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樋影

樋影ガールズ

作者: ハルキ

 ちーちゃんと姉御とるりるりは仲良しだ。

 それどころか他のみんなにも良くできる上、クラスの空気もその手中に収めている現在トップカーストの花束たち。

 同級生は彼女らを、親しみを込めて春一番姉妹と呼ぶ。

 呼んでいただろうか?和やかな雰囲気に圧されてそんなでっち上げを思い浮かんでしまった。

 しかし、特に姉妹こと3人組の中でも末っ子役に当たるちーちゃん、ちーちゃんの笑顔は男子共が一様に心臓を掴まれ、誰もが呆けた面で和み彼女を眺めることを余儀なくされること請け合い間違いなしだ。

 俺も例外ではない。というか俺以上の信者は存在すべきではない。

 どころか夢に三度出てくる程、ちーちゃんは天使か女神か聖マリアの如く俺の胸中で崇め続ける。

 偶像なんていらない。

 ちーちゃんが笑顔でいる限り、この世の平和は約束されたようなものだぜ。


 放課後は俺もトップカーストの一員として、彼女ら花束の見栄えを更に整えてやるのは当然の義務。

 さしあたっては授業の終わり様、荷物をほったらかしにし、ちーちゃんの席へ鼻唄混じりにスキップで出向こうと思ったのだが、しかし教室には誠に気まずいだけの空気が満たされていた。

 その理由は、俺と同じくちーちゃんの席に集まった彼女らにある。

「はぁっ?お嬢様、それはあんたの感覚がとち狂ってんじゃないの?」

「高が忠犬風情が吼えますわね。わたくし、これでも古今東西、ありとあらゆるものを吟味して審美を見定めことを極め切り、その究極をもってして――――」

「あーはいはい。それは明後日に話してねー」

 現在、犬猿の仲である姉御とるりるりが絶賛拳闘中だ。

 今にも手が出そうな剣幕なので、予めそう唱えておく。

「あんた、本当に狭い人生歩んできてるわー。まるでサッカーのヘディングは脳神経の無駄遣いとかほざいてる堅物教授みたいな、人生最大の食わず嫌いだわ。この味を知らないと後悔するよー」

「はっ。あなたこそ、まるで人混みに紛れた際に、私あの細いスペースでも身体傾ければ、ほら私世界一身軽っ♪などと、その道に敢えて身を投じることが特別な行為であるとか考えている悲しい輩と如何に違いがあるのかしら」

 例えが具体的で中傷的過ぎて意味わからん…………。姉御に関しては明らかに誰かへの怨みが漏れている気がする…………。

 この喧嘩の原因は、このちーちゃんが座っている席の机に、蒼然と出で立つ缶にある。

 青い珈琲なるそれだ。

 いつ行ってきたんだか、姉御がちーちゃんの為に買ってきた表の自販機の缶コーヒー。

 それを飲まさんがために、るりるりが防人として責務を果たそうと起動し、この状態に至る。

 あまりにも如何わしすぎて、俺も手に取るのが憚られていた代物だ。

 説明しよう。

 「自然由来の着色料を添加しています」

 この一文に、誰もが眉を顰めた。


 青いのは缶やロゴだけでなく、中味もそうなのだと謳っているかのようなそれに。


 まず何故青?それは安心していい文章なのか?

 コーヒーはダークマターの如く真っ黒なのが常識だろうに、青色に限らず色を染められている必要性がわからない。ていうか黒って染まるの?

 下手物程、味はそれなりに良いとは言うがこんな添加物合成着色料(自然由来)にそんな道理が通用していいはずがない。

 というかしないでくれ。俺にとってそれが通ってしまうと、今後の人生に一体どんな間違いがあったのか哲学にふけってしまう。

 そんな堅物イメージなんて貼り付いてほしくない。試合に勝つためにはヘディングくらい大目に見てやる。

 …………ああ、そうだ。痛そうだから俺はヘディングはしない。文句でも?

 それから大変な剣幕で睨み合う二人を、全くの能面で傍観しているちーちゃんが可愛い。

 そのままずっと俺を眺めていてくれ。俺も君をずっと眺めていたい。

 そう願ったが彼女はずっと缶を眺め続けた。

「青い。青っ!どうしてこんな清々しい色が苦々しい飲料に合成されているのかしらっ!意味がわかりませんわっ!?」

 るりるりの言うことは至極もっとも。

 だが姉御も退く気はない。

「あんたが言った通りだよっ!苦々しいからイメージアップの為にわざわざ色が清々しいんだからっ!」

「余計なお世話ですわっ。コーヒーは黒いからこそ、その風味が引き立つものでしょうにっ!美味の色ですわっ!」

「ハワイアンコーヒーとかあるでしょうがっ!」

「あれは別に色までハワイアンというわけではありませんわぁーっ!」

 カキ氷の話さえ出てくるまでに互いの応酬がこれでもかとばかりに炸裂した。

 日々鍛えられているわけで、彼女ら自身ライバルであると自他ともに認められるほど、そのテンポが際どい。

 しかしながら、そろそろ臨界に達すればこちらとしても手に負えないので、非力ながらどうにかしてこれを収めるとしよう。

「まぁ二人の言い分はもっともだと思うし、試しもせずに手をつけないっていうのも、ちゃんちゃらおかしな話だ。よし、ここは俺が味見しようじゃあないか。ちーちゃんは、その俺の毒味のあとに口にしな」

 我ながらなんというヒーロー精神。

 二人にとっては聖者の如く俺が降臨したように見えたに違いない。

 ちーちゃんは仲裁に出た俺を憧れの眼差しで眺め、あわよくばその後の間接キッスも合法的に、ェヘヘヘ…………果たさでおくべきか。

「じゃあ失礼して」

 そして缶に手を伸ばそうとした時だ。

 ガシッ、と手首を両側から掴まれ、ギリギリどころかグググッという音まで漏れそうな力で圧迫された。

 ふっ、高々、女の握力では俺の鍛え上げられた筋肉は血管が塞がることさえあり得ないたい痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ?!


「痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!」


「並木様?千晴様のお飲物に何汚ならしい指で触れようとなさるのですか…………?」


「ちーちゃんの為に買ってきてんのに何勝手に自分のもんみたいに手ぇつけようとしてんのさ…………?」


「ひぃや…………このままだときみらのためにならないとおもってさ…………ってるりるりそれむじゅんしてない?」


 俺の言い訳を聞き入れる余地は、今の彼女らにないらしい。

 俺は狭間で捨て置かれ、自分の腕の血色がみるみるうちに青ざめて感覚がなくなっていくのを「わー死んじゃう」と思い見ることしかできないまま戦いが再開された。

 ふと思うが、今の俺の腕とこのコーヒー、どっちのが青いだろう?

「だいたいさー ………… 一体どんな権限でもってあんたがあたしの前に立ち塞がるわけ?何様?守護神気取り?」

「わたくしは千晴様の危機に際しては、いつでもこの身を捧げる所存っ…………本来あなたごときが如何なる品をも千晴様に献上なさろうなどとお思いならば、恐れ多くて片腹痛いですわ」

「ちょぉっ…………俺の腕をどっちかに引き寄せたら勝負ありみたいにするのヤメテっ!?、綱引きの綱みたいに使うのヤメテっ!?」

 このままでは俺の腕が二つに千切れて、それぞれの手に入り引き分けになっちゃう…………ならざるを得ないからっ!?

 聞いちゃいない。

 そんな時でも、ちーちゃんはぽけーっとした顔で缶を凝視している。

 腕の厳しさとその顔のお陰で、幸辛が同時に来てどっちに甘んじればいいのかわからなくなってしまう。

 俺をハイにしたいのならアメのみで頼む。ちーちゃんだけを俺に感じさせてくれ!ちーちゃんの今の表情をこの脳に焼き付けさせてくれぇっ!

 ちーちゃんは未だ呆然と青い缶を眺め、そしておもむろに首をもたげると肩を上げ腕を伸ばし、それに指を引っ掻けた。

 そそっと遅れた手をまた被せ、缶の底が宙に仰ぐ。

 あまりにもスムーズな展開に、俺は一部始終を見ていながら何が起こったのか些かの時間がかかった。

 カショッ、とプルタブが栓を抜き、そしてその口にちーちゃんが淑やかに口をつけ、それが意味する結果はというと――――。

「――――ぃや、ちーちゃんそれはっ…………っ!?」

 コクり、と喉越しはよさそうな可愛い音が鳴り、みんなで気づいた時にはもう手遅れでしかなかった。

 かくして、俺たち三人は青いコーヒーがちーちゃんの柔らかそうな唇に吸い込まれるのをただ為す術なく、抵抗の余地なく認めたのである。

 唯一勝ち誇った笑みを浮かべる姉御は、口から缶を離したちーちゃんの開口一番を待ちわびている。

 俺とるりるりのこめかみからぬるい汗が伝い、それが顎にたまってポタッと床にこぼれたところで、ちーちゃんは渋い顔をしこう告げた。


「にが…………」


 …………おいおいちーちゃん、青さ以前に。

 コーヒー飲んだことないのかい…………?

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