どうやら俺、実は勇者だそうなのですが。
朝。
俺の日常が大きく変わってから数ヶ月、俺はすでに異世界の生活に慣れつつあった。
近所の畑の手伝いをしたり、村の人と仲良くなったりして、使われていなかったという、小さくてボロいが家と畑を手に入れて、俺の異世界ライフは極めて充実していたと言ってもいい。
だからその日もまたいつもの様に、畑に出て人参もどきの野菜の手入れをしていた。
ガッシャンガッシャンと近づいてくる音にふと顔を上げると――
「針屋佐久間さんですね? ……おめでとうございます! あなた様は、何と実は勇者様なのです!」
なんか、いた。
「とりあえず、どうぞ?」
「はい、失礼します!」
鎧に包まれたそいつは、声が高いから女だと分かるが、中に案内したらあっさり入ってきた。
警戒はしようがしまいがどうでもいいが、遠慮とかないのかね、まったく。
コップに水を入れて出して、机越しに向かい合う。それにしても座りづらそうだなーその鎧。
「で、ご用件は何でしたっけ?」
「はい、この度はあなた様が勇者様と判明しまして! おめでとうございます!」
「はぁ、それはさっき聞きましたけど。それで?」
「そ、それで?」
「それが何なんですか?」
「えっ、で……ですから、騎士として私が迎えに参上いたしました! どうぞ共に王都までいらし」
「丁重にお断りいたします」
「即答以上の即答!?」
「だって面倒じゃあないですか」
「面倒ですって!?」
「ああ、すいません失言でした。言い直します」
「あ、はい」
「正直怠いです」
「むしろ悪化してるじゃないですか!」
「それはさておき」
「勝手にさておかないでください!?」
「どうぞお引き取りください」
「えっ、はっ!?」
「どうぞ、お引き取りください」
「二度言われた!」
「三度言いましょうか?」
「結構です!」
ちっ、無駄にメンタル強いな……怒ってさっさと帰って欲しいんだが。
と、このやりとりすらもすでに面倒になりながらお茶を飲む。
「ってお茶!?」
「え、何ですか?」
「客には水で自分はお茶なんですか!?」
「あはは、最大限の気持ちですよ」
「そんなに帰って欲しいんですか!」
え、この人何なんだろう。
いきなり来て歓迎してもらえるとか思ってたのかな。うわ、マジで? 引くわー。
「……口に出てますよ」
「あ、すいませんワザとです」
「悪意しかない!」
「反省はしていない。だが後悔もしていない」
「せめて前者だけはして欲しい!」
「何でタメ口なんですか」
「え?」
「俺は勇者様なんでしょう? ほら、敬語は?」
「理不尽!」
いやー美味いわ、お茶。
特に自分だけ飲むお茶は特に美味いわ。
「うう、と、ともかくあなた様は勇者様なのですよ! どうぞそのお力を我が国のために貸してくださいませ!」
「え、嫌ですけど」
「相変わらず否定が早すぎません!?」
「いや、だって勇者とかいきなり言われても……こっちにも生活とか色々あるし」
「勇者様である以上、それらは国で全て保証いたします」
え、保証ってことは勇者って賃金労働ですらないの? あれ? ブラックなの? ボランティアなの?
「そもそも、勇者って何なんですか? 何するんですか?」
「この国を他国から守り魔物から守り、国の象徴、平和の象徴として民に慕われ、そして各地を回って……」
「面倒くさそう、パス」
特に最後。水戸○門じゃあないんだから。
「最後まで聞いてくださいよ!」
「そうはいってもね、ほら、俺インドア派ですし」
「知りませんよ!」
「朝から晩まで畑仕事して、美味しい野菜を作るのが俺の楽しみですしね」
「あれ!? インドア派どこ行った!?」
「というかこの世界来てから今までそれしかやってないし、それしかやる気ないですし」
「極めて限定的なバイタリティ!」
「それにほら、やっぱり平和な日常ほど尊いものもないじゃないですか……」
「何で急に悟ってる風なんですか!? 今の話からして、あなたこの世界に来てからずっと平和そうですよ?!」
「まぁ否定はしない」
「しないんですか!」
「だが肯定もしない」
「なん、ですって……」
「ただ俺の頭の中は間違いなく平和」
「自分で言っちゃった!」
良いじゃんべつに。
毎日楽しいよ?
「もう、本当にお願いします! ついてきてくださいよ! 王命なんですよ!」
「はぁー、そんなワガママばっかり。しかも、最後に持ち出すものが国家権力ってあんた」
「す、すみません……ってえ!? これ悪いの私なんですか!?」
「んーもー、どうしてもいかなきゃ……ダメ?」
「ダメですよ!というかなんですかその唐突な上目遣い!」
「精神攻撃」
「ある意味! 男のそれを見るのが辛いという意味では確かに精神攻撃!」
「ほんとうるさいなぁ」
「誰のせいですか!」
「と言う話は置いといて」
「流された!?」
「とりあえず、そっちは俺に王都? に来て欲しいと」
「ええ、そうですよ」
「で、俺はここから出たくないし旅とかしたくないし人多そうなところ行きたくないし王様とかにも会いたくないし、つまり勇者とかこれっぽっちもなりたくないしあんたに今すぐ帰って欲しいと」
「正直!」
「うーん……じゃあ、仕方がないですね、ここは折衷案で……」
「おっ?」
「どうぞ、お引き取りください」
「何でそうなった!」
とまぁ、この日はこんな感じで続けてたら相手が折れて帰ってくれて良かった良かったと思ってたんだが。
この女、村の宿屋に泊まっているらしく、それからもちょこちょこ来るのが本当に鬱陶しくてたまらない。
しかも最早鎧もなんも身に付けてないし騎士としての誇りとかないのかね、まったく。
ああもう、ほんと来ないでくれないかなぁ。
いや、来たとしてもコンマ5秒くらいで帰ってくれないかなぁ。
「……それ、本人の前で言うのやめませんか」
「え? 本人の前以外のどこで言うんですか?」
「想像通りの外道!」
本当に何でこんな人が勇者なんだろうか、などとブツブツ言ってる女を横目に、俺は昼食を作り始めた。
今日はようやく人参もどきが収穫できたのだ。春に取れたジャガイモもどきもあるし、よし、今日はシチューでも作るかね。
と、俺が料理をしていれば、女が話しかけて来る。
「……何か、美味しそうな匂いがしますね……」
「え、そりゃ美味しいに決まってるじゃないですか。一応これでも勇者らしいですし」
「文脈のつなぎがおかしすぎる!」
「だって勇者なんですよ?」
「あなたは勇者を何だと思ってるんですか……」
「料理の○人」
「そこに入るのが達でも鉄でも違いますよ!?」
ちょっと、微妙なメタ発言やめてください。
「ああ早く帰ってくれないかなぁ、このうるさい人」
「例によって例のごとく隠す気のない本音が痛い!」
「ってか、何で帰らないんですか?」
「直接聞かれた!? えっ、いや、それは……あの……」
「もしかして昼飯食べようとしてます?」
「ご、ご明察……」
「うわー開き直るとかマジないわー」
「あなたにだけは言われたくなかった!」
「え、いや俺開き直っても何もないですし。最初から堂々と嫌がってますし」
「それはそれでひどいやつ!」
「というか、国家権力振りかざして俺の美味しい畑ライフを邪魔しようとする人にあげる飯はありませんよ」
「うぅ……じゃあ……あの……」
「はい?」
女はジトッと俺を見てから、観念したように机に顔を突っ伏した。
「こ、今週は王都に行くようにとか絶対に言わないんで……食べさせてください……」
「え? 今週だけ?」
「ら、来週も!」
末端とはいえ騎士がこんなふうとか、この国腐ってるなー。
「……ほっといてください」
「いや、だから全力で放置してますよ俺。勇者らしいけど王命無視だし国救う気とか皆無だし」
「あ、そうでした……」
ま、勇者の呼び出しがこんなユルユルな時点で、この世界は十分平和だってことじゃないか。
「ふょっとほこいい話風にまとめるのやめへくだふぁい!」
「口にのいれたまま喋んないでください行儀悪い」
「あいたっ!」
「箸で眉間を刺すのは、行儀悪くないんですか……うう……」




