初めての依頼
美羽とシルクは、宿の隣に併設されている酒場にやってきていた。アルコールのにおいが立ち込めており、美羽は少し気分が悪くなった。
「おいおい、この程度で体調崩してちゃ、今後持たないぞ。仕方ない。窓際に座るか。」
シルクに手を引かれ、美羽は窓際の席に座る。シルクも、対面する位置に座る。
「さて、何でも好きなものを注文しろよ。俺はもう決まってるから。」
そう言って、メニュー表を見せてくる。一見見たことないような文字だが、美羽には、その文字で書かれている撫養が理解できた。
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川魚定食 100ルクス
豚のステーキ 150ルクス
フレンジカウの厚切り 180ルクス
コケのから揚げ 120ルクス
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「見事に、肉者ばかりですね。では、豚のステーキでお願いします。」
美羽が注文を決めると、シルクは店員を呼び注文を伝える。店員は、復唱し、厨房に戻っていく。
しばらくすると、注文した品が運ばれてきた。どうやら、同じものを注文していたようだ。豚のステーキが二つ運ばれてきた。
「よし、じゃあ食うか。」
シルクは、豪快に肉にかぶりついている。美羽は、ナイフとフォークを使い丁寧に切り分け口に運ぶ。
「うわ、何これ美味しい。元の世界の豚なんてこれの足元にも及びませんよ。」
想像以上に美味しかったらしく、夢中で食べていく美羽。そんな彼女をどこかさみしげのある目で、シルクは見つめていた。
二人は、食事を食べ終わると、再び宿の部屋に戻ってきていた。
「さて、風呂に入って寝るか。風呂はどうする?」
シルクは、美羽に聞く。しかし美羽は、顔を赤くして、
「いやいや、さすがに今日あったばかりの人と一緒にお風呂なんて無理です絶対。」
と、すごくテンパっているのだが、
「は?お前は何を言ってるんだ?一人部屋を交代で使おうって言ってるんだ。一人30分もあれば、入浴できるだろう。」
と、何かすごくまじめな顔で言うシルク。美羽は、自分の思考が飛んでいたことに、さらに顔を赤くし、
「あ、ああ、そういうことですね。わかりました。お言葉に甘えさせてもらいます。」
そう言って、二人は浴室のある場所へ向かう。途中で、受付により、浴室の一人部屋を1時間借りて、鍵を受け取る。
「じゃあ、先に入るから、ちょっと待ってて。」
シルクは、鍵を開けるとさっさと中に入っていった。
(ああ、さっきは恥ずかしかったよ。でも、あの人、ほんとにあれだけの理由で、私を助けてくれてるのかな。それにしては、そんなに重大な理由には、やっぱり聞こえないんだよね。)
美羽は、どうして自分を助けてくれるのか、やはり納得できていなかった。自分の境遇や、持っていたスキルなどが理由と言っていたが、どうしても弱いと感じてしまうのだ。
(でも、考えても仕方ないしね。私は私で、できることをして力になろう)
と、気合を入れなおす美羽。
そこに、シルクが湯上りのまま戻ってきた。
「おい、もう上がったから入っていいぞ。これ鍵な。俺は部屋に戻ってるから、鍵は受付に返しておいてくれ。」
そういうと、美羽を置いて一人部屋に戻っていった。
「あ、待っててくれないんだ。まぁ、おときかれるのも恥ずかしいから助かるけど。」
そうつぶやき、衣服を脱いで浴室に入る。浴室は石造りだが、どこか温かい気持ちになる作りだった。美羽は、体を洗うと湯船につかる。
「はぁ~生き返る。お風呂ってこんなに気持ちいいものだったんだ。」
湯船につかりながら、目を閉じる。浮かんでくるのは、元の世界の家族との記憶だった。思春期のせいか、あまり話さなくなった父親。毎日食事を作ってくれた母親。いつも、喧嘩しながらも、仲よく遊んだ妹。それらの記憶が次々と浮かんでいて、気づいたときには、両目から涙を流していた。
「早く元の世界に戻りたいよ。お父さん、お母さん、美夜...」
美羽は、時間ぎりぎりまで、湯船の中で泣いていた。
部屋に戻ると、シルクがお茶を飲んでいた。
「お、遅かったな。のぼせなかったか?」
さりげなく、心配してくれる彼がいてくれて、美羽は本当に良かったと思った。
「いえ、ありがとうございます。あの、シルクさん。今夜は、一緒に寝かせてください。」
「ぶっ!!」
美羽の突然の発言に、シルクは飲んでいたお茶を吹き出してしまった。
「おい、いきなり何言ってんだ。無理に決まって...」
途中まで言いかけたシルクだが、美羽の表情を見て言葉が止まる。
「すみません。でも、お願いします。このままでは、不安で、怖くて...」
彼女は、泣いていたのだ。
「はぁ。仕方ねぇな。ほら、ここに寝ろ。」
シルクは、自分のベッドの布団を開けてやる。美羽は、ゆっくりだが、安心した表情でそこに寝転がる。
「わがまま言ってすみません。ありがとうございます。」
「気にするな。どうせ、元の世界のことでも思い出したんだろ。あんたくらいの年だ。そうなるのも無理はない。ゆっくりと、自分の中で整理していきな。」
シルクの優しい言葉に、美羽は涙が尾のまま笑顔を見せ、シルクの胸に顔を埋めた。シルクは、無言で受け入れ、彼女が眠るまでその顔を見守り続けた。
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「って、いつになったら起きるんだこいつは。」
次の朝、シルクは呆れた顔をしながら、いまだベッドで寝ている美羽を見下ろしている。
「昨日、あれだけ泣いてたのに、この寝顔。すがすがしすぎて、起こす気にもなれん。」
結局、美羽が起きたのはそれから30分後のことだった。
併設されている酒場で朝食をとり、二人はクラン支部に向かう。
「ったく、誰かさんのせいで朝が遅くなっちまった。割のいい依頼はもうないだろうな~。」
シルクが、ピンポイントで嫌味を言う。それに対して美羽は、肩を小さくし、
「うう、ごめんなさい。あんなにリラックスして眠れたの久しぶりだったから。」
と一応、言い訳を述べるのだった。
クラン支部に着くと、二人は依頼の張り出されている掲示板を確認する。
「ん~、やっぱ、いい依頼は根こそぎなくなってるな。となると、こいつの経験的に一番いいのは...」
シルクは、一人考えながら依頼を見ていく。そして、いちまいの依頼票をはぎ取る。その依頼とは、
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一角ウサギの角の納品
依頼者 行商人・ウリアム
内容
私は、行商でこの町に来たのだが、ほかの町で一角ウサギの角を欲しがっているものがいて、次にその集落に赴く際に、持ってきてほしいと頼まれている。だが、どこも品切れで手に入らないため、探索者の肩に依頼させていただきたい。
納品物
一角ウサギの角 ×30
報酬
2000ルクス ランク1ライフポーション ×5
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となっていた。
「おい、美羽。この依頼を受けてみよう。一角ウサギは、探索者からしたら、駆け出しでも見逃すくらいの弱い魔物だ。だが、お前なら、慣れるのにいいかもしれない。どうだ?」
シルクは、美羽に問う。しかし、美羽は、
「すみません。私には、そのウサギの知識がないので、どうにも判断できません。なので、シルクさんにお任せします。」
と、シルクに全部丸投げしたのだ。それにシルクは、
「はははっ、そうだったな。わるかった。なら、お前が一人前になれるよう、俺が育ててやるよ。ほら行くぞ。」
美羽の腕を引いて、依頼を受けるためにカウンターに向かうのだった。