ファイリオ endA 魔力
――魔力を鍛えよう。そうとなればヴィルヴィットに教わるのが手っ取り早い。
「ヴィルヴィット様、よろしければ私に魔法をご享受願えませんか?」
「嫌っていたくせに、どういう風の吹きまわしだ?」
ヴィルヴィットは怪訝そうに私を見ている。
「あの魔術師に対抗するには奴の持たぬ魔力を鍛えようと考えました」
「成程、魔術師は魔導師の偽物だからというわけか」
オルヴェンズが私の頭を撫でる。ついでに自分も魔法の授業に参加すると言い出した。
「遠慮なくスパルタン式でお願いね!」
「……では遠慮なくしごくか」
◇◇
「お疲れのようですねビバーチェア様。焼き立てのクッキーでもいかがですか?」
「ありがとうパティシエーラさん」
そういえば彼女の名前聞いたことがないわね。
「貴女の名前はなんだったかしら?」
「私の名ですか?ティアナ・ゴルドンと申します」
――意外と可愛らしい系の印象で、結構ありがちな名前だ。
「本日のクッキーは生地に陽光花を練り込み、しっとり目に焼き上げました」
「……だから柑橘のような香りがあるのね」
――お茶を楽しんで二度鍛練に戻ろうとしていると、帰った筈の彼がいた。
「ファイリオ?」
近づくと彼は木陰で眠っていた。ちゃんと息をしているか心配で、人形のように綺麗な顏をのぞきこむ。
「……息はあるわね」
もしかして熱でもあって倒れているのか……バッと、額に触れようと差し出した腕を掴まれた。
「お、起きていたの!?」
「ビバーチェア……」
ファイリオがゆっくり目を開くと、首がチクりと痛んだ。
これはなんなの。針のようなもので貫かれた感覚、噛みつかれているのだと理解するまでに時間がかかる。
止めどなく流れる液体が鉄錆のような臭気を放ち鼻腔をついた。傷口は脈動し、血の気は引き、顎の下や肩や首にさらりとした髪が触れていた。
◇◇20170801
目を覚ませば、見知らぬ部屋の寝台。しかしファイリオの屋敷ではないだろう。
ここからファイリオの領地までは距離がある。状況からして彼が別邸へ運んだと見るのが妥当だ。
「目が覚めたか」
ファイリオは目覚めた私を見て安堵している。
「……貴方は本当にファイリオ・ロドゥナウなの?」
手を伸ばされ、驚いた私は飛び上がる。だって彼は伝承に出てくるような化物のような、
普通の人間では考えられない行為をした。
「無意識だったとはいえすまなかった」
――もしかしてリグルスが彼に化けているのでは?
けれど偽物なら疑われた時に自分はファイリオだと強く主張する筈。だから信じたくないが、本物なのだと思った。
「どうして?」
「吸血したことか?」
ファイリオは何についてたずねたのかわかっていない様子だ。かくいう私もなにを言いたいか、何故こんなに腹が立つのかわからない。
「そうじゃないの……」
「君に怖い思いをさせてしまった」
「ようやく気がついたわ。私は怒ってるみたいなの、貴方が吸血鬼であることを黙っていたことに!」
理不尽な怒りかもしれないが私は吸血鬼についてほとんど知らない。
認識としてはとにかく畏怖の対象であり幻とされるものだというくらいだ。
「……オルヴェンズは知っている筈なんだが、聞いていなかったのか」
「まったく話されなかったわ」
吸血鬼だと知れば私が恐れて彼を避けると考えたからだろう。それくらい信用しているってことだ。
「いつから貴方は吸血鬼なの?」
「生まれた時から、オルヴェンズが皇帝になる前には既にこの姿だった」
――皇帝オルヴェンズが貴族のファイリオと対等に接する理由は吸血鬼であるからだと推測がついた。
「……ところで、リグルスのことはどうするの?」
ここに攻めてくる可能性もありそうだ。 吸血鬼とどちらが強いのか少し気になる。
「心配はいらない」
「どういうこと?」
間髪入れずにファイリオに続きをたずねる。
「あいつが来たら今度は止めをさす」
「……」
オルヴェンズと似ているようで、違う雰囲気の怖さだ。これが吸血鬼の本性なのか、もともとこういう性格なのか。
「だからお前が自分を犠牲にする必要はないんだ」
そういうのを考えるより彼がもし怪我をしたら、心配のほうが上回る。彼に会って間もないけれど、頭の中を占めている。
「……私はこれから吸血鬼になるの?」
「それは多分ならないだろうな……素質がないと成れない」
ということは彼に血を吸われ吸血鬼にならなかった女の人の前例がいるのね。
「ところで、吸血鬼なら長生きでしょう?ファイリオは独身なの?」
「元々群れない習性で同族の女吸血鬼に会うことはほとんどないし、人間は寿命が……」
「知らなくてその、オルヴェンズに……」
軽い気持ちでファイリオと結婚したいなんていってしまったのを後悔する。
「お前になら嫌な気にはならないけどな」
■2020205
お風呂に浸かると首の噛み痕に目がいく。もう痛くはないのにジクジクする感覚は抜けず。なんであれ、これが治るまでは帰れない。
「ファイリオ?」
お風呂からあがると、窓から陽光花の香りが鼻腔をつく。屋内庭園には白い花に埋もれる彼の姿があった。
「ああ、もう済んだのか」
「ええ」
吸血鬼には真っ赤な薔薇の印象が強いけれど、皮肉にも彼は陽光花……この真っ白な花がよく似合う。無防備に横たわる姿は、一枚の絵画にできそうなほどだ。
まるで葬儀の棺のよう……なんて縁起でもないことを浮かべてしまった。
「夜なのに吸血鬼も眠るの?」
「昼間にだって城へは訪れただろう? それに、この花は眠気を誘うのさ」
「お前に飾るなら、淡い色より濃いものが合いそうだ」
彼は花を私の髪に刺してから小さく笑みを浮かべ、どんな花がいいかと模索している。
「そう?」
鏡がないから、どう見えているかわからない。それでも彼が似合うというならそれがベストなんだろう。
「……ところで貴方が長生きということは、オルヴェンズの幼少期を知っている?」
「ああ、泣いて乳母にあやされる所も見たな」
あの物語の定番の魔王のような厳めしいオルヴェンズにも、そんな時期があったのね……想像はしてみても結びつかない。
「何を考えているかは想像つく……気持ちも分かるんだが、一応あいつは人間だからな?」
人ならざる彼が言えば妙な説得力がある。
「人は見かけで判断してはいけないのが、よく理解できたわ」
■
「……ところで、口では嫁ぐと言っていたが意味をわかって言っているか?」
「そ、そうよね私の家は落ちぶれているから伯爵夫人なんてなれるわけがないもの……」
魔術師のことがあるから、仕方なく保護されただけに過ぎない。彼があまりに優しいから、それを忘れてしまっていた。
「それは気にすることじゃない。吸血鬼には政略は関係ないんだ」
「え?」
「物語の男女は互いを想いあって結ばれる。だが現実はあまりに脆く誓約的でつまらないと感じないか?」
彼の言っていることは事実で、その考えも理解はできる。
ただ平民は恋愛結婚ができるけれど。貴族はそうもいかない。生まれた環境でそう教え込まれるから。
私も例のごとく結婚は家のためと固定概念があり、こればかりはどうしようもない。
「ビバーチェア、さっき言ったな。自分の家が落ちぶれていると」
「その……両親の死後に領地も返したから……」
「なら、お前は何も気負する必要がないだろう?」
「あ」
もうとっくに自分は貴族ではない立場にあり、政略とは関係が遠くある。それを彼から問われてそこで改めて自覚した。
「ファイリオは恋がしたいの?」
「そういうわけではないが、もし結婚するならそれがいいな」
身分の高い令嬢を妻にと申し立ては何度もあるだろうが、寿命や正体から断らざるを得ない。
自国ならともかく、他国の場合は裏切られる可能性もある。
「……その、吸血鬼はどのくらいの頻度で血をいただくの?」
「それなら問題はない。私はほとんど植物から気を吸い取るんだ」
「だったらどうして私を?」
お腹が空いて植物じゃ足りなかったのかしら。
「寝起きだったからな……」
「吸血鬼の本能で無意識的にああなったのね」
「普段はあまり動かないから魔術師のせいもあるか」
問題があるほどではないが、魔術師は常人より魔力を吸う力があるようで奴は魔力を吸い取り己の力に変える卑怯な戦法のスペシャリストのようだ。
だが人間で物理的に腕力がないのは助かる。所詮は人知を超えることは不可能な魔導士の紛い物だ。
「何も心配することはない」
そう言って笑う彼はどこか狂気を感じる微笑みを浮かべた。
「そうね、貴方がいてくれるなら安心だわ」
いつ魔術師を倒せるのかここを出られるのか、そんな心配は安心感で薄れた。
■■
『メイドのカレンがいうことをきかないから叩いてあげたの』
『まあ』
『叩くなんてだめよ』
『なによビバーチェアなんて嫌いだわ』
お友達だと思っていた子達は正しいことをいったのに私を悪者のように言って去る。
『どうして?』
とても悲しい気持ちになって、私は泣きそうになったけれどお外だから我慢した。
『小さなお嬢さん。こんなところに一人でいては、拐われてしまうよ』
誰かと振り向いても誰もいなくて、前を向いたら仮面の男いた。
『君は正しい、ああいう子とは考え方が違うんだ。無理にかかわらなくていいんだ』
どんな顔をしていっているのかわからないけど、彼は優しい声色で頭をなでて去っていった。
「おはよう」
「ああ、よく寝ていたな」
彼は舞踏会用の仮面を複数磨いている。どこかでみたようなものも交じっていた。
「私もしかしたら昔どこかで貴方に会った……?」
その問いかけに彼が答えてくれるのは、もう少し先になるのだった。
【answer】




