ヴィルヴィット endA 寂しい
なぜ呼び止めた? そんなこと、自分でもよくわかっていないのだから聞かれても困ってしまう。
どうすれば彼が納得するか……言葉に詰まる。どんな返答が正しいものか、必死に考えなくては。
「ええと、寂しい気持ち……になったので!」
苦し紛れに常用される芝居がかった言葉を言ってみる。
「嫌そうにしたかと思えば、山の天気のような事を言う」
山の天気は変わりやすいと話程度では聞くものの、私は登山の経験はない。
例えられても余計わかりづらくなって思考が停止してしまった。
「それとも、私を謀ろうというのか」
「お言葉ですが、断じてそのような意図はありません」
訂正しても疑わしい目を向けている。彼のような立場の場合、公務でたくさんの相手と難しい駆け引きをしている。
口の上手い人々を見慣れているのだろう。上辺を取り繕ったような言葉では信用してもらえないのは当然だ。
「もう気にせずとも良い。意地の悪い詰問をしたな」
「いえ……」
気にしていないといわれ、余計にそれを考えてしまう。
しばらく沈黙が続いている。気まずい雰囲気を何とかできないものかしら。
「探しましたぞオーヴァ殿」
「マイズ、スプナル。貴様らもしつこいな」
親しい様子の赤騎士は嫌そうにされても気にしていないようで、へらへら笑っている。
「そのご令嬢が例の……」
緑髪の魔導師はこちらに感情のない目を向ける。さっきまで笑顔だったのに怖い人だ。
「そろそろ我等と手を組まれる気になられましたかな?」
「雰囲気悪かったですね。性格も合わなそうだ」
「なんだと」
薄々感じていたけれど、端から見ても私と彼は釣り合っていないようだ。
「今からフィエールに行けば夕焼けが起きてますよ」
「……ならば行くか」
「今からそちらへ向かっても間に合わないのでは……」
言った矢先に魔法陣で包まれる。そんな心配は魔法使いの前では杞憂だった。
「着いたぞ」
「きれいな夕日……」
よく熟れたオレンジのような色をした空が一面に広がっている。
フィエールにしか起きない赤い空の現象は物珍しくて筆舌尽くしがたいほどの美しさだ。
「私は朝焼けのほうが好きだがな」
白銀の朝焼けはアンヴァートでしか起きないが、現地なので早起きすれば毎朝見られる。
「ここでは毎朝見られますが……このところ曇りですから」
「実をいうと絵本で絵を見ただけだ。紙面に再現されたそれは本当の色ではないだろう」
「そうですね……」
あの景色は特に稀有でもなく、意識していないので深く印象がなかった。
色については思いつく既存のものがなく光の加減で白だが奥に灰銀があり濃淡まで断定できない。
「もう9時か……帰るとしよう」
そう言われてもうそんな時間なのかと、驚いてしまった。もしもここに一人できていたらオルヴェンズに叱られるところだっただろう。
■
「ビバーチェアがヴィルヴィットに心を許し始めているような気がするのだが」
「彼は母親に似て気難しいところがあると聞くからな……」
「母親といえば、シュヴェアンヴァニウム公か、7年前まで役職についていた前期のドゥルグリアだったようだが?」
「ああ、今はクラールがドゥルグルになっていてな、生真面目でフィエール・グラフィアスを嫌っている典型的な青者だ」
「次の代は7年後で、ドゥルグリアが選ばれるんだったな」
「使い魔に探らせたところでは彼女が候補に上がっているぞ」
■
オルヴェンズは会議をしていたようで、おとがめなしで次の日になった。
「ビバーチェア、出かけるなら侍女を連れていけ」
「ええ、よろしいですか?」
オルヴェンズのに返事をして、同時にヴィルヴィットへ確認をとる。
「構わん、今日は我が緑女王グリッダ陛下の命において、黄男王の城へ向かうぞ」
「黄の王はなんてお名前だったかしら」
大声で言うべきことではないので、小声で問いかける。
「レオニズ三世ですよ」
「ありがとうヴェナ」
魔法であっという間に到着して、兵士は特に気にすることもなく彼に挨拶をした。
当然、事前に連絡をしていたのだろう。移動魔法はこちらとしてはまだ慣れない。
「コル・レオニズ陛下、バロビニアンより使者が……」
「うむ、通すがよい」
思っていたより若い少年が玉座にどっしり構えている。
「……! なんと美しい!」
「え?」
玉座から降りて、こちらへ歩くレオニズ三世。目線の高さで気が付いたけれど、彼は私を見ていない。
「そなたの名は?」
「……! ヴェナと申します……」
あまりに急な展開に、思わずヴィルヴィットを見ると彼はニヤリと意地の悪い顔で笑っている。
もしかして、これは政治的な戦略の一つだったの?
■
彼女はあれから王に見初められて、とんとん拍子にお城へ移住した。寂しいけれどヴェナが幸せになるなら祝福したい。
「国へ報告に行く前に、どうやら向こうで揉め事があるな」
「助けてくれ!」
「この騒ぎは?」
「ヴィルヴィット殿ではありませんか!」
「……昨日から魔獣がそこかしこで暴れているんです」
「マイズ、愉しそうにしているな。さすがはフィエール人だ」
彼は魔獣と戦うことを楽しんでいるとでもいうのか、表情は生き生きしていた。
ヴィルヴィットがそれを皮肉でなく純粋に賛美している。
「何者かが封印を解いたようで」
「予定より早いが、これはチャンスだぞ」
意味深なことをつぶやき、マイズは去っていく。
「まさか、マイズ……」
「いいや、奴は魔法が使えない」
封印の解除に必要な魔法が使えない者に封印の解除は不可能だと言う。
封印のある国内の遺跡へ向かうと一人の緑髪青年が祭壇で倒れている。
骨と皮がかろうじてあり、魔力を搾り取られていた。
「マイズ、遺跡でこの男をみつけた」
「昨日から行方不明になっていたスプナルじゃないか!」
魔獣を解き放ったのはマイズではなく、部下のスプナルであったようだ。
「それよりこの惨状を止めるぞ」
「どうやって?」
「この封印を再利用して、封じ込める。部下の死に思うところはあるだろうが、
騎士団長として生きている引き続き指揮をとれ」
「いわれなくても」
■
三人で気配の大きい場所へ駆けつけると家も人も何もかもが壊れてひどい有様だった。
「ぐ!」
「よくも!」
兵士がやられて怒れるマイズが魔獣に切りかかり、突き飛ばされて絶命する。
「マイズがやられた! もう俺達はおしまいだ!」
主力を欠き兵士達の士気が下がっていく。そんな状況でも戦う人がいた。
ひと際目を引く豪奢な鎧の女性……ラヴィーニャさんだ。よく見れば赤の兵には女性も多くいた。
彼女が筆頭となり、皆が持ち直していく。こんな劣勢でもあきらめていない。
「私が封印に魔力をこめます」
「よく決断したな」
この魔獣を止められるのは戦闘経験のあるヴィルヴィットだ。
私が付け焼刃の魔法を出したところで戦場では立ち回れない。
「そうはさせるか!」
「え? マイズ……?」
先ほどマイズは、もう死んでしまったと思っていた。でも、生きていたのだと驚きつつ安堵した。
それも束の間、私に剣先を向けているではないか。
「どういうつもりマイズ」
「マイズはついさきほど、死にました」
彼はマイズの姿だけど彼ではない。間違いなく別人だ。この嫌な冷たい気配は覚えがある。
「あなたスプナルね」
「ご名答」
では、あの死体は誰のものだというのかしら?
封印の解除でああなったならスプナルは封印を解いていないはずだ。
「生まれた一族により寿命が違うのはご存知でしょうか?」
「一番短い赤が平均20代、一番長い白が150歳までで……」
「貴女はおかしいと思いませんか? なぜこんなに命の時間に差があるのか……」
魔力の差で寿命が決まるから赤に100まで生きるものがいないわけでもない。しかし言われてみれば平均寿命がこんなにも差があって変だとは思う。
それはさて置き、彼は髪色とオーラからして緑の一族なのに、そこまでフィエールを気に掛けるなんてよほどの理由があるのだろう。
「でもそれは、フィエール人が辛いものばかり食べて戦ばかりを好むからでしょう?」
「戦と刺激物を好む。そう仕向けているのが神王なのですよ」
仕向けているとはどういうことなのか、彼の次の言葉を待つ。
「私は操られて早死するフィエールの人々があまりに可哀想でならない」
「どういうことかわからないわ……貴方は神様に戦いを仕掛けるために封印を解いたの?」
「言ったところで理解できないでしょう。貴女が知る必要はない」
教えても無駄な相手に答える必要性を感じないと、「早く去りなさい」軽くあしらうように手をひらりとはらわれた。
「言われなくても……私がやるべきことは話すことではないもの」
大気の魔力を一点に集約させることに集中しなければならないのだから、苛立ちを沈め、このことだけ考えよう。
「うわぁ……!」
なれない魔法でカンシャク玉が割れたような小爆発がたびたび起きる。彼がやればすぐに終わることだ。
それでも、今は必死に魔獣を食い止めていて、邪魔をするわけにはいかない。
私がやるといったのだから、諦めるわけにいかないのだ。そう自分に言い聞かせて何度も力をこめながら魔の気を満たす。
「これで……」
封印に足りるかわからないほどだったが、今の私にはこれで限界なくらいが溜まった。これを彼に届けようとして、振り向くと近くまで魔獣が迫っていた。
「しくじったな……」
「ヴィルヴィット!」
ヒビの入ったクリスタルのように白く半透明の防御魔法壁は粉々に砕けて、石灰のように残骸は大気を舞った。呆然と立ち尽くしていると、彼が私の手から封印を奪い取り、そのまま魔獣の長を封印した。
「誰か……回復魔法を使える人は!?」
「この傷では無理だな……冥界が私を呼んでいるらしい……」
彼らしくない弱音を口にしている。考えたくないのに、本当に駄目なんだと悟った。
「諦めないでください! 朝焼けを……見るのではなかったのですか?」
「冥界など旅行だ。あちらの黒き空を観てすぐ戻るさ、約束する」
「はい……」
■
過ぎ行く日々の中で幾度と別れを繰り返して、私は廃城となった旧アンヴァートに残る。
彼が冥界へ行き数十年が経過しても、魔力のおかげであの頃のままだ。
あれから野望を砕かれたあの男が今何をしているのかはわかっていない。でもきっともう再起はしないだろう。
コン、コツン……ドン!
多くの人が眠る朝方だというのに、大きく戸を叩く音がする。なんて礼儀知らずな客人だろう。苛立ちながら扉を開く。
「朝焼けを見に行かないか」
誰かと思えば……。ようやく旅行が終わったのね。
「私が長命種族でよかったですね。もういらっしゃらないのかと……」
【alive】




