■03 連合銃士12班
“神話とわだつみ”時代。
人は雲の園からはかなき緑の雲を、そう――神々の空をかける業を盗みだそうとした。
この傲慢たる人の所業に大神ゴルサール様は憤怒なされた。
大神ゴルサール様はイセルの地にあった海という海を、灼熱の光炎で焼き払いになられた。さらに大神ゴルサール様は人が連帯せぬよう大地を押し上げ、苦しみの運命の車輪と、底には人を喰う雲の大竜を放った。
絶壁の大地から覗くのは、光すら届かぬ暗黒の底。
そして、生きる白い竜の雲。
こうして、イセルの全てが断崖絶壁の大地となった……
しかし神が地上から消えた頃、人は暗黒の底を越えた先の大陸を目指すようになった。
“鋼鉄と魔術”の時代。人は翼竜や魔獣、魔法の魔導船により大陸間を行き交った。
“飛空艇と火薬”の時代。人は鉄の船や飛空艇で大陸間を行き交った。
探求心で、あるいは同胞を懐かしみ、または己の領地を広げんがために。
神の目論みは崩壊したのである。
これがイセル。
断崖絶壁の大地の世界。奈落の白い海を抱える絶壁の世界イセル。
そんなイセルの断崖大陸の一つに、天に伸びる剣状の葉をもった百合を紋章にしたグラジオラス連合国という国がある。
このグラジオラス連合国は奴隷制をひき世界を席捲した北の巨大多民族軍事国家ミルラ帝国に対抗して、国々が友邦組織と結束したのが元である。
そして、この連合には軍事的措置をする軍武院と警察的機構の検武院銃士班隊という組織があった。
検武院銃士班隊は銃士院長を頂点とし、12班で組織されており、1班は警備警護、2班は窃盗殺人、5班は交通関係、と様々な犯罪を取り締まっていた。
からん、ころん、と澄んだ音色を奏でる風車が緑の草原に点々と白色を誇示している。
風音のやまぬ国トゥリパ。
その首都スィフルから少し離れた箇所に白亜の砦と呼ばれる大理石の建物がある。この建物こそ連合トゥリパ支部であり、銃士12班隊の狭苦しい部署があった。
「やー! 我こそは茸の下のリリパット族が騎士ウルペンネ! このフォークになおれ!」
「何を! この豆小人族のキロンに向かい、その暴言、許さぬぞ! 貴様こそ、このナイフの錆びにしてくれる! 勝負ぞ!」
聞こえる叫びは部署内にある小さな格闘場から。人の小指にも満たない背丈の小人騎士がキリギリスやバッタに乗って、フォークやナイフを片手に戦いを繰りひろげている。
賭けた豆小人騎士が負けると毛づめ鬼カルカースがむくれ、リリパット騎士が勝って嬉しさあまり妖精フィービーが飛びあがってくるりと宙返り。
さらに、この闘技場の周囲を見渡せば……
毛むくじゃらの白妖犬ガリートロットが腹を出しぐーすか寝は、その腹の上で妖精ピクシー達がきゃきゃと跳ね遊びの、長靴をはく妖精猫ケットシーが細剣をかざし口上をたれは、それを邪魔するべく熊人が太鼓を叩きのと、妖精どもがわらわら騒がしく闊歩している。
そんな妖精達が溢れる部署内で、フォル、ルーネ、アルベル、ファンテ達の四人が神妙な顔つきで席に座っていた。
「今回の事件はいつものように原因不明の事件として、我々にまわってきたものだった。その内容は飛空艦アンシャンボロで多発していた、機械類の部品を盗む犯人を調査し、逮捕すること」
声の主は連合銃士12班隊班長のことリリー・アンである。眼鏡をかけ、眉上で生真面目に切り揃えられた紺青の長髪は腰まで真っ直ぐ流れ、その性格を象徴するように知的さと強い意志を感じさせる。襟の階級章は[上級銃士:座天三位]。ルーネより一段上だ。
「調査の結果、原因は機械類に悪戯するこの小鬼――」
リリーは机上のある袋を指さす。袋は三つあり、小悪魔が首をだしていた。一つの袋だけは二匹の顔がでているので、合計四匹の小悪魔がいる。
「インプ達であった。知ってのとおり、この種のものは通常の人間には見えず、一般のものにとっていまや民話や伝承の中だけの存在だ。よって、事件を解決するに当たって、意志ある雲から分離したガスクラウドが船内に残留し、機械類を融解させていたと報告。まあ、言いくるめだが、船のオーナーに、この小鬼達を見せても見えない。見えたとしても、騒ぎが大きくなるだけだからな。それで、今事件は解決した……そう、それで終わるはずの事件であった。だが、この始末書と苦情書類の山はなんだ!」
リリーは山積みになった書類がある机を叩き、美貌の顔に忿怒の表情を張り付けた。そして額を指先で押さえ、一枚の書類を淡々と読んでいく。
「一般市民より銃士が任務中、女性を口説くのかと苦情。大浴場での痴女出没騒ぎ。オーニング神像の弁償代。アルビース絵画展での乱闘騒ぎ。飛空艇格納倉庫の弁償代などなどなどーぉ! 毎度のことだが、余計な事件を増やすとは!」
この発言の対して、該当する箇所それぞれに反論らしきものがあがった。
「運命の女性に会う機会は一度だけ。その機会を邪魔するような密告があるとは無粋な!」
「痴女? 失敬な。誤解です。任務上、仕方ない潜入でした」
「ファンテは像なんて壊してません。触っただけですの! 触っただけでーす!」
「うむ。あれはスリ犯を追跡上、不可抗力である。断じて、責められるものでない」
そう主張した四人を、リリーは瞥見し、断固たる口調で話し始めた。
「アルベル。運命の女性の話は145回目。いや、今日できたてのその頬のも合わせれば、146回目になるのか? 運命の女性が何人いる? いいか、仕事中は誰も口説くな!」
「美人の女性に声をかけないことは、僕にとって息をしないってことです。無理ですよ」
笑顔で言いのけるアルベルの右頬にはキスマークがあった。
「ルーネ。任務上、仕方がない場合もあろう。しかし、大浴場で火銃を発砲する必要はあるまい。それに、ひとり気絶しているな」
「ものは小さい癖に、態度だけは偉そうだったので、玉を打ち抜くべしと淑女の本能が……。いえ、つい股下ぎりぎりに発砲を……そう、それも任務上、仕方がないことでした」
無表情のルーネがきっぱりと言いきる。
「ファンテ。あの植木鉢にある物体はなんだ?」
リリーが出窓に飾れた、奇妙な石が差し込まれた植木鉢群を示した。
「――はな!」
「その隣のは?」
「――手!」
「オーニング神像の鼻と前回壊したマーシャ像の手首だ! 二度と、石像に触るでない!」
「触ってはいけない。ファンテにとって、それはそれは魅惑なもの。だから、無理です」
ファンテが手を胸元に置き、頑固たる調子で言う。
「フォル! 目前で起きた犯罪を阻止することも大事だ。だが、その前はどこにいた? あの船ではアルビース美術絵画展が開催されていた。まさか見にいってないよな?」
「うむ。アルビース画伯が描く雲の絵は素晴らしかった……いえ、挙動不審な人物を見かけ、目前で起きる犯罪を阻止すべく頑張っておりました!」
フォルが平然と言いのける。
そこまで聞いて、リリーは黙り込み、一同を冷然と見渡した。ひと呼吸の間があり、
「減俸……お前達は全員、減俸だ!」
リリーが憤った激情とともに宣言した。一同が騒ぎ始める。
「減俸、断じて否! 班長は悪魔だ!」
「悪魔! 悪魔! 悪魔なの! ツノツノ!」
「僕の目の前に悪魔がいるよ、悪魔が!」
「慈悲なし。班長の頭には角が!」
四種の反発の声にリリーの長方形の細長い眼鏡が鈍く輝き、四人は怯んだ。
「反省もせず、その態度は何だ! 挙げ句に、私を悪魔と罵るとは! 見よ、この――!」
リリーは姿態をやや弓なりに反った。
続けて、曲線見事な右脚を半歩前に出し、美しい正三角形が形成されるよう左手を腰へ添える。白い指先そろう右手は胸元に置き、眼線は斜め右上を20度ぐらいの角度とする。
毅然としたその容貌は、窓から差し込む光にも演出され、国宝にも値する生きた美しき彫刻と転じた。
「麗しく、優美、華麗な私にどうして、そのような悪罵のたまう!」
「わざわざポーズをとるな。ああっ、真似するな。ピクシーども! 調子にのるから!」
麗しく、優美、華麗なポーズを取ったリリーの前にある机上で、同じく麗しく、優美、華麗なポーズを四匹のピクシー達が真似していた。その四匹がフォルに真似をするな、と言われた瞬間、じわっと眼に涙をためた。
「おお、可哀相に! 我々は妖精を保護する班でもあるのだ! もっと自覚をもてい!」
リリーがおいおい泣く四匹の妖精を抱き込んだ。
そう、この銃士隊12班隊は消えゆく妖精幻獣類を保護し、あちらの世界へ帰還させる、あるいはその系統の事件を解決するための班なのである。
しかし、今は航空用飛空機関【アーラ】によって発展したプロペラやビスのついた外観で油に汚れた飛空艇が飛ぶ“飛空艇と火薬の時代”である。妖精や精霊は消えゆき、口碑や民話の存在だ。民間人の生涯で妖精を一目見られたら奇跡と云ってよい。幻想の話なのだ。
なのに、こんな多くの妖精達がいるのは保護され、この部署が気に入った妖精達が留まっているからであった。この施設が建築された場所は、妖精の国へ繋がると伝えられる妖精丘と呼ばれる場所であったのも原因らしい。
「もとは、だろ! 最近はみょうちくりんな事件ばかりだ! 八千弾のスライム事件とか、砂漠の雪男事件とか、露出狂の透明男事件とか!」
近年の12班隊は保護する妖精もめっきり消え、他の部署でどん詰まり、お手上げ状態の珍事件、難事件、未解決事件などを扱う部署となっている。
「フォルちゃん! スライムの時はファンテが止めさして、砂漠の雪男事件は聞いたことあります。露出狂の透明男事件ってなんですか? 露出狂で透明男って変!」
ファンテが妖精猫サンダリオンを膝にのけって、尋ねる。
「その露出狂は体を透明にするマラーク者だったのさ」
「あの有名な、大盗賊ザルパさんが持っていた【透過外衣】みたいなマラーク?」
「あれとは違うわ。肉体そのものを透明にしたのよ」
ルーネが口をはさみ説明した。フォルが頷く。
「そうさ。肉体は透明になった。しかし透明になったら人間が生きていけない血管は、そのままだった」
「血液が赤いのは酸素を運ぶためだからね」とアルベル。
「そう血管だけは透明にならず、目玉や血管が多く集中する内臓器官も消えない。それで、最悪なことに、男は露出狂であった」
そこまで聞いて、ファンテが想像する。
夜道、いたいけな少女を待ち伏せするコート姿の男。コートをバッと開き、てっきり恥部を見せられたと悲鳴をあげる少女。
しかし、ちょっと大人に憧れていた少女が指の隙間から見てしまったのは……顔の形に浮き出た毛細血管やら、鼓動する心臓やら、脳やら、肝臓やら、内臓やらの血管人間。
「フォルちゃん、変態なの!」
「俺かよ!」
フォルが心外とばかりに声を張り上げた。
「この馬鹿者! この優雅な私に妙なものを想像させるな!」
話を聞き入ってしまったリリーが叱る。
「本題に移るぞ、本題に! お主達を野放しにすると、全く話が進まん」
近年の12班隊は変質的異能者を取り締まることが多く、他の部署からもそういう犯罪を扱う部署だと認識され、妖精系統を扱っていると知っているのは極一部の人間だけだ。
リリーは目にわかるほどの溜息をついて心の平静を取り戻す。それから悠々と安楽椅子に身を沈める。もちろん、あの四匹の妖精ピクシーが大急ぎで、葉っぱでつくった椅子を運んできて真似っこする。
「さて。承知していると思うが、今回の事件。我々12班隊が担当することになった。どうも私達の領域の事件になりそうだ。それで、スリの男だが……ルーネ」
ルーネが写真つきの一枚の書類を提出した。
「はい。やはり、スリ男には犯罪歴があり、それから名前が判明しました。名はハイツ・ジャイカ。スリ行為で犯罪を繰り返しており、2班の方で何度か捕まえていたようですが、このハイツは……」
「――妖精憑きだったんだね」
アルベルが言葉をさす。
「その通り。妖精憑きの犯罪者を、マラーク者の犯罪者と封目牢に投獄していたため、三度捕まってますが、三度とも脱獄してます」
封目牢とは手の鱗と共振させ、スキル使用を不可能にする能力者専用の牢屋である。鱗の発光状態が猫目に似ていることから、眼を封じるネコ牢と呼ぶものもいる。
「今の時世。妖精の存在を信じ、その存在を見られるものなど皆無。その対応では、逃げられても致し方があるまい」
そこでリリーがフォルに視線を向けた。フォルは木炭筆でさらさらと何か描いている。
「できたか?」
「こんな感じの妖精だった」
フォルは描いた絵を一同に見せた。短時間で描いた絵なので粗削りだが、あの燕がほぼ再現された巧みな絵であった。
「これは妖精燕だな。良き旅行者には追い風を送り助け、悪き旅行者には向い風で邪魔をする、風を操る旅妖精。憑き方は、取り憑き? 付き添いのどちらだ?」
「付き添いでーす。もう守護妖精って言っていいくらいかも。自分から進んで守ることもあれば、ゆーことも聞いてました。……肉球すきなの。むにゅむにゅ。とりこなりー」
ファンテが妖精猫サンダリオンの肉球をぷにぷにする。
「ハイツは妖精が憑いていることを自覚し、命令もできるか。妖精は大概、人知れず守ってやるものだが……。これは厄介な相手だ。犯罪を重ねているだけあって、ジーニアス現象を起こしたとき、どうなるか解らない。現象を起こす前に、捕まえなければならん。ほかにこの男に関してないか?」
リリーがずれ落ちそうになった眼鏡をなおす。もちろん、四匹の妖精が真似を……いや、眼鏡を用意してなかったので大混乱だ。
「数日前、クドルル美術館より盗難届けがありました。キンマ盤という美術品を盗まれたそうです。それがごく最近にハイツが行った犯罪です」
ルーネが言うと、ファンテが妖精猫の前脚を可愛く持ち上げ挙手して発言した。
「はいはーい! ハイツさんの手から、おにゃ♪ と、板みたいなの落ちていました!」
「ああ。怖い美人さんが落ちたのを拾っていたね。その板かな?」
「怖い美人?」
アルベルの発言を受け、美しい柳眉をひそめたリリーに、フォルが描き終えた絵を見せた。あの右手が不思議な革袋をした半身を持つ教師のような女の絵だ。
「報告によると、この右手は怪我でないのだな?」
「それで俺と、ルーネ、ハイツの三人が殴り飛ばされましたから。この女はハイツに燕がいることを知っています。第二の感覚が強いようです」
第二の感覚とは超自然を感じられる力のこと。虫の知らせや何もいない部屋で何か視線を感じるときの感覚だ。強弱はあるものの誰でも持っているものであり、この感覚が強いほど、その種のものを知覚できる。現代ではほとんどの人間がこの感覚を失っている。
「大人三人を一度に殴り飛ばし、妖精の認識できるほどの第二の感覚。普通ではないな。騎士の絵はできたか?」
「かなり自慢して言おう! 俺はマラークスキルを暴走させてしまい、余裕がなかった。よって、かなり色々と覚えがない!」
フォルが人差し指を天に向けいい、たまたま通りがかった妖精猫ケットシーがびしっと真似をする。
「自慢になるか! この馬鹿者が! 他の者は?」
「残念ながら聖書が感応するまでの接触は得られていません。ただし、ひと目見ての感想だけ述べれば、あの鎧で、あの機動性と浮遊力を得るのは現在の飛空技術では不可能です」
ルーネが冷静に述べ、リリーが頷く。
「現在にない技術。……気になるな。我々が処理しなければならぬ案件になるかもしれん。もう少し接触があればよかったが……もし“鋼鉄と魔術”時代に作られたものだったら、その騎士の鎧は――部外者が来たようだな」
そのときであった。
騒いでいた妖精達が忽然と消失し、あるいは壁や窓へと溶け逃げ、石の妖精乙女が所定の位置にいくとそのまま部屋の置物の乙女石像と擬態しやらと隠れ消えていったのである。
瞬く間に部署内には妖精達がいなくなり静寂だけが取り残された。
「ソティちゃん~ちょっと待ちなさ~~い」
声を聞いて、フォルとリリーの顔が面倒くさいのが来た、そんな表情になった。
「部外者? あの声はセフィロナちゃんですよ」
ファンテが不思議そうにする。膝には妖精猫サンダリオンが、見た目は猫のまんまなので居座っている。
「もう一つ足音がある、そっちかな。セフィロナ君は妖精に受け入れているから」
アルベルが言う。足音がとまった。一同の視線が、扉へと注がれる。
「お前ね! 私の邪魔をしたのは!」
扉が壊れんばかりに開かれた。
どこかの御息女か。力強い眉と愛らしくも凜とした顔つきで、乱れた髪を粗暴に揺らす。
仁王立ちで、金髪の少女が立っていた。奴隷船に乗れず取り残され、怪我したあの少女だと一同は気づいた。
金髪の少女はひと呼吸すると――
「このぽかたん! ぽかたん! ぽかたん! ぽかたん! ぽかたん! ぽかたん! ぽかたん! ぽかたん! ぽかたん! ぽかたん! ぽかたん! ぽかたん! ぽかたん! ぽかたん! ぽかたん! ぽかたん! ぽかたん! ぽかたん! このぽかたん!」
ソティは叫びだし一同はその剣幕に飲まれた。何事かと置物の乙女石像は横目で盗み見し、幾匹かの妖精達が机下や窓の隅からのぞき見し始めたほどだ。
「おまえのせいだ! お前をぶっ倒してや――」
言いかけて、唐突と、少女は顔面から床に向け豪快に倒れた。ぴくりとも動かない。
「言った自分が……ぶっ倒れた!」
と、ただ一同は少女の威勢と衝突した鈍い音に引き気味に唖然とするしかなかった……
捜査メモ。
スリ犯が盗んだ美術品がなにかクドルル美術館で聞き取り。
次回、奴隷船から取り残されたぽかたん少女ソティへ事情聴取→