの事をフィナとともに抱きしめるに留まるのであった。
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「えっ、リーティア姉様、王都に残るんですか?」
と、困惑を隠せない様子でフィナが尋ねる。対するはリーティアと王都の神官長。
「うむ、リーティア様は聖女の力を磨くため、また来たるべき魔王との戦いに備えるべく教会にて修練される事となったのだ。」
神官長がその幅広い身体を揺らしながら説明してくる。
「リーティア、その⋯⋯大丈夫かい?」
本当は一緒に帰ってきて欲しい、だが彼女の立場はわかっている。無理を言っては彼女を困らせてしまうだけだろう。
「うん、レイ。寂しくなるけど⋯⋯私は⋯⋯人類の希望だから⋯⋯。」
後半は自分に言い聞かせるような話し方。彼女の言う通りなのだ。自分は彼女が安心して帰れる場所を作り上げるのが最良の選択だろう。
それにリーティアが聖女に選ばれてから、何となくこうなる事はわかっていた。それはきっと彼女も同じはず。
「レイ⋯⋯フィナちゃん⋯⋯。離れ離れになっても、たくさん手紙書くからね。」
「うん。」
「すぐに魔王を倒して戻るからね。」
「う⋯⋯ん。」
急に離れることになって堪えきれなくなったのか涙を拭いながらも何とか返事を返すフィナのすすり泣きがやけに響いて聞こえる。
「そしてレイ。全部終わったら⋯⋯あなたの妻として帰るから⋯⋯だから待ってて。」
「あぁ、もちろんだ。」
そう言って、今度はしっかりとキスをして⋯⋯。
俺たちはお互いの道を歩むこととなった。
帰り着く場所は同じと信じて。
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1年後、今年はフィナのジョブ授与が行われる年となった。
去年のジョブ授与ではリーティアが聖女となり、王都へ残ることとなった。その事は国中に知れ渡り、聖女の誕生に民衆は歓喜した。
家から聖女が出たリーティアの両親や俺の両親は初めて聞いた時、腰を抜かして喜んだほどだ。
魔王という懸念もあるものの、過去の歴史書を見るに勇者達が魔王に敗れ去ったという記述はなく、また聖女の誕生は起きたが、魔王の誕生はまだ起きてなかったため、今年はしっかりと修練を積んだ聖女の力で安全に魔王討伐ができると言われていた。
この1年でリーティアとはたくさん手紙のやり取りをした。
食事がとても豪華になりびっくりしたこと、自分にも侍女がつきむず痒い気持ちになったこと。
訓練が厳しく、何度も気持ちが折れそうになったこと、俺達の家に帰りたくなったこと。
やっと教会の騎士達と対等に戦えるようになったこと、騎士相手では負け無しになったこと。
そして、王国最強と言われる剣士と手合わせをして見事それを下したこと。
彼女の修練はとても厳しいらしく、また俺も神官や領主になるための勉強で時間が取れなくなり、王都にて彼女と会うことはなかなか叶わなかった。
しかし、1度だけ、彼女が王国最強の剣士を下した、という手紙を受け取った少しあとに彼女と再会する機会があった。
ほんの少しだけしか共にいることはできなかったが、彼女は聖女になってからとても凛々しく、気高く、美しくなっていた。
また、聖女としての自覚もはっきりと出たらしく
「自分が剣となり人々の不安となる存在を除く。」
と言っていた。なんだか守るべき存在だった彼女が、いつの間にか俺も含めて皆を守る存在へと変わっていて。どこか寂しい気もしたが、それ以上に再開出来たこと、元気でいることが嬉しく、その時はあまり気にならなかった。
そして今年はフィナの番である。
「兄様、わたしは何のジョブが貰えるでしょうか?」
と、王都へ向かう馬車の中、元気に話すフィナ。
「兄様もリーティア姉様も素晴らしいジョブですから、わたしだけ変なのになったら悲しいですねえ⋯⋯。」
と、少しばかり心配そうになるが、
「あはは、そんな緊張しなくても大丈夫だよ。きっとフィナなら良いジョブが貰えるさ。」
去年とは立場が真逆となった会話に気づき、ふと笑みがこぼれる。
「兄様?」
「ああ、ごめんごめん、去年とは真逆の立場だなって思って。」
「もう、兄様!フィナは緊張で潰れそうなんです。笑ってる場合じゃないですよ!」
そう言って会話をして和んでいるうちに馬車は教会へと到着する。
ちなみに、教会に居るはずのリーティアは聖女の修行として【ダンジョン】と呼ばれる遺跡に出向いているので、今日は会えない。
この事は手紙にも綴られており、リーティアも不満を抱き、だいぶ教会関係者にゴネたとの事であった。
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うわぁぁぁ―――と歓声が聞こえる。
理由は簡単、昨年と同様に【聖女】の誕生に民衆が沸き立っているのだ。
一年前と同じ神官長に紹介され、今、笑顔で手を振っているのはフィナ・オルロスト。
俺の義妹であり婚約者でもある彼女だった。
「兄様!兄様!わたしも聖女になれました!」
そう言って抱きついてくるフィナに与えられた加護は【術の聖女】。全ての攻撃魔法を圧倒的な火力で無制限に使える、と言われた聖女である。
「おめでとうフィナ!それにしてもリーティアもフィナも聖女になるなんて驚きすぎてもう頭が回らないよ。」
そう言ってフィナの事を抱きしめ返す。
「ほんとですね!兄様。わたしも信じられません!」
それから案の定、彼女も教会で修練をすることとなった。別れ際、
「兄様、寂しすぎて泣いちゃいませんか?大丈夫ですか?」
「ははは、確かに寂しいけれど大丈夫だよ。それに寂しい以上に嬉しいから。フィナはリーティアの事を支えてあげてね。」
「ええ、もちろんです!二人で力を合わせて魔王なんか瞬殺しちゃいますから!楽しみにして待っていてくださいね、兄様!」
二度目ともなると俺もフィナも少しは慣れて、今度の別れは最後まで笑顔ですることが出来た。
それにフィナにとって姉と慕うリーティアが居るのも気持ちが楽になれる要因であろう。
俺はリーティアやフィナと違ってお互いに直接支え合う事は出来ないが、せめて二人の心の拠り所となれるよう、しっかりとした人間となり、家を栄えさせよう。と決心したのだった。
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それから数ヶ月後、世界中に吉報と凶報が走った。
【勇者】の誕生と【魔王】の復活である。
まず初めに、国一番の占い師が魔王の復活を予言した。
それに対し、アースチア王国はすぐさま勇者召喚の儀式に取り掛かる。そして、見事アースチア王国第一王女ロジーナ・アースチアが勇者召喚に成功。
召喚された勇者の名前は天翔隼人。異世界である【にほん】という所から来たらしい。
アースチア王国では珍しい黒髪黒目の青年で、その優しげな面持ちは世の女性達を魅了した。
また、勇者は何の鍛錬もしたことがないのに関わらず、聖剣召喚の能力で剣技はトップクラス、魔力量も莫大で、とてつもない威力の光魔法や雷魔法をすぐさま使いこなしたという話だった。
それと同時に、ついに復活した魔王が姿を現し、人間界へと宣戦布告。アースチア王国へ報復を宣言した。
すぐさま、勇者は魔王の討伐を決意、自らを召喚したロジーナ王女と婚約を結び、魔王討伐のために剣の聖女リーティア、術の聖女フィナと勇者パーティを結成したのであった。
そんな勇者パーティーが旅立ったのが1ヶ月前、現状まだ現れていない【癒しの聖女】も、近いうちに目覚めるであろう。との世論だった。
「おう、レイ。何だ、また新聞を読んでるのか?」
「あ、はい、先輩。やっぱり気になってしまって⋯⋯。」
「そりゃあそうだろうな。なんたって人類の希望勇者パーティー、そのメンバーである絶世の美少女二人がお前の婚約者なんだって?⋯⋯世の男どもが羨むぜ。」
俺は今、神官としての経験を積むため、王都の教会へ研修へと来ていた。
いま、気さくに声をかけてくれたのは俺の指導に当たる先輩。気さくな人で皆から慕われている人だ。
「はは、そうですね。俺も二人に見合うだけの良い男にならないと。」
「言うなー?コイツー。じゃあ今日の女神教の教えについて学ぶ時間は2倍だな。励めよ後輩。」
と、お互いに軽口を言いながら去っていく。
「俺も本当に頑張らなきゃな⋯⋯。」
と、呟いたところで、整理していた俺宛の書類の中に手紙が混ざっているのを見つけた。
送り主はリーティアとフィナ。そこにはこう記されていた。
魔王討伐に向けての旅がようやく順調な軌道に乗り始めた。
リーティアとフィナは魔物相手に一騎当千の活躍をしている。
勇者についてだが、レイが居るのに他の男性と共に居ることについては良くないと思うので、なるべく早く魔王を討伐して帰りたい。
勇者は優柔不断だし、その気がなくても女の子に優しくして旅行く先で女性に囲まれていて、気に入らない。
また、勇者は綺麗事ばかり言っていて、頭が痛くなる。
早くレイに会いたい。
というような内容だった。
どうやら二人は勇者をあまり好ましく思ってないようだ。
二人に限って、全くそんなことが起こるとは思えないが、男女の間違いに発展する様子もなくて、一安心である。
それに、俺に会いたがっている二人の様子を知ることが出来て、可愛らしくて仕方がない。
そう、手紙を読んで感じた俺はすぐさま返事を出すために筆を取るのであった。
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