ケース1 マリーさん 〜初回アセスメント その1〜
「じゃあ少しお話聞かせて頂きますね」
「はい、どうぞ。あっ、おかけくださいね」
「ありがとうございます。では失礼してーー」
俺達は椅子の座るのを勧められ、和やかな空気の中、アセスメントに入る事が出来た。
俺も初めての事だしうまく出来るか不安だったけど、ここまではうまくできていそうだ。
良かった。
「すいません、少しご家族さんの事をお聞きしたいのですけどよろしいですか?」
「えぇ……構いませんよ」
ん? なんか少し表情が曇ったな。
何かあるんだろうか?
家族やプライベートな部分は初対面でいきなりずかずか根掘り葉掘り聞くのは難しいって相談員の井上さんも言ってたな。
『優太君、もしケアマネをする事になって初回のアセスメントをする時に、ケアマネとしていろいろ知って把握したいと思うだろうけど、信頼関係が深まっていない時にそれをするとそれ以降の関係に支障が出る。だから、一回ですべてを聞こうと焦るんじゃなくてさじ加減を見極めて相手の気持ちを考えてあげるんだよ。あくまで主体は利用者なんだからね』
今思うと井上さんのアドバイスが身に染みる。
いきなりほいほいと知らない相手に話すのってやっぱり抵抗があるもんだよな。
俺だっていきなり知らない人にプライベートな事をずかずか聞かれたら嫌だし。
「もし、話したくない事があったら無理に話さなくて良いですからね」と前置きをして俺は話を始める。
「え~っと、マリーさんの家族構成をお聞きしたいのですがよろしいですか?」
「えぇ……私の夫は三年前に他界してねぇ~、一人娘がいるんだけど……忙しくて全然帰って来なくてね」
「そうなんですか~。それは寂しいですね。娘さんは仕事とか子育てとかで忙しいんですか?」
「まぁ……いろいろね」
うーん……この反応……家族の事で表情が曇ったのは娘さんの事で何かあったのかな?
この感じだと今はあまり聞かない方が良さそうだ。
とりあえず、今の現状ではマリーさんは家族の援助を受けられそうにない……か。
「そうですか。ありがとうございます。それにしても今日は良い天気ですよね! 今日はマリーさんの家に来るまで馬車に揺られてたら眠たくて眠たくて」
俺は話を変える為、天気の話をした。
意外と天気の話は万人受けするし、気持ちの共感がしやすい。
だから、コミュニケーションを取るのにいい話題だ。
デイサービスに勤務していた時も送迎に行って朝一の話題によくしたものだ。
「ふふ、そうね~。ポカポカ暖かくて気持ちが良いわね。でも、眠たくなるなんてユータさんは子供みたいね」
「そうなんですよ。もっとしっかりしないとね。でも、こんだけ天気が良いのに洗濯物を外に干してないみたいですけど、何かあったんですか?」
そう、この家の玄関にやってきた時、庭を見たら天気が良いのに選択を干してなかったのだ。ここに来る道中の家はみんな洗濯をを干していたのに。
これは俺が思うに……。
「えぇ、最近ちょっと腰が痛くてね。歩くのも辛いし洗濯干すのも辛くて……」
やっぱり。
何かのきっかけで具合を悪くすると今まで出来ていたことができなくなる。
田中さんは訪問介護からデイサービスに来たからよく俺に言っていた。
『利用者の変化は何も本人の体調からだけでみるのではなく、生活全般をみないとダメ! 本人は大丈夫と言っててもよくない事がある。だから、生活の状態もよく観察しなさい』って。
俺も最初はよく理解できてなかったけど、『送迎の時にいつもと違う事がないかよく見なさい』と言われて実行していると、いつも元気な利用者がとても眠そうにしていた。
気になった俺は利用者の方に理由を聞くと薬のせいかなと言っていたので、一緒に飲んだ薬の袋を見ると睡眠薬を一錠のところ、二錠飲んでいたが分かった。さらに見ると薬の飲み忘れやの見間違いがある事が発覚、元気な利用者だったけど服薬管理が出来ていないという問題が判明し、ケアマネに情報提供の上、訪問看護、訪問介護が入って服薬管理をするといった事があった。
その件があってから俺は田中さんの言葉の意味を理解した。
ケアマネの研修でも『家に入る前からアセスメントは始まってます』というくらいだからな。
ケアマネは観察力も大事だ。
さて、この腰痛から発生する問題をどうしていくか……。