フレイム endA 強気で
「彼女の様子は……」
ドアを開けて彼は室内へ入ってくる。その瞬間にビバーチェアは突撃した。
「やああああああ!」
枕元に置くような短めの電気スタンドをまるで剣のようにまっすぐ構え、顔の右横に廊下の壁ごと叩きつけて破壊した。
「な……」
あまりの出来事に背を壁に付けたまま、彼は茫然として開いた口がふさがらない。
「乱暴な女だ」
「このような仕打ちをしたそちらに言える事ではないでしょう?」
何はともあれ、意外と早く部屋を出ることができた。
魔術師が来たら対抗できないことや、ここが森の知らない場所である等の問題は解決していない。
「……一つ聞かせろ、なぜまた呼び出した?」
憤慨したという話は嘘で、私がオルヴェンズに頼まなければ、あの場で再び会わずにたださらうだけ予定だったと彼は言う。
「すっかり騙されたわ、あれは演技だったということでしょ?」
「話が読めないな」
……察しの悪い癖にこんな大それたことをやるから脱出されるんでしょう。
「出られてしまうとは情けない」
「リグルス!」
二人は協力関係というわけではないようで、リグルスにあざ笑われて彼は嫌そうな顔をした。
「所詮は炎だな」
「何が言いたい」
「爆弾には敵わないということだ。生まれた時間が少し違うだけで王座を逃すとは運がない」
私達はリグルスが何もせず手をひらひらさせて去っていくのを呆然と見ているしかなかった。
■■
暫くその場で立ち尽くしているとフランムが一息つく。彼はぽつりぽつり、独り言のように自分の過去を語りだした。
彼は本当はフレイムという名で、双子の弟がいて、兄だったから後継ぎから外されたらしい。昔のことだったが顔が瓜二つの双子の兄弟がいて兄が弟を殺した。
殺めた理由は自分と同じ顔の人間に遭遇すると死ぬドッペルゲンガーを恐れてだという。
「顔が同じで力量の差もない。唯一の違いは生まれた順だけ……なら、入れ替わることの何が問題なんだ?」
その前例から彼は母の実家で同じように事件を起こさないか、腫物のように親戚から冷遇されていたのだという。
「入れ替わることは偽装することで、どんな理由でも許されないわ、でもそれを咎めるのは私じゃない」
まずは無断で成り済まされたフランムと、騙したオルヴェンズへ然るべき対応をする必要がある。
「……!」
「それと……
同じ双子の兄の立場だから同じ罪を犯すなんて、家族でも決めつける権利はないと私は思うの」
何も悪くないのに、悪事を働くと決めつけて酷い扱いをすることが悪事を働く引き金になることもある筈だわ。
「お前のような考えの親ならよかったんだがな」
フレイムは諦めとほんの少し和らいだ顔で、あっさりと敗北を認めた。
「みつけたぞ」
□■
「西は今のところ平穏だが、東ではこの数年で酷い旱魃が起きる可能性がある」
「ほう……ではいざという時、東へ水を送れば同盟を組める可能性が……」
オルヴェンズが会議を開いている声がドア越しに聞こえる。
「フレイム、会議終わったの?」
「ああ……それにしても驚いた」
私も驚いている。
今ここにフレイムがいて、牢に繋がれるはおろか重要な国の話し合いに参加していることにだ。
あれからオルヴェンズと再会して、闘いが起きるのではないかと息を飲んだ。
けれどオルヴェンズは相手を見ただけで力量がわかる。フレイムは私でも倒せるであろう程に鍛えていないという。
当然一方的に痛めつけることになるので、闘う事はしなかった。
戦士であれば侮辱と解釈することだが温情と思い感服したのだろう。秘密を語れば命を落とす事を覚悟し、首謀者について口を割った。
育った環境のせいか、自尊心がないように思えてならない節がある。
命令と相俟って溜め込んだのが爆発して暴挙に出たのだろうとオルヴェンズは言っていた。
その結果が敵の幹部格のフレイムを寝返らせることだった。
チェスでは敵の駒をとっても使えないが、東の将棋では敵駒を味方に使用できると本で読んだ。
「もう一つ驚いたことがある。政部屋に女性がいないんだ」
この国は神の規定により女性の身分が低い半球なので、議会に参加できないが、それはこの世界において珍しいらしい。
ミーゲンヴェルドは女性が優位の基準だったが、アンヴァートにおいては存在が幻とされる地球と同じような価値観なのだそうだ。
「でも男性はそのほうがいいのでしょう?」
「決めつけるなと言ったのは誰だ?」
「そう言われると何も言い返せないわ」
私の知る範囲ではこれまで女性が他国に嫁ぐのは数度あっても、他国からの男性がきたことがない。
お見合い相手は近隣か、そうでなくとも嫁げば利益がある等の上辺だけで、婚姻後の価値観など深い話は互いに憚れていた。
必然的に他国の異性の意見など知る由もなかったのだろう。
■
「彼が他国の貴族のフレイム様ね」
「寂しげな瞳が素敵だわ!」
本能的に他所から来た男性は魅力的にうつるのは科学的な本にも記載されたことで、おまけに貴族ともなれば仕方がない。
それにアンヴァートの男性と異なり偉そうにしていないのも、彼に興味を惹かれる女性が現れる要因だ。
「でも男は力がないとね」
「ここは時代遅れ、今はインテルジェンスよ」
「インテリだけど」
フレイムは勉強はできても剣術が不得手で、完璧でないから男性陣と対立することはほとんどない。
今のところは、だけれど……もし今後、彼を本気で慕う貴族の娘が現れたら大変じゃないかと心配している。
普通なら元敵の微妙な立ち位置の地場を自国の女性との婚姻で固めるのも手だ。
ただし、彼の場合は元々の立場が普通の貴族ではない。仮に貴族の娘が平民に恋をしたら、あきらめるか、駆け落ちで済む。
アンヴァートの場合は女性は家督を告げないので、娘は当然嫁ぐのだが、フレイムは反旗を翻して生家と絶縁状態だ。
「浮かない顔でどうした?」
「その……貴方を本気で好きになる子がいたら大変だと考えていたの」
「居るわけがない」
彼はこの前、本の場所を聞かれてすぐに見つけると手渡していた。それから礼を言われても、当然だと平然としていた。
感謝されても嬉しくないのか、それとも人助けを当たり前だと殊勝に考えているのかしら。
敵国からの後ろめたさから、なのが自然だけれど、そんな雰囲気ではない。
「しかたない人ね」
そこが彼の魅力だと思い始めてしまっている。
【another】




