事業所開設しました
「では、俺がする仕事について簡単に説明する」
「聞かせて頂きます」
「はーーい!!」
「承知いたしました」
家の前で繰り広げられた異世界での洗礼をなんとか収めた俺は家の中に入って今後の話をする事にした。
家の中はキレイに掃除されていたけど、リリ曰く「まだまだ足りません」と言っていた。この後、リリは家を掃除するらしい。さすがメイドだ。
とりあえず話をするって事で今はリビングにあるテーブルを前に椅子に座っている。
と言ってもテーブルは四人で使うにしては大きいんだけど。
それにしてもやっぱりいきなりフレンドリーにとはいかないか。……マリアを除いて。
あれはあれで違った意味で少し困るけど。
「とりあえず、聞いた話を元に俺がすべきことを考えるとーー」
俺は三人に向かって話を始める。
いくら俺が勇者召喚で呼ばれたからと言って全世界のケース(利用者の担当)を持てる訳がない。だから、俺がやっていく事を見本にしてティナが国王に伝え、国王が国策として実行していくらしい。
つまりは俺がやる事はモデル事業って事だ。
「まず、当面の問題は国民がみんな好き勝手にサービスを使っている事だ」
「え? なんで? いいんちゃうの?」
説明しやすい空気をありがとうマリア。
「いや、これは良くないことなんだ。みんなが好き勝手にサービスを使った結果、費用がかさみ、国を圧迫している。それが税金を増えて国民の負担が大きくなるといった悪循環を生んでいるんだよ」
「でも、サービスを抑制したら国民も困るんじゃ……」
うん、続いて説明しやすい空気ありがとうリリ。
「いや、実はサービスを使いすぎるのも利用者本人にとっては問題なんだ。いいかい? 何でもやってもらったり楽ばっかりしてたどうなる?」
「……自分でせず頼ってしまう……ですか?」
はい、ティナ正解!
「そう。不必要なサービスは返って本人の自分でやろうという気持ちや身体機能を奪う事になるんだ。それになんでもやってもらってたら家族は関わらなくなってくる。そうすると家の中で良くない状況が生まれる。これが第二の問題。だから、その人、本人と家族出来るところまでは自分たちでして助けが必要なところはサービスを使う。その判断をしていくのが俺って事。つまりケアをマネージメントするって事だな」
これは城を出る前に三人が城を出る準備をしている間に国王にも言ってある。
だから、明日にはお触書が出され、国が選んだ人は順次俺のケアマネージメントを受ける事になっていく。当然反発もあるだろうが、今後そういう流れになるいう事と税金との関係を説明し、さらには先行して俺のケアマネージメントを受ける人と家族にはモデルケースとして多少の報酬を用意すると言っていた。
なので、少なくとも俺が関わる家族からは一方的に反発される事は少ないはずだ。
ちなみに、日本と同じように費用の一部負担を提案したけど、それについてはいきなりいろいろやるのではなく、徐々にやっていく方針になった。
「さすが、勇者のユータやな! うち、また惚れ直しそうやわ!」
んー……勇者と言われるとなんか……。
それに惚れ直すとか以前に軽すぎじゃない!?
「お届け物でーす!」
マリアの発言に「そんなことばっか言って!」と食いついたティナがマリアに詰め寄っていると、まるで困った俺に助け舟を出すかのように声が響く。
どうやら俺が国王に頼んでいた物が届いたようだ。 でも、まるで宅配便だな。異世界でも声のかけ方は一緒とは。
「はーい! 今行きます!」
俺は日本と同じように返事をして玄関へと向かう。
俺が返事した後、リリが「届け物は私が!」と言ったけど、俺も実物を見てみたかったのでみんな揃って出る事にした。
『では、ここに受取りのサインを』
と言ったおなじみの展開を期待した俺だったけど、そこは異世界。
俺が勇者、さらには王女までいる事もあってサインというような事はなく、むしろ『遅くなって申し訳ありません』と国王からの使者に謝られてしまった。
そういう対応なので、もちろん最初に『お届け物でーす!』と言ったいつものようなやりとりをした商人は国王の使者に怒られていた。
なので、俺は『気にしていません。それに日本もこんな感じだったので逆に嬉しかったです』というと使者は『そうでしたか。申し訳ありません……』と頭を下げた。
そして、俺は『いえいえ、だから怒らないであげてください』と言って白い布にまかれた長い物を受け取って帰ってもらった。
何か謝り方が変だと思ったら、もしかしたら俺が日本の事を言ったので異世界に呼んだ事をバツが悪いと思ったのかもしれない。
悪い事したな……また、ティナから誤解を解いておいてもらおう。
「ユータやっぱ優しいな! うん、やっぱいい男や!」
さっきのやりとりを見ていたマリアが俺を覗き込むようにして俺に言ってくる。
どうやらマリアの中で俺の株は急上昇中らしい。
いつかバブルが弾けないといいけど……。
「そんな事よりユ、ユータそれはなんです?」
ティナがマリアをスルーするように棘のある言い方をしながら問いかけてくる。
ティナ……そんな事よりって俺の事も何か思ってる?
まぁでも、名前で呼んでくれてるしいいか。
「ユ、ユータさん、私も気になります」
リリも気になるよな。
それにしても『さん』付けか。まぁでもリリはメイドだしいきなりは無理だよな。
……マリアは例外だけど。
「じゃあ開けて見ようか!」
俺は玄関に置かれた長さ五メートルほどの物にかかっている白い布を外す。
「「「これは!?」」」
「なんじゃこれ!?」
俺は三人とは違った意味で声を上げる。
俺が頼んでいたものは看板だ。
これからケアマネージャーをしていくとなると俺がやってる事を知ってもらうためにも、事業として認識してもらった方がいい。
まあ、日本と違って申請とかはいらない状況だけど、せめて看板を作ってしっかり事業として構えたかった。それにいずれはケアマネ業を浸透させないといけないし。
だから俺は国王に頼んで『居宅介護支援事業所』って看板を作ってもらったんだけど……。
「なんだこの『勇者』って!! しかも右下にラインドリア国王公認って書いてあるし!」
なんなんだよ……勝手に付け加えた上にこのネーミングセンスの無さは……。
しかもこれじゃ看板見た人は俺の事ただの自意識過剰と思うんじゃね!?
「この看板インパクトあるな! うちこういう分かりやすいの好きや!」
「そうですね。これならユータさんがどういった方か一目瞭然だし」
「これならユ、ユータの立場も一目で分かりますしね」
まさかの大絶賛だった。
俺はこの後、散々返品交換しようと訴えたけど、三人にこの方がこの国の今の状況ではやりやすいと説得され渋々受け入れた。
こうして『居宅介護支援事業者 勇者』はこの日開設したのだった。
ちなみにチート能力がある訳ではない俺が一人で看板を設置できるはずがなく、後で城の方へ応援を呼んだのは言うまでもない。