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愚者と英雄

投稿遅れてすみません。


完全に私事で遅れました。申し訳ございません。

 瞳を閉じると、周りの喧騒から離れ、独り暗闇に落ちていくような感覚になる。


 この扉の先が俺の、奴らの、死地である。


 愚者が英雄へと歯向かうのだ。浅ましき者が勇ましき者を殺すのだ。


 こじつけたような理由はいらない。ただ、許せなかったのだ。


 俺から全てを奪ったこと⋯⋯幸せを、希望を、努力を、肉親を、勇者に奪われたことが許せなかったのだ。


 故に、勇者には俺の我儘で(やいば)を向けよう。


 女神には、俺と同じ目をした男への義を添えて、杭を打ちこもう。


 だが、マリア⋯⋯君は悲劇に囚われた聖女なのだろうか? 他の二人のように、醜い心を持て余し、聖女の皮をかぶった化け物へと成り下がったのだろうか。


 同じように、醜い心から復讐鬼へと堕ちた俺が判断するのは烏滸がましいだろう。


 だからせめて、最後の舞台で君という聖女のあり方を見せておくれ。


 さあ、荒ぶる感情は鎮め終えた。後は、俺を喰らい燃え盛る炎が燃え尽きるまでに、結末を作り、見届けるだけだ。






 ―――――――――






 天翔隼人






 瞳を閉じると、周りの喧騒も、僕達を祝福する心地の良い音色に聞こえる。


 いや、実際そうなのだ。僕達は今日、この教会で結ばれ、英雄譚を締めくくる。後に続くのは後日譚、世界を救った僕と彼女達の幸せな物語が紡がれるのだろう。


 この世界において、僕は勇者なのだ。英雄なのだ。勇ましき者は、いつまでも勇ましき者として語り継がれるだろう。


「ハヤト、見て見て!」


 控え室にて、花嫁衣装に身を包んだ僕の婚約者達が駆け寄ってくる。


「ああ、みんな綺麗だとも、今日は最高の式にしよう」


 僕の言葉に顔を赤く染める花嫁たち。だが、一人だけ様子がおかしいみたいだ。


「どうかしたのかい? 顔色が優れないようだよ、マリア」


「その⋯⋯勇者様、お父様が見当たらないのです。最後に会ってから、話がすれ違ったままでしたから」


 なんだ、そんなことか。それならば、僕達の結婚の事に口を出してきたオルロスト伯達もろとも説得してあげたよ。


 もう二度と口を開くことはないと思うけど、きっと認めてくれるはずだ。


「大丈夫さマリア、きっとお許しになられる、しっかりと花嫁姿を見せてあげればね」


 死後の世界で喜んでくれるだろう。


「そうでしょうか⋯⋯ええ、きっとそうなのでしょう」


 よかった、わかってくれたみたいだ。それにしても、結局マリアの心を完全に僕だけのものにすることは、勇者である間には叶わなかったか。


 でも大丈夫さ、マリアが最も強く信頼している男はこの僕だ。


 これからゆっくりと時間をかけて僕のものにすればいい。


 後押しのおかげで、彼女の心の中から余計な男は消えたし、繰り上げという形は気に入らないが、僕が彼女の一番となれた。


 まあ⋯⋯彼女が僕のものである事には変わらないだろう。


 そんな事を考えていると、僕達が皆の前に出て、結婚の儀をする時間となった。


「さあ、ロジーナ、リーティア、フィナ、マリア、行こうじゃないか!」


 僕達は共に会場へと足を踏み入れ⋯⋯。






 ―――――――――






 静謐な雰囲気の中、神官長の声だけが凛と響く。


「これより、勇者アマカケハヤトと王女ロジーナ・アースチア、聖女リーティア・アステル、フィナ・オルロスト、マリア・ストレーナの婚約の儀を始める」


 が、しかし神官長の進行を妨げる声が、祝福を受けている勇者側から出される。


「待ってほしい、始める前に僕から紹介したい方がいるんだ」


 そのように、勇者が教会にいる皆に声をかける。何事かと一様に首を傾げるも、勇者だけが満足気な表情をしており、傍らにいる婚約者達ですら何が起こるのかわかっている気配はない。


「では、どうぞ。女神様(・・・)


 勇者の声に会場がざわつく。それもそのはず、広く信仰されているものの、その姿を人々の前に表すのは先代勇者の時代より一度もなかった女神が、この地に降りるというのだ。


 勇者の呼びかけに答えるように、教会が光り輝き、そこから一人の美しい女性が出てくる。その姿はどこまでも神々しく、気品に溢れている。


 女性はゆっくりと会場を一瞥した後、口を開く。


「勇者ハヤト、そして聖女達よ、自らの使命を果たしたことを讃えましょう。そしてあなた方の未来を祝福しましょう。皆の者、聞きなさい、女神エンゼリカの名の元に彼等の偉業は未来永劫語り継がれ、讃えられるでしょう!」


 その女性⋯⋯女神は高らかに、気高く、勇者達へ賛辞の言葉を贈る。


 あまりの感激に涙する者まで居るようだ。


 得意気な顔で頷く勇者。そして、顔を歪めながらも俯いて身を戦慄(わなな)かせる青年。


 英雄は美しき女神に語りかける。


「ありがとうございます、女神様。それと一つお願いがあります。女神様、あなたは美しい!どうか僕の妻となってはくれませんか?」


 愚者は英雄を嘲笑う。


 あの女神が美しい? 散々とその醜い心のせいで傷を負わされた。持っていたはずの幸せを奪われた。もはや麗しいはずの見目さえもおぞましく感じる。それに、結婚式の最中だというのに、新しい妻を娶ろうとする勇者にも呆れる。


 もはや最初からわかっていた事だが、勇者と俺が分かり合える事は絶対にないのであろう。


「勇者ハヤト、私は人間と結ばれることはありません。ですので、あなたの妻になる事はできないのです。ですが⋯⋯」


 女神は一旦、そこで言葉を切り、意味ありげな視線をこちらへ向ける。


「ええ、そこの人間。あなたには偶然にも不幸が重なったでしょう。私のモノになるというのならば、連れて行っても構いませんよ? 」


 皆一斉にこちらを振り向く。そこで初めて俺は勇者パーティーの意識の中に入った。


「な!? ⋯⋯レイ?」


「ああ、やっぱり来てましたか。でも何故女神様に?」


「お二人の元婚約者さんでしたっけ。」


 そのマリアの反応を見て胸が痛む。本当に俺の事を覚えてないようだ。


「レイ・オルロスト、あなたは不幸にも、すれ違いから彼女達の婚約者では無くなってしまったそうですね。なんと悲しいことなのでしょう。ですので慈悲深い私が拾ってあげましょう」


 そう言って、本当に慈悲と優しさに満ちたかのような微笑みをたたえて、こちらへ手を差し伸べようとする女神。


 反吐が出る。何が偶然だ。不幸にもだ。


 全てお前自身で仕組んだ事だろうに。


 自ら死を選ばず、ただ傷心のまま惰性で生きていたならば、楽園の女神と男神に出会わなければ、俺はその手を取っていたかもしれない。


 だが、楽園の神たちは俺が偽りの幸福に惑わされることが無いと判断したから、俺を送り出したのだ。


 と、そこで今まで口を閉ざしていた勇者が語り始めた。


「ああ、つまり。そういう事か。今回は随分とわかりやすい。」


 何を言っている?


  全くもって意味を捉えることの出来ない言葉を吐く勇者はゆっくりとこちらへ向き、


「今回も、【壁】というべき試練は君なんだね。つまり、君を倒せば女神様が手に入ると」


 聖剣を呼び出し、剣を構えた。刃先は俺の喉元へ向けて。


 俺には彼の言っていることが理解できないし、積極的に理解しようとも思わない。


 ただ、幸せを、婚約者を、父親を奪った相手として復讐するのだ。


 右手で指輪に触れながら、勇者の刃を砕くための力を願う。代償は⋯⋯


「やめてください!」


  だが、そこで勇者と俺との間に手を広げて立ちはだかる人物が居た。


「⋯⋯マリア、そこをどけてくれないか?」


「嫌です! 勇者様はどうしてこの方に剣を向けるのですか!?」


「はあ⋯⋯必要な【イベント】だからだよ。僕の望みのためには彼の存在が邪魔なんだよ。わかってくれるね?」


「わかりません! この方は殺される程悪い事をしたわけではないのでしょう?」


「そんなの知らないよ。だって彼は僕に倒されるために存在しているのだし、女神様を手に入れるためにもね」


 俺はそこで女神を見るが、女神はただ興味のなさそうに佇んでいるだけだ。


 だが、わかる。この女神は勇者に追い詰められた俺が悲愴な様子で助けを求めるのを待っている。そうして愉悦に浸ろうとしているのだ。


「どうして、他の皆さんは何も言わないのですか!?」


 マリアの悲痛な叫びに、民は狼狽えるばかり、ただ他の聖女は違った。


「もちろん、ハヤトがそう望むからでしょ?」


「ええ、そうですね。その通りです。」


 さも当然のように話す二人の聖女。


「おかしいでしょう! あなた達の婚約者だった方ですよ!」


「マリア、やめて。その話は私達の人生の汚点なの。二度と口にしないで頂戴」


 汚点⋯⋯か。わかってはいたが、幼き頃からの自分を全否定されると、やはり心に穴が空いたように思える。


 だが、その空いた心の穴は瞬時に復讐の炎で満たされるのだ。一つ、また一つと俺自身も穢れ、醜くなっていく。


 「ねえ、マリア。どうしてマリアはそこのレイ・オルロストばかり庇うんだい?」


 「彼ばかり庇うつもりではありませんが、彼が殺されるべきだとは思いませんし、何故か放っておけない気がして⋯⋯」


 そこまで、聞くと勇者は一つ溜息をつき、やがて穏やかな表情になった。


 「そうか、なら仕方ないね」


 「あ⋯⋯わかって頂けたのならば、何よりです」


 「うん、わかったよ」


 そう言って勇者は、額の冷や汗を拭おうとするマリアへ、




 聖剣を突き出し、何の躊躇いもなく、マリアの胸を突き刺した。




 「え⋯⋯?」


 誰がこぼした声だろう。見ていた民衆かもしれないし、マリアかもしれないし、俺だったかもしれない。


 ただ、俺に理解できたのは。胸元を赤く染めながら崩れ落ちていくマリアの姿のみであった。


 「わかったし、仕方ないよ。君は自分の間違いに気づけない人間だったようだね。」


 勇者が幼子に語り、聞かせるように話す。


 「薬で後押しもしてあげたのに、邪魔な記憶を消してあげたのに、なお、そこの男の味方をする。」


 「く⋯⋯す⋯⋯り⋯⋯?」


 「これだけしても、僕からの【真実の愛】に完璧に気づく事ができないのならば、せめて君を救ってあげないと。君を縛り付けるしがらみからも解き放ってあげないと」


 思わず、胃からこみ上げてきたものを押しとどめるため、口に手を当てる。理解できる、できないの話ではない。もはやその思考に触れたくもない。


 「安心して、マリア。君をこんな結末に陥れてしまったそこの男もきっちりと地獄に送るから、それに来世では、早いうちから素敵な僕に会えるといいね!」


 それじゃあね、と言って勇者は動かなくなったマリアから視線を外す。


 その顔には罪の意識の欠片もない。


 「じゃあ、皆。この男にも最期を与えようか!マリアの仇だ。なるべく苦しめるようにね。あ、女神様と王女様は下がっていてね。」


 そう言われると、いつの間にか武器を用意した聖女二人がこちらへ武器を構える。


 「レイ、あんたしつこいのよ。どこかに逃げて奴隷落ちでもするのならば、見逃してあげようと思ったけれど、さすがに目障り過ぎね」


 「リーティア姉様は甘すぎですよ。勇者様を困らせる不敬者なんですから、きっちりと処分しないと」


 「ああ、そうだ。忘れていたよ。皆、これから僕達は戦闘になると思う、結婚式を楽しみにしてくれた皆には申し訳ないけれど、避難してくれないかな?」


 との勇者の号令で、会場に居た人々は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


 勇者達が式を挙げる前とは違う静謐さが教会に満ちる。


 「さて、レイ・オルロスト君。これは僕の慈悲だ、せめて最期は君が昔愛した女の子達に送ってもらうといい。リーティア、フィナ、期待しているよ」


 「わかったわ!ハヤト!」


 「ハヤト様に感謝しなさい、レイ・オルロスト」


 そうだ、目の前にいるのは、かつて愛した少女達。


 でも、思い出に残る彼女達はこんな醜悪な笑みを浮かべない。そんな目で人を見下したりしない。


 だが、間違いなく彼女達なのだろう。彼女達が自ら選択肢の中から選び取った未来なのだろう。


 指輪に黒く、穢れた火を灯す。


 俺が対価に捧げるのは⋯⋯かつての美しき思い出と感情。




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