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逃れられぬ「死」

作者: soro

古く、さほど大きくもなく、人もまばらだが、この

アメリカの田舎町であるクリムゾンには十分の図書館であり、

唯一の図書館でもある[ウィッチガーデン]には、今日も

同じ顔の住人が、同じ席に座り、同じ本を読んでおり、それを、

カウンターから司書のエリザベスが手に持った[バイオバーゲンセール1]を

読みながら、時折眺めては、静かにページがめくられる

音に耳を澄ませている。


「なんでこんなとこに来たんだ?」


不快な声にエリザベスが目を向けると、入り口から

真冬の風と共に、町で暮らす浮浪者のバービ・グレンジャーが

泥でも踏んだのか、靴のあとを磨かれた床にマーキングの様に

残していきながら、エリザベスの横を通っていった。

そして、漂う香りから酒のにおいが彼女の鼻を突いたとき、

エリザベスはスッと立ち上がると、静かに、奥の棚のほうに

歩いていくバービについていった。


ーーーーーーー


「けい、、ちっ、のあていとふあていだぁ??こっちは、、あぁ、、

 株の動きに見える世界のうごくこうとひと、、ず?の、、こ、、こ」


「経済の安定と不安定、株の動きに見える世界の動向と一筋の巧妙な技です。」


「あー?」


バービが虚ろな目を向けると、すぐ傍に、銀髪のエリザベスが

青い目を彼に向け、1冊の本をスッと彼に差し出した。


「どうぞ。あなたに、ピッタリの本です。」


「へへ、本なんかよりも俺は」


バービは、小柄で可愛らしい顔立ちのエリザベスに左手を伸ばそうとしたが、

寸前のところで、彼の手は止まり、小刻みに一瞬震えると


「あ、あんた、、目の病気かい?」


「いいえ、さぁ、ぜひ読んでください。夢心地のあなたでも

 わかる内容です。」


途中で止まっているバービの左手にエリザベスは文庫本を

載せると、スッとお辞儀し、自分の居場所に戻っていった。


「なんだありゃ、、ずっとかわってねー、、それに、こいつぁ、、

 の、、のが、、し、、チッ!!よめねーじゃねーかぁ!!」


彼は、渡された本を投げ飛ばそうとしたが、なぜか無性に

読みたくなり、近くにあった一人がけ椅子に座ると、ゆっくりと

真新しいページをめくり始めた。


ーーーーーーー


(どうせ読めないものを俺はどうして読もうと思ったんだ?)


バービは自分自身に質問したが、何時もどおり応答はなく

変わりに、目の前に飛び込んできた出来事に目を奪われた。

そこには、綺麗に印刷された文字で文章が書かれていたのだが、

彼には読むことができたのだ。ろくに教育を受けずまま、知っているのは、

残飯の在り処と酒の臭いだけのはずの彼に、確かに、読むことが出来た。


「静かで、落ち着いた空間で異質な存在の男は、ぎこちなく椅子に座ると

 ゆっくりと手に持った本のページをめくり、なぜか、驚愕したかの様に

 驚いた顔を見せ、グッと手に持った本に顔を近づけている。、、どういう

 ことだ??こいつぁ、、今の俺みたいじゃないか、、」


悪い事をしている子供の様に、バービはあたりをキョロキョロと見渡したが、

誰一人、人影はなく、微かにきこえていたページをめくる音も

きこえなくなっていた、、。


「どうなってるんだ、、んぁ!?」


読まない彼を急かすように、手に持った本のページがひとりでにめくられた。


「昨晩から町で唯一のバーで酒のお恵みをしこたま受けた男だったが、

 (俺は何で読んでるんだ!!!体も動かないぞぉ!!)すっかりと、

酒は抜け、恐怖に顔がゆがみ始めていた。」


バービが読むたびに、ページは音もなくめくられ


「(やめてくれ!!やめてくれよ!!)男は、声なき悲鳴をあげながら

 必死に動こうとしたが、椅子に接着剤で固定されているのか、指一本

 動かす事ができず、唯一、閉じる事が出来なくなった目からは

 涙が頬を伝い、本を持った両手が小刻みに震えているだけだ。

 そして、先ほどまで静かだった彼の耳に、コツ、コツと足音が聞こえる。

 しかし、男の両目は本だけを見つめる事しか出来ず、足音はゆっくりと

 規則正しく、男の方へと(くるなぁ!!!!!!!!!!)近づき

 ついには、男の背後でピタリと音はやんだ。」


そして、バービは最後のページがゆっくりとめくられるのを見、

そこに書かれている結末に絶句した。


「男は、心臓を背後から(うぐぁぁぁぁ!!!!)抉り取られた(いたいたいあたいあたいいぃいぃ!!)

 が、死ぬ事はなく、耳元で、彼の鼓動が刻む音がきこえる(ひぃひぃひぃ!!)

 そして(やめろ!!)彼の心臓を持った(やめてくれ!!)手はゆっくりと力をこめ

 (死にたくない!!死にたくない!!)「死にたぁ、、!?たぁ、、ぁぁ、ぁ、、」」


糸が途切れた人形の様に、バービは動かなくなった。目は開き、涙と涎は

口で混ざり合い、一滴の糸を引きながら、彼の汚れた靴へと落ちていく。

そして、微かに子供のような笑い声がきこえたかと思うと、コツコツと規則正しい

足音が、動かなくなった彼の前に回ってとまり。スッと綺麗で小柄な右手が

彼の手から本を取ると、最後のページに目を通し満足げに微笑むと、本を閉じ

自分の居場所に戻っていく、光を取り戻しつつある館内で彼女が右手に持った

本のタイトルはどうにか読むことが出来た。そう、タイトルは、、


ーーーーーー


「さようなら、エリザベスさん。」


「はい、お気をつけてお帰りください。」


「あっ、そういえば、今日バービの酔いどれがまた来なかったかい??

 あいつの声と、酒のにおいがしてね??」


「いいえ、あの方が来たのは一度だけです。」


「あぁ、あのバカあん時も泥酔してて、吐くわ暴れるわで大変だったからね。」


「あの方には、ここは似合わなかっただけです。それに、もうこないでしょうから」


「だといいがね。それじゃ、おやすみなさい。」


「はい、、」


一人残されたエリザベスは、ゆっくりと、誰もいなくなった自分の庭を

見つめ静かに微笑むと、鍵と読みかけの本を手に持ち、入り口へと歩いていく、

彼女の規則正しい足音がコツコツと響き、そして、鍵のかかる音を最後に

明日の朝まで、誰一人、ここに入る事はできなくなった、、。


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