■41 フォーブラの怪物 《ルブルムの魔風》
フォーブラの怪物《ルブルムの魔風》は空に舞う。
「最悪ね。取り憑き型はすぐに、こっちに湧き出る……」
二撃である。ルブルムの魔風の二撃によって、あっさりと奴隷印官トランと骨なしの怪物は戦闘不能状態にされた。そう、された筈であった。
「やっと肉体を手に入れた……! 私は恐怖をもっと恐怖を食らえる存在に!」
骨なしの怪物はずぶずぶと奴隷印官トランを内部に取り込む。それが収まると影の沼にぽつんと髑髏だけが浮かんだ、奇妙な液体となった。
静寂。
髑髏の目玉のない眼下に、青い火が灯る。
深い闇色をした影の沼から弧円形の黒い山が盛り上がり、その頂上部分には髑髏が張り付いているという影沼の怪人が出現した。胸部には、恐怖の表情のまま硬直したトランの顔があった。
骨なしの怪物はトランの心の影を捕らえたことによって、格上の影沼の怪人に変貌したのである。
死神にも似た姿。緑の隈取りを施した凶人の髑髏だ。憑依したものの心の闇を好み、喪失感や絶望を糧として、最後は狂人、廃人に導く精神世界に住まう心の死神・影沼の怪人だった。
「コヤツはお前を姉と誤認した。姉を殺したことを認められない愚かな男よ」
老人の嗄れた声である。しゃべっているのは骨なしの怪物であった。
「あ、そう」
刹那、ルブルムの魔風がその美脚を天高く振り上げ、骨なしの怪物の背後に出現。
骨なしの怪物は咄嗟に飛び逃げ、緋色の軌跡が虚しく描かれた。
「あら。案外早いのね……」
「お前……獣人か?」
骨なしの怪物は問う。この女が緑の塹壕服を投げ捨てた瞬間、ぴっちりとした緋色のレザースーツと、尻尾と猫耳を生やした凄艶な姿となったのだ。
「私? 私は、ねこたぁんよ」
ルブルムの魔風は口元に人差し指を置き、妖しく笑うと舞う。
「獣人か、人間かどうでもいいことじゃな。お前を殺せば、コヤツの苦しみと絶望は深くなり、さらなる私の糧になるのだから……それが重要じゃ!」
骨なしの怪物は飛翔戦斧二本を骨の手で掴み投げやった。
ルブルムの魔風は空を舞う。
ルブルムの魔風の足先が緋色に円を描くと、飛翔戦斧はあっけなく切断されて落ちた。
ルブルムの魔風は四肢を地に尽き、美しい片脚を伸ばした姿で着地する。
「失望よ。聖書共通の特長して最初に力場を展開するの。アナタなら見えるでしょ?」
「こ、これは……! 魔力が流れてゆく……! 私の魔力が!」
骨なしの怪物は己の身体からルブルムの魔風に向け魔力が流れるのを見た。
「魔具、異界の力から魔力を奪う力場よ。聖書はアナタのような存在を葬る力。異質の、敵対した相手の存在力、魔力、能力などを総合して、章が解放される。一章を解除!」
手元に出現した緋色の手甲をガチンとかち鳴らし、ルブルムの魔風は舞う。
「失望ね! 失望、失望、失望! 失望ーぉ! アナタは一章程度の存在!」
疾風の早さで跳躍したルブルムの魔風によって骨なしの怪物が膝蹴りを喰らい舞う。
「……ぎょえ! 私は力を得たのだ! こんな、こんな簡単に!」
「そうやって取り憑き型は間違いを起す。人の心に寄生しているだけなのに。魂の共鳴もなく無理矢理、意志の弱さを奪い、現実化するから弱い」
ルブルムの魔風は遠目に確認した鉤爪の鳥人を見てうっとりとした。
「あっちの相手は三章か。付き添い型の妖精は強いのよね。魂から力があるから。交換してほしいな……一章じゃ、満足するまで、殴り殺せない!」
「ぎょえ! ぐえ! がはっ! ぎゃああ!」
骨なしの怪物は殴られ殴られ蹴られ蹴られ、
右に――蹴られる。
左に――殴られる。
どこに逃げようが艶笑するルブルムの魔風が即座に現れて殴り舞う。
容赦なき殺戮者の舞だった。骨なしの怪物は必死に隙をつき、沼影の腹部からろっ骨を突出させ、両側からルブルムの魔風を絡め挟んだ。
「やったぞ! 無様に切り刻んでやる!」
「そうよね。抵抗ぐらいしてくれなきゃ。いけないわ」
歓喜でぺろりと唇を舐めたルブルムの魔風がばりばりとろっ骨の包囲網をへし折り、あっさりと、あっさりとである。抜け出されて、骨なしの怪物は叫ぶ。
「なんて、怪力なのじゃ! ぎゃあ! ここを殴るのか!」
胸部のトランの顔を容赦なく殴られ、骨なしの怪物は叫んだ。
「大事にしなきゃいけないのは、アナタの方でしょ? さーあ、地を、空を、風すら赤く染めるまで、殴り殺しよ!」
肉食獣じみた笑みをすると、ルブルムの魔風は舞う。
一方的な戦いであった。黒い皮膚は裂かれ、骨が砕かれ。もはや骨なしの怪物は抵抗する意志がなくとも執拗に殴り続けられた。
殴る殴る殴る殴る。
「やめて! ごめんなさい。私は! ぐわ! 姉さん。殺した! 俺が! いやじゃ! ごめんなさい俺が、私が、俺が殺したーぁ!」
悔恨と悲痛なトランの声と老人の声が入り交じる。
ふいに青い鎖が流れた。
現れたのは輝く青蛇。
青蛇は骨なしの怪物を絡めとり、遠くに引っ張り投げやった。
突然の来訪者であったがルブルムの魔風は涼しげな顔で舞う。
「まだ殴りたりないのよ」
物欲しそうにルブルムの魔風が言うと、輝く青蛇がしゃあっと威嚇した。
「そんな怒らないで……封印するわよ」
ちょっと泣きそうな顔をして、溜息ひとつ。
「面倒くさいわ。面倒くさいのー。めんどいにゃあー」
ルブルムの魔風はけだるそうにフォーブラの刻印を輝かせ舞う。




