■39 フォーブラの怪物 《星彩のストラ》
フォーブラの怪物《星彩のストラ》は静かに佇む。
「この女。マーテル結界者だったはず! 石を使わずに、何故?」
荒れ狂う火焔の中、無傷で佇む女銃士の姿に赤騎士は叫んだ。
突如、女銃士が奇妙な姿と変貌したのだ。
その星彩のストラは群青色の魔導光の入れ墨を走らせた発光体の艶姿で静かに佇む。
「最大の火力で始末してくれる!」
赤騎士が輝き、巻き起こった二条の火焔竜巻が星彩のストラを包む。炎熱の強者である赤騎士のこの力から逃れるすべはない。赤騎士は瞬く間に女が灰燼と化したと確信した。
しかし――
星彩のストラは静かに佇む。灼熱の火焔を心地よい春風のように身に受けながら。
「私は《星彩のストラ》の異名を継ぎしもの。その程度の炎では私のドレスを焼くことなどかないません」
「その程度だと! この炎は飛空艇も戦車すらも飴細工と熔解させる絶対的な高熱だ! それを……! 魔具か! 銃士が、魔具を持っているとは!」
赤騎士が両篭手から熱線を連射する。
「魔具ではありません。これは聖書。星彩のストラの序章の解除は土水炎風に完全に近い耐性を得ます。その魔具に頼っている限り、私に触れることなどできません」
いくつもの熱線を軽く弾き、星彩のストラは静かに佇む。
「何をほざく!」
赤騎士は炎風、熱線とあらゆる攻撃をしたが星彩のストラは静かに佇む。
「三つ、いいことを教えましょう。一つ。私は今、耐性だけを上げた状態です。それ以外は、人と変わらない。ふいをつかれれば、少年の短剣にすら破れる存在……」
「ならば、押しつぶす!」
焦りもあり赤騎士は星彩のストラを押しつぶしに飛んだ。
甲高い音が唸った。
「黒魔石! 物理結界か!」
星彩のストラに触れる間際で、黒い障壁が出現し、赤騎士は叫ぶ。黒魔石は物理的結界を張る、高価で貴重で、その力の発現もマスタークラスでなければ難しい石だ。
「数秒! 黒石の効果時間は! 数秒だ! このまま、押しつぶす!」
赤騎士はその時間を凌げばこのか細い女をこの巨体によって押しつぶせると踏んだ。わざわざ黒石を使用し身を守ったのは物理には弱いということだ。
黒障壁と灼熱の赤騎士の右肩が擦りあい激しい火花を散らせる。
「二つ。星彩のストラの二章は既に解除されています。二章の解除は石から引きだす力を数千倍に強化すること……」
「数千倍だと! 化物か! 信じられぬ!」
「三つ。私はここに降るべきものを先程から封じておりました。だから、この場にきてほしかった……所詮、私は結界を張るものですから」
星彩のストラは掌から青い宝石を見せつけ佇む。
「水封じの藍玉石!」
藍玉石を見せられ、赤騎士は気付いた。この場所独特の音がしてないことを。あのうるさい、イセル十奇景ラガン山にある数百の滝音全てが止まっていた。
「なんだ、これは!」
赤騎士は見上げた空にうめいた。空が歪んでいた。水を封じる結界であった。それもすり鉢状に、信じられぬほど広大に展開され、落ちるべき水を大量に溜め込んでいた。
「これが、人がなせる技か? 広域に、これほどの結界を張るとは! まるで、これは……星彩のストラ?」
赤騎士はキーツ様が神話関連の資料を調べていたとき、それを見かけたのを思い出した。
「わだつみの時代。星がほしいと愛妾にせがまれ、町や村に星を落とし続けた狂王がいた……確か、そのとき現れたのが……星の雨すらも凌ぐ星彩のストラ……ひっ!」
赤騎士が身を引いた。星彩のストラの今まで閉じていた瞼が開かれていた。淋しげな深紫の眼が赤騎士を捉えている。人の心を捉える異端の眼。藍玉石が割れると、水の結界が解かれ、盛大に、盛大に、水の超絶激流がその圧力を持って落ち込んでくる。
「お、俺は炎の勇者! たがが水などに溺れぬ!」
絶大な魔力を解放し、赤騎士の鎧が発熱し勢いよく極上の火柱が立ち昇る。
落下する水流と火柱が混ざり合い、水蒸気が巻き上がる。火と水の饗宴は周辺に分厚い水蒸気の終幕を降ろした。
「……水圧で押しつぶすつもりだったのか? それとも水で溺れさせるつもりだったのか? 残念だったな!」
水蒸気が薄れ、肩で息をしも赤騎士は水の瀑布から生き残りいう。勝ち残ったと思った。
「いいえ。私は貴男を炎に溺れさせたのです。魔具は無限でなく有限。休眠の間を取らなければ、そうなる……魔力の枯渇」
「鎧が…!」
赤騎士の鎧が嫌な音をあげ軋み、片膝を付く。鎧に黒い染みがじわじわと侵食しだした。魔力不足、限界に近い力を断続的に使用したため、魔具としての力が崩壊し始めたのだ。
「貴男は溺れた。魔具に溺れた。力は使わずにいられない。使うことに慣れ、炎に溺れた! 命を焼くことに慣れてしまった貴男には相応しい最後でしょう」
「ぐぬぬぬぬ! 負けぬ! 国を取り戻すまでは!」
赤騎士は飛行能力で飛び立とうしたが、鎧が鉛のようになって、その場に落ちた。
「抵抗力が低下すれば、封殺しやすいのです。終わりにしましょう!」
星彩のストラは右手にフォーブラの刻印を輝かせ、静かに佇んだ。




