ヴィルヴィット:ルート
「気軽にヴィヴィと呼んでいいぞ」
――――彼に嫁げばすぐに城を出られるけれど、ヴィヴィだけは絶対に嫌だわ。
彼の性格が私と合いそうにないのは、めにみえている。
「ビバーチェア、こちらへ来てみろ」
呼ばれたので、しかたなく向こうへ行くしかない。
「いったいどういったご要件でしょう?」
私はにっこりと微笑みながらたずねる。すると機嫌よさそうに、手になにかを浮かべる。
宝石のように輝き、深蒼でありながら透き通った丸。それに交差する輪がついたものだ。
「これはいったい?」
「世界の縮図らしい」
らしいということは、確証のないことなのだろうか。
「縮図ですか?」
「我々はこのような星に住んでいる」
「おっしゃられている意味はよくわかりませんが、それはとても美しいです」
陽の光に照らされて、その濃い色が引き立っている。
――それを見て、もう用はない。と追い払われた。まったく、こまった人だわ。
母の実家といえど彼の一族が滅びようとこの国に存在する私の知ったことではないし、私でなくても他の人を見つけてもらいたい。
「偉大な魔導師ヴィルヴィット=オーヴァ」
「なんだ……馬鹿にしているのか?」
彼は不機嫌そうな顔になる。
「とんでもないですわ」
「まあいい。なにか用でもあるのか?」
「私の侍女、ヴェナと言うんですがとっても気立てのよい美女なんです」
「……で?」
―――いちいち腹の立つ人だわ。
「私でなくても、他に良い女性がいらっしゃいますでしょう?」
と言って城から去って貰おうとしたのだが。
「お前の他には要らない」
彼は聞く耳を持たない。
「どうしてもというなら会ってやってもいいぞ」
―――ニヤリと笑った。なにかたくらんでいるようにしか見えない。
冗談のつもりだったのに、本気にするなんて。
「さて、気立てのよい美人の侍女とやらは――」
ヴェナ、ごめんなさい。私にはヴィルヴィットを止められないわ!
―――――ドゴォオオオオオオオオオ!
「なんだ?」
城の窓から森が見える。なにやらモクモクと煙があがっていた。
「ビバーチェア様!」
一人の兵士がこちらへかけてきた。
「何事なの!?」
「闇の魔術師が現れ、兵を人質にし、ビバーチェア様の身柄との交換を要求しています!」
「なんですって!?」
「なんとも胡散臭いな。お前、ずいぶんと早い到着だが、一体どこからその情報を持ってきた?」
ヴィルヴィットが怪しんでいる。そういえば、たしかに森から来たにしては到着早いし、来たのがこの兵士だけなのもおかしい。
「それは転送魔法で―――」
兵士が冷静に、ヴィルヴィットに食い下がった。
「ほう、アンヴァートは一般兵士でも高等魔法が使えるのか」
それはおかしい。そう簡単に魔送装置を使えるだろうか?
現在の装置はあまり進歩しておらず。どこに飛ぶかわからないのだ。
たとえ城に着いたとしてこんなタイミング良く、ピンポイントでこの場にこられるわけがない。
「あなた、見かけたことのない顔ね。怪しいわ」
城を出入りする兵の名はわからずとも顔くらいは知っている。……この男、きっとモグリだわ。
「くくく……」
兵士は突然笑いだした。
「なんだ気でも狂ったか?」
兵士の体が闇に包まれ、一瞬で姿を別のものに変えた。
「吾輩は闇黒の魔術師・リグルスである」
黒いローブ、向かって右頬に紋様のある長い黒髪の男。いかにも悪といった雰囲気の男だ。
「ほう……我には及ばぬが中々の魔力を持っているな」
「レディ・ビバーチェア。そんな偏屈上から男より、吾輩のほうがいいだろう?」
―――陰気そうで嫌だわ。正直どっちもどっちよ。
「断るわ」
ヴィルヴィットは決して正義には見えないが、ローブは白なのでかろうじて光の側には見える。
「そうか、断るか……」
魔術師はがっくりと、肩を落として去った。あら、案外諦めるのが早いのね。
ヴィヴィのような輩ならば拒否権などないスタンスで押しきる場面だった。
「と思わせ、瞬間移動だ!」
いつのまにやら魔術師は間合いをつめて、背後にまわっていた。
「馬鹿め」
ヴィルヴィットは膝を曲げて、魔術師の背を蹴り飛ばす。
「ふはは……残像だ!」
すかっと煙にまき、魔術師は無数に増殖した。一人出たらたくさんいる。
まるで―――――ああ、恐ろしいわ。
「白雲より出でるは光雷」
雷がリグルスを狙って当たる。雲のような煙がわきたち、視界を遮られた。
「こほっ……!」
――――――きっとリグルスを倒したはず。
「ふはは!」
「なんですって……!」
まだ息があったなんて、城を狙うだけあるわね。
「貴様の力はこの程度か高位魔導師<ハイウィザード>よ!」
「面倒で、手を抜いただけだがな」
リグルスの挑発に、ヴィルヴィットは余裕の笑みを浮かべる。
「田舎魔術師はさっさと森の住処に帰って、キノコと山菜だけ食って静かに暮らせ」
「覚えていろ!」
リグルスは捨て台詞をはき、姿をくらませた。
「あの程度の者を入り込ませるとは、まったく何をやっているんだアンヴァート兵は」
兵士を貶されて、頭にきてしまう。
「……貴方は彼が侵入したきたときから気がついていらしたんでしょう? なぜそのとき教えてくださらなかったんです?」
魔導師なら奴の魔力を感知していたはず。なら私たちと会うまであえて黙っていたことになるわ。
「ほう……」
ヴィルヴィットは面白げに、愉快だと言った。
リグルスの襲撃から一日が経つ。私はまた攻めてくるのが心配で、あまり眠れなかった。
ヴィルヴィットがおそらくは彼が魔術士の抑止力となっている。
彼の滞在する間に限り、すぐに攻めては来ないとは思う。
オルヴェンズは此度のことから更に兵士の強化をするらしい。
なにげなく庭にいる彼を観察する。なにやら植物を観ているみたいだ。
さすがは高位魔導師、田舎魔術士のことなどすっかり忘れたようね。
「遠方から監察していないで、もっと此方に来れば良い」
――やはり気がつかれていたみたい。
「どうやら本気で嫌われているようだな。
期日には早いがジュグ・ジュプスへ戻ろうと思う」
―――と彼が言う。
「え?」
◆帰るですって!?
→〔引き留める〕
〔なら早く帰ればいいと思う〕
「どうした?」
「差し出がましいことを申し上げるようですが、ご自分でお決めになられた事ですのに」
別にどうということはないが、向こうの言っていた期限にはまだある。
「帰ってほしくないのか?」
「……いえ、リグルスの事を大王陛下にご報告なされるんですよね?」
彼のようなプライドの高い人が一度言ったことを覆す事は滅多にない。
「……は?」
「え?」
「押してだめなら引いてみろ作戦を完封されるとは、頭の回転が良すぎるのもつまらないな」
「すみません」
「お前の目にはこの眼前の魔導師が大王の忠実な部下に見えているのだろうが、買いかぶりすぎだ」
「はあ」
「あの低俗魔術師のことなど頭の片隅にもおいていない。よって、報告などする必要はない」
「ということは帰還するというのは、お戯れだったと?」
「そうなる」
なんなのこの人、やっぱりめんどくさい。
「あれだけ帰ってほしそうにしていたのに、どういう風の吹き回しだ?」
◆なぜ私は引き止めたいと思ったのかしら?
〔寂しいから〕
〔嫌いじゃないから〕
〔期限前だから〕