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女神への報復

 左手に握られた黒剣が女神の胸を貫いている。


「あ⋯⋯ぐ⋯⋯な、なんで? 」


「なんでって⋯⋯まさか、貴女が俺にした事に気づいていないとでも? 」


 どす黒い感情が溢れそうになるが、あくまでも冷静に、成すべきことをなさねば。


 本来であれば、人の身で女神を討つことなどできないのだ。この機会を逃しては、もう二度と訪れないであろう。


 黒剣をさらに強く握り込み、代償を払おうとして、


「ま、まって! 誤解よ、誤解なの! 」


「誤解だと? 」


 駄目だ、話を聞くな。そう頭の中で、冷静な部分の自分が叫ぶが、俺を陥れたその理由をはっきりと聞きたい興味も抑えることができない。


「そうよ! 誤解なの! 私は勇者なんて選ばないわ! 私が欲しいのはレイ・オルロストあなただけなの! あなたを手に入れたくて、聖女の制度を使って婚約者達を遠ざけたのは事実だけれど、それもあなたを思ってのことなの!」


 じっと俯いたまま、俺は女神の話を聞く。


「それに、あの聖女達、簡単に勇者の物になって酷い女よね? 私はあなたを裏切らないわ! あなただけを愛するの、だから、ね? その剣を離して? 」


 涙を目に浮かべ、必死に懇願する女神が上目遣いでこちらをじっと見つめる。


 それを見て、俺は女神からゆっくりと剣を抜き、少し下がった。


「はあ⋯⋯はあ⋯⋯わかってくれたのね?」


 安堵の息をつく女神エンゼリカ。その姿を無言で、ただ眺めていると、


「⋯⋯と、言うことで、私のモノになりなさい! 馬鹿正直に命乞いを聞くなんて、ほんっと間抜けね。まあでも、これからゆっくり調教して私好みの性格にしてあげるわ! 」


 女神エンゼリカは急に手をこちらへ振りかざし、何やら詠唱と共に、魔術のようなものをこちらに放とうとして、


「⋯⋯⋯⋯へ?」


 女神の手が無くなっていた。


 否、きっと手は存在するのだろう。だが、女神の肘から先は突如空中に現れた真っ黒な闇に包み込まれていた。


「な、なにこれ? ちょ、⋯⋯抜けな⋯⋯」


「なあ、女神様。まさかさっきの命乞いは本気でしてた演技なのですか?」


「へ?⋯⋯いや、これ⋯⋯助けなさいって! 」


「今更、愛だの信じるだの⋯⋯あなたの仕組んだことで、全てを失ってから、俺は一度命を絶っているんですよ」


 自分を捕らえる真っ黒な闇から逃れようと必死にもがく女神を見ながら、淡々と話しかける。


「その時に、貴女とは違う女神様と男神様に出会いましてね、今あなたが苦戦してる、その力を授かったんです」


「やっぱり、これは男神の⋯⋯今すぐこれを止めなさい! 今ならあなたを許しましょう。ですから! 」


「その男神様も、丁度俺と同じ絶望と復讐の感情を宿した目をしていましてね、話を聞いた時に目的は一緒なんだと悟りましたよ」


 女神を包む闇はやがて腕から肩に、そして半身を包み込むようになり、


「その真っ暗闇の先には、男神様達が待つはずです。そこで断罪されてください。それを俺の復讐とします。」


「いや、いやっ! 嫌よそんなの! 私はこの世界の女神になったの! 早くコレを止めなさい! そ、そうだ勇者! 勇者はどこにいるの? 早くレイ・オルロストを止めなさい! 」


 もはや首から上を除き、ほぼ闇に捕らわれた女神がなりふり構わずに勇者へ助けを求める。だが、


「何を言っているんですか? 女神様。勇者なら、ここに来る前に斬りましたよ。あなたの加護を封じれば一撃でしたから。」


「な⋯⋯」


「だからもう、大人しく」


「いやっ! 助けて! そ、そうだ、とびきりの加護をあげましょう。王様にだってなれるわ! 私も何でも言うこと聞くから! だから! 」


 大人しく、報復を受けろ。


 瞬間、女神の全身を闇が捕らえ、そのまま小さくなり消滅した。


 こうして、俺は俺から全てを奪った女神と勇者への復讐を終えたのだった。






 ―――――――――






 誰も居なくなった、教会の一室⋯⋯俺の仕事部屋だった部屋の床に座り込む。


「これで⋯⋯復讐が終わったか⋯⋯」


 女神が暴れた事で、散乱した紙の山、その中にマリアからの手紙を見つける。


「あなた様だけを、お慕いしております」


 受け取った時は、その真意はわからなかったこの手紙。


 きっとこれは、彼女が意思を消される前、最後の抵抗として俺に書き残したものなのであろう。


「ああ、マリア、俺を許しておくれ。愚かな俺は、君が操られると知るまで、君を何度も恨んでしまった」


 フラフラと部屋を出て歩みを進める。向かう先は、勇者達の式場。


 気を失ったリーティアとフィナ、そして勇者とマリアの亡骸が倒れているままであろう。


 リーティアとフィナの事は後に考えるとして、マリアはしっかりと埋葬してやりたい。


 誰もいない廊下を歩き、式場へとたどり着く。


 扉を開け中に入ると、倒れるリーティアとフィナが目に入り、その奥にマリアが。


 すぐさま駆け寄ろうとしたが、しかし、


「うぐっ⋯⋯あ⋯⋯」


 その場に膝をつき、口を抑える。そのままいくらか咳き込む。


 手のひらを見ると真っ赤な鮮血が。


「あ⋯⋯ああ。やっぱりか⋯⋯」


 俺が勇者と戦った時、そして女神へと報復した時に使った力の代償は「自らの命」。


 女神という、強大な存在を封じ込めたことで、代償による死が近づいたのだろう。


 むしろ、今なぜ生きているのかが不思議なくらいだ。


「それでも⋯⋯」


 一気に気だるくなった身体を引きずって、マリアの元にたどり着く。そしてその顔を見る。


 苦痛と驚き、悔しさに歪んだ辛そうな顔。


 彼女は最後まで救われることは無かった、いや、俺が救うことができなかった。


 でも、俺には一つだけ手段がある。解決策を持っている。


 もしもまた裏切られてしまったのならば、本当に救われない。


 理由があって信用しているわけではない。でも、あの楽園の女神と男神ならば約束を守る。そんな気がしていた。


 一つだけ願いを叶えられるのならば、俺は彼女のためにそれを使おう。


 そう誓って、物言わぬ彼女を抱き寄せようとして、




 俺の胸を何か鋭い物が貫いた。




「がはっ⋯⋯」


 こみ上げた血を吐き出して、何とか首を捻り後ろを向く。


 ああ、どこかで見た光景だ。⋯⋯そうだ、女神に対して俺もこんなふうに仕掛けたっけ。


 なんて事を考え、見上げたその先には、


「⋯⋯くそっ⋯⋯何なんだよ⋯⋯」


「はははっ!残念がる事はないよ、レイ・オルロスト君! 君はこの僕に対して良くやったほうさ! でもね? 何度も言うけれども、僕は勝つのさ! 勇者だからね! さあ、これで本当に終わりだよ! 」


 端正な顔は歪み、黒髪黒目もこびりついた血で汚れている。何より致命傷とも言える傷を負っている、が、しかし、しっかりと両の足で立ち、俺を聖剣で串刺しにした勇者の姿があった。


「あははは! 安心したまえ、これを油断とは言わないさ、ただ無知だっただけだ。勇者はね? ⋯⋯この程度の傷でやられることは無いのさ! とは言っても君に斬られた時の衝撃で気を失っていたのだけれどね? やはり勇者たるこの僕は、最後まで勝利を約束されているんだね! 」


「その⋯⋯狂言も聞き飽きた」


「さあ、今度こそ君のストーリーは終幕だ。そして僕は女神様⋯⋯エンゼリカを手に入れる!」


「悪いな、女神ならもう俺が倒したよ。この世界にはもう居ない」


「はあ?⋯⋯何だって?」


 勇者の口調のトーンが低くなる。


「女神ならもう手に入らないって言ったんだよ!」


 それを聞いた勇者はしばし黙りこくった後、


「ああああああああああ!?!? どうしてだ? おかしい! おかしいだろそんなの! 僕は勇者だ! 英雄だ! 主人公なんだぞ! 女神様は僕のものだろ! 何やってくれてんだよお前ぇぇぇ! 」


 急に今までとは比べ物にならないほど狂ったように叫び出す勇者。


「くそっ! くそっ! マリアもエンゼリカも、お前のせいで手に入らなかった。死ねよ!」


 そう言って何度も剣を俺の背中に突き立てる。


 ああ、何だよ⋯⋯最後の最後で一番復讐したかったやつに殺されるだなんて。


 勇者に刺された傷と、指輪の代償でもうほとんど力が出ない。


 ふと、左手の指輪を見ると、真っ黒だったそれは鈍い色へと変わっていた。どうやらもう力を引き出すことはできなさそうだ。


 感じる痛みもだんだんと薄れていく。勇者の言った通り、ここで俺の人生は終幕なのだろうか。


 復讐に汚れてしまった俺の人生でも、せめて彼女の事だけは救いたかった。


 どちらも果たせずに散ってしまうのは⋯⋯


 嫌だなあ。


 そう考えながらも、保てなくなった意識を手放そうとして⋯⋯


「や⋯⋯めて」


 触れれば折れてしまうような、そんなか細い声。


 だが、俺も勇者もその声をしっかりと聞き取った。


 その声の持ち主は目の前に倒れている⋯⋯マリアであった。






 ―――――――――






 楽園の神達






「戻られましたか? 男神さん」


「ああ」


 かつて、レイ・オルロストが訪れた楽園。その地にて、二柱の神は会する。


「それで? 彼女にはどのような罰を? 」


「力を全て奪った後、他の神々の玩具として扱うことになった。今も多数の神から嬲りものにされているだろう」


「あら、怖いですね。皆さん、我儘で残酷な方々ですからねえ」


 怖いとは微塵も思っていないように言い放つ女神。ただ淡々と話をする男神。


「お前だって残酷だろう、レイ・オルロストの命を使って、自分の部下だった女を始末させたのだから」


「あら、兄様(・・)だって我儘でしょう? 自分の妻の復讐のためにレイ・オルロストに依頼したのですから」


「そうだ。だから俺は⋯⋯」


「いいえ兄様。私達は、ですよ? 」




「きっと償わなければならないのだろう」


「ええ、彼の望みは何なのでしょうね? 」


 穏やかな時間が過ぎ去る楽園の中、二柱の神は一人の青年を見守る。


 女神エンゼリカを失った世界は衰退してしまうだろう。故に、二柱の神は以前のように世界の管理に戻らなければならない。


 世界が女神エンゼリカに奪われてから作られたこの楽園の役目も、二柱の神が楽園から居なくなると共にもう終える。


 退廃的な永久かと思われる快楽が漂うこの楽園は、初めて終極を目にした。


 こうして世界はかつての正常なものへと帰っていく、数百年にわたる女神エンゼリカが作り上げた偽物の世界は正されるのだ。


 されど、人の身でその事に気づくものは居なく、気づいたところで何が出来る訳でもない。


 ただ一つ、神から見る世界を未だ偽物たらんとしているのは、世界の異分子である勇者と、それに対する青年の怨恨のみ。





予定より伸びてしまいました。


あと1、2話増えると思います



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― 新着の感想 ―
[一言] なぜ此処まで来て打ち止めなのか…?
[良い点] 一気読みしました。 もう非の打ちどころがないくらい面白いです。 [気になる点] てっきり最終話だと思ってました。 結末がどうなるか知りたいです! [一言] ラスト数話で寸止めとかあんまりで…
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