リグルス ルート
「いつ魔術師の襲撃があるかわからない。貴様らも気を抜くことのないように精進せよ」
「は! 皇帝陛下!」
このことが起こるまで、私は結婚のことを第一に考えていたのに、魔術師リグルスのせいでまた婚期が遠退いた。
「リグルスのバカー!!」
彼のせいで婚期が遅れたのだから、もう呪いをかけてやりたいくらいだ。
「リグルスがハゲ散らかりますよーに!」
効果が出るまで毎日祈ってやればその内ハゲることでしょう。
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「お前、最近髪が薄くなってないか?」
「……は?」
「東の民のような頭になる前に毛生え薬でも作っておけよ」
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「ビバーチェア様、よろしいでしょうか?」
「入っていいわ」
メイドが急いでいる様子で入ってくる。何か急用でもあるのかしら。
「隣国から使者がお見えになっているそうで、お相手をビバーチェア様へお任せするようにと、皇帝陛下よりご命令をを受けたのです……」
「どうして私に?」
この国は騎士や兵士が大半で、公務などは外交の教育を受けている男性ががするものだ。
今まで公務など任されたことはなく、どういうわけかメイドへ問うことにした。
「本当にオルヴェンズがそう?」
「いえ、近衛兵の方から言伝を……」
それもそうだったわ。いくらオルヴェンズが急いでいたとはいえ、メイドに直接話しかけたら、寵愛とみなされて周囲から彼女がやっかまれてしまう。
オルヴェンズはきっと内部争いを繰り返したくないと考えている。軽率な行動は安易にとったりしないはず。
そうでなくても他国の王族なら城を歩き回ったり、おいそれと顔を晒したりはしないのよね。
「とにかくわかったわ」
私は指示された庭園へすぐに迎えに行くことにする。
使者を迎えるならもっとふさわしい場所があることに、少し違和感を覚えつつも客人の姿を見つけた。
どうやら女性のようで、ようやく抜擢された理由を知る。ここに女性の使者は初めてなのである。
この国はミーゲンヴェルド唯一の男尊主義で、他国の女性の大半から良く思われていないからだ。
入国拒否はしていないが、文化の存在自体が忌まれているから女性が高官や外交官であってもこの国には近づきすらしないそう。
「ようこそお越しくださいました」
初めての女性公務だ。しっかりしなければますます国の印象が悪くなる。
「敬語は不要だ。よきにはからえ」
よきにはからえ……耳なれない単語に、どういう言葉の意味なのか理解できなかった。
敬語を使う必要はないといったけれど、言われたようにしたほうがいいのかしら?
「噂通りといったところか、この国は男ばかりが兵士だな」
「ええ……」
ヴェナも他国からきて、真っ先にそれに驚いていた。
それほど他国からアンヴァートが異様に映るのだろう。
「この国はテラネスの極右に位置していて、方針的に女性の身分が低いから、看護目的以外で魔法を学ぶことも禁じられているの。
当然自国出身の女医もいないから、大会出場なんてでしゃばることはしないわ」
「その方針とやら、つくづく理解できん伝承だ。まあ……それも今日までだがな」
「どういう意味?」
「この帝国を滅ぼせと国王陛下はおおせなのだ」
この嫌な雰囲気、まさか……!
「リグルス!?」
私が睨みつけると、男がくつりと笑いだした。
「勘のいいやつだが嫌いではない」
「うれしくないわ」
私は黙って捕まえられるわけにはいかない。その場にあった長い槍をとり、彼に向ける。
「くっ……」
魔術師は近場に使えそうな武器があるというのに、武器も奪わず怯んでいる。
きっと鍛錬したことないんだわ。
「この技は最後の手段だったが……」
リグルスが腕を振り上げたので降参でもするのかとみていると勢いよく腕を振り下ろした。
服の両袖から透明なガラスでできた小瓶を複数ばらまき、地面に叩きつけられて破裂。
ガラスが飛び散って危険なので目をつむる。
様子を窺うため恐る恐る目を開くと、あたりには煙が立ちこめ視界が奪われる。
「どこに……」
「すまないな」
首に軽い衝撃が加わる。恐ろしく早い。
しかし、弱すぎて効果はない。
「残念ね、あなた鍛えてから出直して……」
「知っているか? 魔術師は薬品作りがうまいんだ」
煙を吸いすぎたせいか、くらくらとめまいがしてきた。
これはただの煙幕じゃない。そう気づくときには意識を手放した。
◆
「目が覚めたか?」
「ここは……」
私はリグルスに連れ去られてしまったようね。ここはおそらく国王のいる城?
まだ薬品の気が残っているのか、だるさがあってしかたない。
「私をどうするの、国王に報告する気なの?」
問いかけても薄ら笑いを浮かべるだけで、薬瓶を弄り始めた。
拘束はされていないが、下手に動いても薬の瓶が部屋の面積を占めている。
この部屋はとても薬くさいし、逃げ回るスペースがないのだ。
「さて、どうしたものか」
「……ただ人質にするだけなんて言わないでしょう?」
彼が何かをいうより早く、追及をしたところで何を目論むのかは想像がついている。
「それよりも具合はどうだ?」
「だいぶ調子が戻っているわ」
それは本当、敵に弱みを見せないための嘘ではない。体に害のあるものでなくて安心した。
「そろそろ昼食の時間だな」
「時計は持ってないからわからないけれど」
リグルスがドアを開けて部屋を出ていった。外側から鍵をかけられたので、移動は無理そうだ。
しばらくまともな食事に期待せず黙って出されるものを食べることにしよう。
与えられるかわからないが、どうか固形薬品を食事だの言って寄越されませんように!
「食事だ」
暖かいスープ、パンも焼きたてで美味しそうね。どこのブーランジェリーで買ってきたのかしら。
……お肉とほうれん草のソテーはお城のシェフが作ったの?
きっと人質に自分用の食事を見せびらかすつもりなんだろう。
そう思っていると、彼は料理をテーブルにおいた。
「食べるといい」
テーブルの上に置かれたのは、なんともこの薬品まみれの部屋には場違いすぎる暖かな食事。
メニューと別のサンドウィッチ片手に、私へ促す。料理に罪はないので、いただくことにする。
「おいしい」
「気を遣わずとも、貴族の口には合わんだろう?」
気を使うも何もシェフの料理なら貴族が口にしているだろう。
貴族にどんな間違った印象をもっているのかしら。
◆
「それで、これからどうするつもりなの?」
食事を済ませてから数分は眠気がくるので、まともに話を聞くために、眠気が落ち着くまで待った。
イスに両手を揃えて、調合する彼を見上げながら質問を投げかける。
「なにも、と言っても信じてはもらえないだろう」
「そうね」
あんな大それた真似をしておいて、一つも要求がないと言われても信じられない。
拷問されないのは、温情ではなく私に傷がつくと交渉に使えないからと思うのが妥当。
「本当に何かしたほうがいいか?」
薬品の調合で険しかったリグルスの表情が、ニヤリと獲物を狩る猫のように一変する。
椅子の近くのベッドに脚を組んで腰かけると、膝に肘をついて前かがみになった。
長い焦げ茶髪がさらりと揺れるさまは、男らしい色気ではないけれど、まぎれもなく男を感じさせた。
いたたまれなさに視線をそらし、しっかり経路を把握すべく部屋を見渡す。
私の周りは年上だらけだが、一人暮らしの大人の男がいる部屋というのは見慣れない。
薬品のバリケードの中に、男性が一人が眠れる程度の簡素な寝台と私が座っている椅子。
意識していなかったけれど、私は気絶していたときに彼の普段使っていると思われるベッドに寝かされていた?
彼のような敵が恋愛対象になどなるはずもない。けれども城の若い兵士に向けるのとは違う感情を抱いてしまう。
「なぜ頬を染めている?」
「あなたが私をからかっているからよ!」
「……奴のこともあり、王のもとへ連れて行こうかとも考えたが、気がかわった」
奴って誰の事なんだろう。気にはなったものの、私の知らない人だろう。
それに聞いても彼は答えてくれないだろうし、なんて思っているとリグルスが手紙らしい封書から中身を取り出した。
「そのシーリングはフォネロス王家の?」
「そうだな」
まさか彼が仕えている王がフォネロス王ってこと?
有名な5大王のうち、緑のグリッダ、赤のドラネシア、黄のレオニズ、青のスコル、そして紫がフォネロスだ。
4名に比べて表に出ることが少なく解像度が低いのである。
◆王家との関係を追及したほうがいいかしら?
〔しない〕
〔する〕
〔まず父親について聞く〕




