プロローグ
夜の暗き森の中を、一人の少女が駆けていく。薄い緑色の髪を振り、その端正な顔に木々の枝による攻撃を受けても、木の根に躓いても、なりふり構わず駆けていく。
「いやーー!!追ってこないでーー!!」
彼女は何かから逃げている。その何かは、逃げる少女を執拗に追いかける。少女の着ている服は、木々の枝葉に引っかかり、酒、もうボロボロになっており、彼女の顔には無数の切り傷ができていた。それでも、彼女は、止まることなく駆けていく。時に草木をかけ分け、けもの道をこけながらも、その何かから逃げていく。しかし、少女はついに窮地に立たされる。森を抜けた先に待っていたのは、激しく荒れ狂う濁流の流れる渓谷だった。
「いや、いやよ...」
少女は力なくうずくまる。わずかながらに残っていた希望が打ち砕かれたのだ。そして少しの間もなく、彼女を追っていた何かが森から姿を現した。月の光を鈍く反射する堅牢な鱗におおわれた巨躯、鋭くとがった鋭利な一対の牙と、それに並ぶ歯、人の腰ほどの太さのある尻尾、太く鋭利に削られた槍を装備したそれは、この世界では『リザードマン』と呼ばれる種族だった。リザードマンたちは、徐々に彼女との間合いを詰め、そのやりの射程圏内に彼女をとらえた。
「た、すけて。だれ、か。たす、けてよ。」
少女の小さな願いを、リザードマンたちは受け入れずそのやりを振り上げた。少女は頭を抱え最期を覚悟した。しかし、その衝撃がいつまでたっても訪れない。恐る恐る目を開けると、彼女に槍を振り降ろそうとしていたリザードマンの胸から、一本の剣が生えていた。その剣を引き抜くと、リザードマンはその場に倒れた。
「よかった、間にあったようだな。」
少女を助けたのは、赤い目を持つ青年だった。少女は、その青年を視界に入れると、安心したのだろうか、その意識を手放した。
これがのちに、龍姫と呼ばれる少女、水波 美羽の冒険の始まりだった。