今際の際のその先で
モノローグです。
短めです。
気が付くと、湖の畔に立っていた。
一目見て、ここは現実ではないと分かる光景。
空は、水平線までは紫に近い群青色。水平線から下は、朝焼けのような鮮やかなオレンジ色で染まっている。
大地は、湖とその周りのわずかな草原以外にはない。ちょうど何かの映画でみた浮遊大陸のようだった。
湖は底が見渡せるほど透き通っていて、深い水色をしている。そして、さざ波の一つもなく、悠然と水を湛えている。
湖の真ん中には、大きな樹がそびえ立っている。湖の中に島があるわけではなく、ただ湖の中から生えている。
そして、その樹から、まるで花粉を飛ばしているように光が飛び出して、辺りへと広がっている。
しばらく幻想的な光景に感動を覚えていたが、僕はふと、自分を思い出す。
ああ、僕は死んだのか。じゃあここは、死後の世界?
死んだ後なんてなんも無いんだと、ただ意識が途切れて、それで終わりだと思っていた。
こんな綺麗なところが見れるのなら、死ぬのも悪くないかもな。
いや、むしろ死んで正解だったのかもしれない。
自嘲的な考えが浮かぶ。思えば、後悔の多い人生だった。
最高の人生は、死んだとき悔いはないと思える人生だという。僕はその事だけを考えていた。
学歴を得た。一流企業で出世した。美人な嫁さんを貰って、可愛い子供を授かった。幸せな生活だった。
だけど、それでも、後悔の多い人生だった。
僕は、一般的な、「幸せ」という形を考えすぎてたのかもしれない。
三流大学に、本当にやりたいことがあった。仕事だって、他にやってみたいこともあった。美人じゃなくても、初恋を追いかけたかった。ああ、子供だけは一つも後悔なんて無いな。
結局、僕は、自分を殺しすぎていたのかもしれない。
もっと自由に、やりたいことをやっていれば、この後悔は違うものになってたのかもしれない。
だけど、それでも後悔はするのだろう。結局、後悔の無い人生なんて無いのかもしれない。
そうやって自分の人生を振り返っていると、自分の体が半分ほど、いつのまにか湖の中に入っていることに気がついた。
今僕は地面に立っていなかったか?いつの間に?
そして気づく、僕の体が自然と動き出していることに。湖の中へ向けて、そこが僕の帰る場所だとでもいうように。
なんだろう、冷たい水なのに、暖かい。
不思議と恐怖はなかった。それが在るべき姿だと、頭が、魂が理解している。僕は、抵抗すること無く進んでいく。
ついに、全身が湖の中に入った。ふわふわとした浮遊感と脱力感。自分と周りの水との境界が曖昧になっている感覚がある。
しばらく漂っていると、僕の体が本当に薄くなっていることに気がついた。暖かい水が僕の中に入り込み、逆に僕の中にあった凝り固まった何かが水の中に融け込んでいっている気がする。
僕は唐突に理解する。ここは、死後の魂の集まる場所なのだと。今際の際のその先なのだと。
今僕は、他の魂と共にこの湖に融けている。ならばあの樹から飛びだしていた光は、新しい魂なのだろう。
死後、ここに来た魂は、僕と同じように湖の中に融ける。融けた魂は、多分あの樹に吸い上げられるのだろう。そして、人か、他の生物かはわからないが、何かの一つ分の魂として、あの樹から飛びだしていく。
僕は、薄くなっていく体を見ながら、同じく薄くなっていく意識で考える。
ああ、僕の魂よ。僕の後悔を、どうかその中に刻んでくれ。
僕の魂が一片でも入る、誰とも分からぬ彼らが、後悔をしないなどという下らないことを考えずに済むように。
誰とも分からぬ彼らが、再びここに来たときに自らの後悔に胸を張れるように。
そして、誰とも分からぬ彼らが、今度は自分のような後悔をしろと、自らの魂にその後悔を刻みつけようと思えるように。
そして僕の意識は闇に落ちる。
さらばだ、今生の僕よ。さらばだ、僕の魂よ。
さらばだ。さらば、また会おう。
最後まで読んでいただきありがとうございました