■29 ヘリコニア兄王
ポシシオン病院の一室のベットには、その人物が座していた。
「我を讚えよ! 我は正当なる王家の後継者モールバス・ヘリコニアである!」
身は小刻みに震え、憔悴し、骨皮だけのヘリコニア兄王の姿。ヘリコニア兄王はこの病院で軟禁といっていい生活を送っていた。王としての威風はもはやない。
「ご、五回目だね。その紹介……」
ファンテが遠慮がちにいい、控えていたお下げの看護婦がいう。
「気にしないでください。毎日、同じことを繰り返しているんです。記憶障害なんです」
「王族の生き残りが、こんな状況だとはね……」
ルーネはヘリコニア兄王の頭部にある傷を見た。刃物傷だ。その傷がもとで注意障害や記憶障害などを誘発していた。
「王様。キーツ・ヘリコニアをご存じですか? 貴方様の弟君です」
ルーネは男性と書き起こしたキーツの絵をみせ、だめ元で尋ねてみた。
「我は正当なる王家――キーツ……そやつはキーツ! 血を分けた我が弟! あやつには連合に与した制裁を加えてやる! 見せしめにあやつらに与する者たちを帝国奴隷にしてやれ!」
無反応に思えたが変化は劇烈だった。眼は血走しり、兄王はがくがくと吼えた。
「キーツ! 王である我に剣を向けるか! 身の程をしれ! 頭を! 血がぁ! このよくもぉ! 絶壁の底へ打ち落とし【古き竜の雲神】の餌食にしてくれるぞ! ぐほ!」
ルーネは冷ややかにヘリコニア兄王の狂態を眺めた。キーツはヘリコニア兄王との一騎打ちにて、絶壁の底へ落ち、その行方不明となったと調べはついている。
「興奮させないでください!」
むせかえったヘリコニア兄王に、お下げの看護婦が水を飲ませた。
「いきましょう。有益な情報は得られそうもないわ」
ルーネは踵をかえした。
「我を讚えよ! 我は正当なる王家の後継者モールバス・ヘリコニア……」
ヘリコニア兄王は同じ科白を繰り返した。
だが――
「何故だ! オーク樹の精霊様は我らをお見捨てになるのか! 何故、我々を助けてくださならぬ! 我ら一族をお見捨てになるのか!」
ルーネが歩みを止めた。
「近くにオーク樹でも生えているの?」
「いえ。これも毎日いっていることなんです。今の時代に精霊なんて……」
お下げの看護婦が苦笑めいた顔をした。ヘリコニア兄王は叫び続けた。
「北の果てにいずる、オーク樹の精霊様よ! 何故!」
「ルーネちゃん。どったの?」
ルーネが顎のほくろに人差し指をおき思案したのに、ファンテが首をかしげた。
「ヘリコニアは熱帯雨林の国なの。オーク樹なんて、生えてないわよね……」
捜査メモ。
熱帯雨林の国で、オーク樹の精霊様を敬愛する謎。
次回。アッペテンの奇襲作戦。フォル達はその先にキーツ一味と遭遇か→




