■33 ファーブラの刻印
――おやめなさい! その方達はファーブラの刻印を持っています!
鮮烈たる声が響き渡り、ファンテを砕かんとした樹木人の動きがとまった。
一人の女が絶命したと思われるルーネに手を添えていた。
白い輝きがあり、ルーネが生気を取り戻す。飛び出たろっ骨を引き戻し、潰れた内臓を再生させたとてつもない魔力であった。
「ルーネちゃん!」
駆け寄ったファンテがルーネを抱きしめた。
「……大丈夫よ……そんな泣かないで……貴女様がオーク樹の精霊様……?」
ルーネはファンテをぽんぽんと抱き返し、口をハンカチでぬぐい、尋ねた。
ルーネ達が解除しようとしていた石門の間には空間が開き、異世界の眺望が広がっていた。
幽かな青紫の浮雲を流す空。
不思議な光球が乱舞する楢の森。
その森にはひときわ大きく巨大なオーク樹があった。霞がかり上が見えぬほど高く伸び、枝葉は大国ひとつを覆わんばかりに広がり、樹齢何千年はあろうオーク樹を背にして、女が立っている。
金髪碧眼の薄緑のドレスをまとう樹木の精霊。
いや傅く樹木人達に守護されている霊格からしても樹木の精霊どころでなく、森林の大精霊と感じられた。
「そう呼ばれたことがあります。私の愛しき人が呼んでくれた名は、フロリースです。そうお呼びください。とうとう、キンマをこの世からなくす手だてが見つかったのですね」
ルーネとファンテが顔を見合わせた。
「……残念ですが、私達はキンマがなんなのかすら、解っていません」
ルーネが告げると、フロリースは不思議そうな顔加減をした。
「その大甕の刻印は、封印を司る印です……」
「確かにこれは封印を司る印です。私達の創設者が、その時代を超えた魔具を封じるために、悪逆をなすものを封じるために、生みだしました」
「時代を超えた魔具。あの人の言葉! だからこそ、あなた達が!」
フロリースは胸元で両手を握りしめ陶酔した。話の流れについていけず、ルーネとファンテが戸惑ったのを察知して、フロリースがしゃべりだす。
「……失礼致しました。それは、人が持てるものではありません。しかしそれゆえ、キンマを封印浄化できるのです。キンマを呼びこむものが狭間に存在するゆえ、この世から消去することができず、隔離するだけで精一杯でした。それが120日前のことです」
「120日前! そんな最近に、キンマが存在していたの……!」
ファンテが驚いた。
「はい。120日前。ある兄妹がキンマとなりました。キンマは北のカルデリア大陸へ飛び、都を滅ぼしたのです」
「カルデリア大陸? 今は砂漠の地です……都があったのは1200年まえのはず……」
ルーネの声に怪訝さを感じ取り、フロリースが小さく驚きの声をもらしてから、背後の異世界――妖精卿を仰いだ。
「申し訳ございません。私の住む世界とこちらで時の流れが違います。その通り、兄妹がキンマとなったのは約1200年前のことです」
カルデリア大陸は一夜にして砂漠の地になったと云う。少女が少年を膝に乗せているという謎の兄妹石像だけを残して……
魔導壁の人喰い説、超魔導祭器の爆発、竜王真鱗の暴走、活火山の噴火、聖人ダイウカの怒り。あらゆる諸説が語られているが、その原因は不明となっている。
「それがキンマのせい……」
ルーネの呟きに、フロリースは頷いた。
「それほど危険な力なのです。キンマ神殿の位置を教えましょう。それぞれにあるキンマの実を封じてください……まずは幻惑の火山に……」
「お待ちください。実は、既に二つが解放されています。ピレネン城の光の卵、シトゥラの風眼。これらの場所に神殿があるのですね?」
「何故、その場所を……キンマ神殿の位置は私しか知らないはず……!」
「キンマ盤というものが存在しています。それで位置が解るのです。そのキンマ盤を利用し、『豆』というものを手に入れた一味がいます」
フロリースの美しい顔が蒼白となった。
「豆を手にいれている……! 誰かが封印の場所を! 恐るべきキンマの晩餐が始まります! 最悪の宴が!」




