■07 三色真鱗
「おす、おす、おす、おす、おす、おす、おす……」
フォル達は真鱗移植室にいた。隣室から摩訶不思議な声が聞こえてくるが誰も気にかけた様子はない。
「は~い。真鱗を診察するときは規則なんで、ここにお手を置いて」
セフィロナが真鱗識別装置を指さす。
フォルは緑の鱗がある手の甲を装置に重ねる。
すると装置と直結している水晶画面にフォルの上半身の像が映し出された。
『名前/フォル・グライシス。性別/男。出身国/グラジオラオス。所有マラークスキル名/【真石形成】 真鱗/単色/緑真鱗×3。備考/銃士2班から12班に転属……』
などの個人情報が表示された。
イセルに住む人間の右手には必ず青か緑かどちらかの色の鱗が生える。この鱗の正式名称は真鱗という。真鱗は指紋と似たようなもので同じものがなく、形状波紋で個人照合が可能なのだ。
「ソティの照合はどうだった?」
「手術後にソティちゃんの真鱗を照合したけど、該当情報なしよぉん。ソティちゃんのは、すごいわよ一枚の真鱗に青、黄、緑の三色の色がついてるの~ぉ」
「三色の鱗か! 歴史上数人だぞ! すごいな。力はないのか?」
フォルは感嘆した。ソティは一枚の真鱗で、緑のマラーク者、青のマーテル者、場合によっては黄色の力すらある高次元複合能力者かもしれないのだ。
「緑の真鱗の人がマラーク者になるのは三割。青の真鱗の人は五割の確立でマーテル者になるの。それが単色でなく、ただでさえ珍しい二色や三色の真鱗だと、力の発生率は一割、いえほとんどゼロね。逃げたとき力を使ってなかったでしょ?」
マーテル者やマラーク者の力の目覚めは第二次成長期や精神的ショックなどが引き金になるときがある。珍しい色のあつまりで、それらが力を持つ確立は低いのは考えなくとも明瞭であろう。
「そうか……帝国文字。帝国圏の人間か……エクエスって? 確か……」
フォルは頷くと、ソティが書いて渡してきた紙を見た。
「――騎士よ。騎士階級を示しているわ。文字を書ける。教育を受けられる階級ね」
隣室への扉近くで優雅に足組みし浮いていたルーネが言葉を指した。
「おす、おす、おす、おす、おす、おす、おす……」
隣室からの謎の声は未だ続く……。
「帝国では支配した国を上は王族から下は乞食まで、職業、階級を決める文字印を刻む。乞食ならたとえ能力があっても永遠に乞食と。まあ近年は、特殊貴重マラーク保持者やマーテル者を天啓で採用、次男次女以下は国への奉仕や徴兵とかいろいろあるみたい」
「あの子の敵意は帝国にも向けられていた。奴隷制に対する憎しみといったところか?」
「一概に、そうとは言えないわね。階級や身分が保障されるならと帝国に下った例もある。連合が帝国の奴隷制を崩壊させようとしたとき、最も抵抗したのはその制度の人々だったわ。特に、文字印ありの奴隷は職が、階級が奪われると激しく抵抗した。あの子が、最下層のマラキアなら話が別ね」
マラキアとは風も起こせない無風の意味で呼ばれる帝国最下層の奴隷である。ミルラ紋章印と『0』だけが刻印され、文字印がなく、不浄な存在とされ、文字印有りの奴隷層に酷使され弾圧される境遇の奴隷達だ。
大戦末期、連合はそのマラキアに決起を促し勝利を導こうとした。何もなく最も弾圧された奴隷だから、だ。しかし帝国は王女ミルラへの狂信的な崇拝を武器に、マラキアを人間爆弾として特攻させた。大戦は泥沼となり、両国は疲弊しきり、現在、連合と帝国との関係は停戦状態となって数十年が過ぎている。そんな奴隷なのだ。
フォルはソティの姿を思い出す。雷撃を受けて出来た電紋――皮膚の熱傷、豪奢な金髪と張られた保護ガーゼで隠れていたが、残りの紋章印と数桁の数字があったのを覚えている。一桁でない。なにより兄が騎士なら騎士だ。
「ソティは騎士だろう」
きゃあ! ソティちゃん。騎士なの~とセフィロナが後ろで騒ぎ出す。
「……あのとき、な。俺が最初に目撃したのは女の子で、二人組だった。文字印が二人とも貴族で、それに顔が似ていた」
「帝国の奴隷制は階級上下間の通婚は禁じている。顔が似ているのならほぼ姉妹ね」
「だから、ほかの子もそんな気がして、ソティにあの質問をした。兄弟、兄妹、姉妹、姉弟……手間のかかる集め方をしている。こんな足のつきやすい集め方、異常だ」
「何か意図を感じるところね。ファンテ、どう?」
隣室で作業していたファンテに、ルーネが声をかける。
「おす、おす、おす、おす、おす?」
ファンテは真鱗のデータバンクである装置のボタンを連打していた。
ボタンが押されるたびに、画面には女性の上半身の像と文字情報が次々と映し出されていく。装置の隣には、栗毛髪の女がスケッチされた紙が貼ってある。
「いたの?」
「マーテル攻撃系の石使いで、おす。女の子で、おす。二十、三十代と限定して見ているけど、おす。この連合圏の国で登録されているだけで数百万人いるから、おす。かなり時間がかかると思うの、おす。それに連合以外に属する国の人や帝国の人だったら登録されてないだろうし、おす。ルーネちゃん、なんか咽が痛くなってきたよ。おす、おす」
「ボタンを押すたびに声を出すからよ。その声をやめなさい」
ファンテは目をぱちくりして考えこんだ。そして、またボタンを押しだす。
「めす、めす、めす、めす……」
「いえ、そういう意味じゃないわよ……」
ルーネが何故か目を細めた。
「……ねこたぁん。にゃあ、にゃあ、にゃあ、にゃあと言うと喉、痛くならないわよ」
「ねこたぁん。にゃあ、にゃあ、にゃあ、にゃあ……」
「ウソ、教えるなよ」とフォル。
「ああ! フォルちゃんったら~、緑真鱗を割っちゃって。緑と青の真鱗は今の真鱗技術じゃ作れない、自然に生えるものなのよ~。薬、塗っておくね」
セフィロナがフォルの割れた緑の鱗にスポイトで薬を垂らした。
「治るまで強化用を貼ってほしい。二枚じゃ心ともない。貼れそうか?」
横合いから特殊透過レンズを移動させ、セフィロナはフォルの手を覗き込む。
「大丈夫。一枚貼れそう。真鱗の根線が集中して、発源があるから」
イセルの人間には真鱗根線という神経に似たような根が全身に広がっている。根線が多く集中すると、発源ができ、真鱗を貼れるのだ。
根線は脳、額、右手の順に多く集中する。よって、額にも真鱗を貼れる。正し、額は脳に近いため高度な手術と長い時間が必要になり、あまり好まれて貼られる場所ではない。
「強化用。赤色ね~」
セフィロナがピンセットで特殊液体に満たし保存してあった人工真鱗をつまみ、レピド注射銃に入れた。
「――色、気をつけた方がいい」
ルーネがぽつりと言う。セフィロナの動きがびくぅと止まった。
「え? 何色だ?」
フォルが問う。
「信じられないけど、それ桃色よ」
「なんだ、その色は! また新しい鱗を開発したのか! どんな効果がある!」
「――巨乳」
セフィロナがぼそりと言う。
「はっ? 二度発するぞ、はっ? はっ?!」
「胸が大きくなるのぉ。女性ホルモンを増進させ、たちまち可愛い女の子に♪ きゃん♪」
医術院の院長にて真鱗博士。それがセフィロナだった。
「きゃんじゃねぇ! んなもん、貼るな!」
「だって、娘が欲しいんだもの。紫のドレスが似合うフォルちゃんが見たいんだもの~ぉ」
「紫を着せるつもりだったのか。断じて娘にはならん!」
フォルの一喝を受け、セフィロナは渋々、別のレピド注射銃を取り出し、強化用の赤の真鱗を打ち込んだ。仮面のガラス越しの視野で色が変わってしまうフォルは赤の真鱗があることをルーネに確認してもらい安堵する。そのとき、アルベルが入ってきた。
「アンシャンボロのオーナーと会えることになった。早速……おや、これは珍しい色だね」
アルベルはレピド注射銃を持って、中の、桜色の真鱗を興味ありげに見詰めた。
「フォルちゃんのために、つくったのよ~」
豊満な胸を揺らし自信満々にいうセフィロナ。俺のためにつくるなとぼやくフォル。
「にゃあ。咽が痛くなっちゃった。少し休憩。何か飲み物ちょー……きゃあ!」
と、隣室からやってきたファンテが足をもつれさせ、派手に転んだ。
アルベルがいる方向へ――レピド注射銃が作動する音がした。
あ! とフォル、ルーネ、セフィロナが異口同音で声をあげた。
アルベルの上に、ファンテが倒れ込んでいる。そして桃色の真鱗が右手の甲にしっかり打ち込まれてしまった。
数分後、身体の異変に、絶叫が響くことになる。
『名前/アルベル・ハイウイシュ。性別/男。出身国/ヘリオトロープ。所有マラークスキル名/【圧力空間】 真鱗/単色/緑真鱗×2 黄真鱗×1……』
の個人情報に『……桃真鱗×1 備考/男性ですが、ゆえあって巨乳。検問、検空など通してやってください。ええ、決して、あやしい人じゃありません』が追加された。
捜査メモ。
ソティが騎士階級の奴隷と超真鱗持ち主と判明。
アルベルが特殊真鱗で巨乳に。ぷるるん。
次回、キーツ一味の動向→