■38 フォーブラの怪物たち
カルデラとなった火山の窪地には数百の滝がマグマの中に流れ落ち、激しい水蒸気の靄を立ち昇らせている。立ち並ぶ菜種色の水晶の輝きが、蒸気の靄と共演することによって眩惑とした空間をつくるラガン山脈。イセル十奇景のひとつだ。
「キンマの道を、今ここに!」
青騎士の鎧を着たキースが捧げる緑色のキンマ盤が激しく輝いた。
キンマ盤に秘められた開門の力が発動する。
大気が揺れ、灼熱のマグマと蜂の巣段差が割れ始め、巨大な谷間ができあがると、キンマ神殿がせり上がっていく。
キーツ一味は最後のキンマ神殿が現れたことに歓喜した。
しかしその歓声を打ち破り、轟音が唸って、暗い影が過った。
「連合の飛空艇!」
頭上を飛行したグラジオラスが刻印された円錐型のテリエ級超高速移動飛空艇を目撃し、キーツが叫ぶ。飛空艇より青銅色の球体が射出された。雷鳴如し速度で飛来した五つの球体は、着弾する寸前に飛空上昇の力を解放し、地面にふんわりと降り立つ。
「お前達の下らぬ野望はここで終わりだ!」
球体の扉をけ破り、フォルが登場する。続けてルーネ、ファンテ、アルベル、そして、班長リリーが細剣を構え叫ぶ。
赤騎士の鎧、白騎士の鎧、青騎士の鎧。そしてキンマ盤。それらに秘められるのは魔導の力。
「魔具の存在を完全感知。フォーブラの聖書! 序章を解禁! 全ての魔具を封殺せよ!」
リリーの一喝を合図に、フォル、ルーネ、ファンテ、アルベルの身体が一瞬輝いた。
「ここが執念場だ! 撃退しろ! 我らの国を取り戻すために!」
キーツが指示を飛ばすと部下数名とともにキンマ神殿へ続く階段を走り出す。
地熱が激動し、風音が唸った。
ルーネが骨なしの怪物をけり飛ばし、赤騎士の放った火球をファンテが封じ、ハイツの風撃をアルベルが圧縮し潰し、白騎士の大剣とフォルの左牙剣が激突した。
「人間同士の争いに、人外の力を使うな! 戻れなくなるぞ!」
「笑止! 人の心が人の心を越え、我が国を奪ったのだ! この道しかないのだ!」
白騎士カラインは叫ぶ。
12銃士班対キーツ一味の戦いが始まった。
◇ ◇ ◇
熱風に歪むキンマ神殿内部をキーツは走る。
「辿り着いた最後のキンマに!」
一同が感嘆の声をあげる。灼熱のマグマの海が煮えたぎる中央の台座にはキンマ脳が輝く球体の中で鎮座していた。
胡桃の実、それでいて生々しく脳髄にも似たキンマ脳は半透明で後の背景が透けて見えている。常世と現世の狭間に存在する半霊子物質であるキンマ脳は見定めるもの、交感するものとも密かに呼ばれ伝えられた暗黒の魔導祭器のひとつであった。
「さあ! キンマの救いを! 最後の儀式を!」
キーツがキンマ脳を煽ぐ。
キンマ脳の三つ目がぎょろりと動き光線を放ち、進みでたキーツと部下達を足元から走査し始めた。一同の心に歓喜が広がる。この救いが成就されれば、我が国を取り戻せる。やっと化け物どもと対等に戦える力をもてると至福に満ちた思いは、迸った水撃によって瞬く間に破られた。
部下数名が血を上げ吹き飛び、キーツの右腕が空に舞った。革袋が弾けその醜悪な形状を露出した蛸の手が熱された床の上でぴちぴちと跳ね、キーツは肩を押さえ睨む。
「第二の感覚を最大限に使い把握できた。キンマとはあちらの異界と交信するだけの装置といってもよい」
細剣を構えた班長リリー・アンが進みでる。
「存在、精神、肉体、全てを走査して、あちらの側の存在をこちら側へ呼び込む交信機。狭間にいるキンマ脳は走査した結果を『豆』に圧縮して橋渡しする。それを食べれば、人の肉体を根として、この世にあちらの存在を降臨させる……あちら側の物を食べてはいけないという神話的な要素に基づいてな……」
リリーは冷静に分析するにつれ内面に戦慄が広がっていくのを意識した。
「莫大な魔力も必要なく、数千に及ぶ魔術儀式をここまで短縮し、魔術では大事な数字である3を基礎と、血縁関係という縛りがあるものの、あちら側のものをこの世に量産できる。それでいて、カルデリア大陸を一夜にして砂漠化する魔神級、戦神級のものが降臨する。これは司祭が数万の魂を犠牲に行う至高の神々や暗黒神を召喚する開門レベル!」
恐るべきは魔術師グリカムの手腕である。莫大な魔力を、愛するもののためにという純粋な感情が禁忌を犯すという反転したときの激情で代用し、脳髄にも似た外見は神経系霊子網で高次元の情報を演算処理する。
キンマ脳はストイックに悪魔的に純粋な結果だけを求めた最上の情報演算機なのだ。複雑な儀式を極限まで簡略化し、素人でも扱えるように、まるでそれは便利に楽に利用できる魔神自動製造機を街角に設置しようとしたのだ。
明日から君も、お前も、私も、僕も、アナタも悪魔である。正し、人間には戻れない。
「このようなものが存在すれば世界が崩壊する。キンマはこの世から永遠に消滅させる!」
リリーの左掌が輝きフォーブラの大甕刻印が出現する。
「キンマよ! 戻れ!」
キーツがキンマ盤を掲げる。キンマ脳は揺らぎ線となると、キンマ盤の中へと吸い込まれた。輝くキンマ盤にキンマ脳の絵が浮かびあがった。
「キンマ盤はキンマを運ぶ格納装置か。だから子供達の奪回を後回しにしたか……」
リリーは狭間に存在するキンマ脳を捕獲できる点にキンマ盤が最終フォーブラ刻印の力へ至るまえの試作品と感じられた。これに入れて人の届かぬ場所へと移動させたのか。
「神話伝承で語られるフォーブラの怪物たちが実在するとは……」
皮肉に笑いキーツは青鎧の力を行使して切断された部分を凍結させ止血していた。
「私をフォーブラの怪物と名指しするか」
「この魔具が残された洞窟の壁画には、奇妙な警告文があった。ファーブラの怪物たちには注意せよ 、その大甕の刻印も描かれていた。今、その刻印をもつ者が目の前にいる」
キーツはリリーの左手に輝いた大甕刻印を睨んだ。
「神話伝承において、悪も正義も関係なく、大神に挑み、天使を喰らい、悪魔すらも喰らうというファーブラの怪物達は時の、聖騎士に破れ、勇者に破れ、賢王に破れ、狂王に破れ、大司祭に破れるだけの存在だ。理解不能であった。破れていったものを注意せよ。そんな警告文がある意味がな。だが、私は神話伝承を読みあさり、一つだけ共通点を見つけた。聖騎士達の鎧は破壊され、勇者の魔剣は折られ、賢王の指輪は盗まれ、狂王の杖は砕かれ、大司祭の聖書は燃やされた……それが意味することとは!」
「――魔具の抹殺か」
「そうだ。フォーブラの怪物は魔具を壊すものなのだ! 私は負けぬ!」
キーツの言い草に、リリーは一瞬だけ悲しげに瞳を濡らし宣言する。
「そう解釈するのならそれでいい。事実はいつも走りゆく運命の車輪の下ぞ! キンマを収容したキンマ盤三つを渡してもらおう! それはこの世にあってはならぬ力だ。ヘリコニア国の件については、私も連合に対して助言する。これ以上、踏みだすな!」
「誰が、化物の戯れ言をきくか! 私は必ず私の国を取り戻す!」
キーツの強烈な叫びのあと、重い沈黙の間があり、リリーは勧告した。
「人として最後の譲歩はした……これからは化物の戦い! 神話伝承より至りしは――フォーブラの怪物たち! 己の眼で見るがいい、知るがいい! 私の、フォーブラの怪物としての異名! 《神を惑溺させし精霊》を!」
細剣を構えたリリーは輝き水の膜に包まれた。
“神話とわだつみ”時代。大神は傲慢たる人の所業に憤怒なされた。
大神は人が連帯せぬよう大地を押し上げ、苦しみの車輪という苦役の運命と底に人を喰う雲の大竜を放った。苦役の車輪は、魔具など形で、現世に出現する。
人の身では、大神の放った苦役の車輪の運命には贖えない。
そう、フォーブラの怪物たちとは苦役の車輪と戦うもの。
怪物となって、怪物となって、人の幸せを守ろう。
わだつみの底に眠る大神が放つ悪夢の具現化と戦おう。
歴史の闇だけに存在していたフォーブラの怪物たちが、今、現れる……。
たとえ、人から怪物と罵られようとも……
今、フォーブラの怪物の力が解放される。




