オルヴェンスendA どちらでも
――そんなの、どちらでもいい事だわ。
「ビバーチェア様、どうなさったんですか?」
ヴェナが心配そうにたずねる。
「えっと……」
私は今悩んでいる事を相談してみた。
「そうですね、ビバーチェア様は陛下がお好きなのではありませんか?」
「え?それは好きに決まっているわ」
嫌いなわけない。
「家族、友人に対するそれではなくです……」
「……!?」
「なかなか結婚まで進めないのは、陛下とご結婚なさる運命なのではございませんか!?」
恋の話になると女性はおしゃべりになるのは世の常ジ。ヴェナはキラキラと運命という言葉に酔いしれる。
「たったしかに、オルヴェンズとはお見合いをしていない……けどそんな、まさか運命……」
――たしかに結婚するならオルヴェンズのような男性がいいけれど、私が彼となんて、あるわけないわ。
「これはあくまでも、お噂なのですが……」
彼女から聞いたのは彼がわざと私が結婚出来ないようにしている。
という根拠のない話で、原因はオルヴェンズなの!?
「オルヴェンズ、今はお話しても大丈夫?」
「ああ、今は誰もいない。随分遠慮がちだが、大事な話でもあるのか?」
彼は私の態度がいつもと違うことを見抜いたようだ。
「あのね、貴方が好き、大好きなの!」
「ビバーチェア、それは……」
オルヴェンズが狼狽え、困惑している。
「言葉ではうまく言えないけど、とにかく好きなの!!」
「……何らかの催し、遊興で告白しているのか?」
――皇帝に偽りの告白をするなんて、どんな無礼なゲームよ!?
「私は本気よ、結婚するならオルヴェンズのような方が良いと思っているの」
「なら結婚するか?」
あっさりと、プロポーズらしき発言をされる。
「ええっ!?」
私には後ろ楯もなくて、皇帝に嫁げる身ではないのだし、きっと冗談だろう。
「お前は冗談のつもりであろうと、こちらは本気だぞ」
「冗談、そうよねって……!?」
想定外の発言で、後には引けなくなった。
「お前はどうなんだ?」
「わ……私も……」
好きだと言おうとしたら、急にドアが開かれた。
「オルヴェンズ陛下」
彼とよく似た上品な中年女性が入ってきた。
「なんです叔母上」
「いつまでも結婚適齢期の小娘をからかうものではありませんわよ」
まるで氷河に佇む冷酷な女王のような冷ややかな眼差しを向けられ、オルヴェンズすら押し黙った。
「からかってなどいない。彼女への愛は本気であろう……叔母上は私の純然たる言葉を疑われるのか?」
オルヴェンズの叔母グァンダームは無言でドアを見やる。
「入りなさい」
「……エルジプスの王女、アンナプルナと申します」
私より少しくらい年上の濃い紫の髪をした女性が入って来た。
身分が高いというだけでなく、しぐさの一つ一つに生まれながらに身についた気品がある。
「身勝手な真似をなされば、エルジプスと戦になる可能性も視野に入れることね」
彼女ほどの方が現れて、オルヴェンズが私の事を気にかけることはもうないだろう。
「……わたくしはこれにて失礼致します」
「待て……」
場違いな私が、これ以上いてもしかたない。
オルヴェンズが止めるのも聞かずに退室した。
「はあ……」
今頃は縁談の話が進んでいるだろう。そんなことを考えながら、庭園の花を眺めていると――――
「おい、そこの娘……」
「はい……私がなにか?」
身形はいいが、怪しいことこの上ない褐色の男がこちらをにらんでいる。
「我はアンナを皇帝に嫁がせる気はないぞ。早急にあの冷酷年増をなんとかせよ」
「なんとかと申されましても……どなたですか?」
問いかけると彼は大粒の宝石を、ずいっと近づけて身分を証明した。
状況からしてアンナプルナに恋をしているのだろう。
「あの年増、いきなり城へやってきて……あいつも何故快諾したのだ!?」
「……いきなり怒りだすところかと」
ついポロっと出てしまった。幸い自分の世界に入られていたから問題ない。
「とにかく、明日までなんとかせねば全軍で特攻する」
「どうして私が!?」
「どうしたも何も、貴様は皇帝の女であろう?」
■
「オルヴェンズ! 大変なの!」
ノックをしてすぐ、入るように言われたので遠慮なく入室する。
彼女はもう帰ったようで、妙に安心してしまった。
「何かあったか?」
「それが……」
さっきのことを包み隠さず話した。すると、彼は男に心当たりがある素振りを見せる。
「その男はおそらくエルジプスの王族だろうな。あの国では血族婚があるのは知っているな?」
「ええ……神様も兄と妹で夫婦というのが大半だし、
そういう文化の国だって本に書いてあったわ」
この国の場合は対照的に同盟に多くの婚姻が用いられている。
だが近しい血で保守的に国を守っている彼ら側は、このまま結婚されては困るのだろう。
「アンナプルナはこのお話に乗り気だったそうなのだけど……」
「妬いているのか?」
「……オルヴェンズには、あの人のような上品なレディがお似合いだと思うわ」
思ってもないことを話してしまう。まともに顔を見られない。
背を向け下を向いたままでいると、後ろから手をつかまれた。
「あの女と似合いとは……こちらを見て同じ台詞が言えるか?」
強引に彼の方を向かされて、目がかち合う。理由もわからないまま涙が溢れた。
「私が素直になったら、貴方は困るでしょう?」
「なぜだ?」
彼は私がかわいいとか、きれいだと思ったものを与えてくれる。
それがうれしくないはずもなくて、うれしくてしかたない。
だけど、こればかりはどうにもなりそうにない。
「相手は王女様だし……そう思わないと……」
「じれったいな、お前でなければ……」
切り捨てるとでもいうの? そのわりには嬉しそうな顔をしている。
「では聞くが、仮に私がそこを歩いている平民の女を……娶ると云ったらどうする?」
「私がどう思うかより、大臣が反対するでしょ?」
「ほしいものが何であれ邪魔をするなら切り捨てるまでだ」
彼は今まで見たことのない、狂気と欲を抑えたような表情をしていた。
「オルヴェンズは……意外と恋に情熱的なのね」
「それがお前だったとして、どうする。重い愛だと拒むのか?」
「もしも……そうまで想われるなら、とても幸せよ」
正直な気持ちを答えると、驚いている。そんなに予想外だったのだろうか。
「では遠慮なく。俺と結婚しろ」
「ええっ!?」
予想もしなかったストレートな一言でプロポーズをされてしまった。
「どうなんだ?」
「はい……」
ハッキリ言われてしまっては断れない。冗談だろうとはぐらかすのはやめた。
「あれだけ焦らして、こうもあっさり受け入れられると釈然としないな」
「貴方に逆らえる人なんていないもの」
■
「そういうわけなので……」
「おめでとうございます」
彼女は人間ができているのか、微笑みながら祝福の言葉を述べた。
「ようやく結婚するそうですね」
「お前の想定している相手とは別だがな、観念しろ年増」
褐色の男がアンナプルナの肩を寄せて、グァンダームを睨む。
「いいえ、わたくしの予測は外れていないわ」
「ご説明を」
どういうわけなのか、オルヴェンズが問い詰める。
まずグァンダームはエレスゲの女王でインダ領地の女皇。
アンナプルナはエルジプスとエレスゲの混血で、グァンダームのほうが位は上だという。
それを知っていたからオルヴェンズはあまり強く出られなかったようだ。
「つまり……?」
彼はエルジプスの王でのアンナプルナの従兄、そして彼女はグァンダームの弟の子でもある。
「私が許可しなければアンナプルナと結婚できまい」
「知ったことか!」
一気に立場が変わってしまったが、とくに媚びる様子もない。
「つまり……私が陛下と結婚することをお許しいただけるのでしょうか?」
「私は元よりそのつもりであったぞ」
正体が判明したからか、ずいぶんさっきまでと話し方や雰囲気も異なっている。
何から何までこの人の手のひらで踊らされていたというの?
すごく演技が上手かったというか、女優になれると思う。
「陛下はこのことをご存じで?」
「知っていたらこんな苦労はしなかったんだがな」
オルヴェンズに疑いの眼差しを向けるが、本当に知らなかったようだ。
■
「まったく人騒がせな友人には参るな」
「これでいつか俺達が居なくなってもお前は寂しくないだろう?」
まるでオルヴェンズがファイリオ様より先に亡くなるような口ぶり。
オルヴェンズの言葉の意味を理解するのはもう少し先のことだった。
「君らに子ができるとしたら、予想だと男の子の感じがするな」
「女のほうが嬉しいとでもいいたげだな。……うちの娘はやらんぞ!」
「気が早いなあ」
【actress 皇帝の娘?】