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■02 空飛ぶ騎士

 薄暗い飛空艇格納倉庫には、すき間から太陽の斜光が何本も洩れていた。

 差し込む斜光はゆらゆらと揺れ、ときどき、緑や赤に塗装された小型飛空艇や中型飛空艇などを照らし出す。


「奥にいる」


 フォル達が飛空艇の影に隠れ奥を伺う。差し込む光柱の中をほこりが舞い上がっている。その中央。緑色に輝く燕を乗せる、あの礼服姿の男が立っていた。


「誰か……もうひとり……女の人だね」


 斜めに差し込む光によって人の下半身が見え、アルベルが言った。その腰つきから女性だということが認識できた。一般女性か仲間なのか。判断に迷った。


「さて、どーするかな……」


 フォルはいいかけ、口を結んだ。いない。礼服姿の男の肩にいたあの緑の燕がいない。

 はっとして振り返ると――


「ファンテ!」


 飛空艇の上で、緑燕が羽を広げ攻撃態勢をとっていた。緑燕が羽根を乱射する。


 瞬間のことであったが、ファンテの反応が素早かった。ファンテは黒魔石の指輪をつけていた指を突きだした。黒い光壁が出現する。


 乱射された羽根は黒い光壁に衝突し、激しい火花を散らし続けた。


「だめ! もたない! 黒石からの物理結界は数秒なの!」


 ファンテが掲げる指輪の黒魔石が力の均衡に負け、ひび割れを起こしていった。


「まかせろ!」


 叫ぶアルベルの手に白い光の円輪が生まれ――


 乱射されていた羽根は緑燕ももろとも、突風の強引な力で壁に叩きつけられた。


 次の瞬間、フォルとルーネが跳躍している。それは人間が跳べる距離ではない。


 だが――


「はい。動いてはダメよ」


 火銃を構えたルーネが礼服男に、


「こちらさんも少し失礼する」


 フォルは双子蛇刀の刃を暗がりにいた女の首筋に押し当てていた。


 暗がりにいた女は薄赤色の衣服を着る、栗色の髪をした年齢二十代ぐらいの人物。どこか教師とも思える厳しさがあり、右半身は黒いマントで足下まで隠れていた。

 栗色髪の女は無表情であった。この出来事に警戒している。そんな表情がかすかにあった。しかし、その感情を表してない表情の下で――


(連合の銃士ども! 何故、ここに!)


 と、戦慄いていた。


 栗色髪の女は目線だけを動かし、赤毛の美女ルーネを眺めやる。赤毛の美女は拳大の、赤い印字を刻まれた水晶球を従え、空中でふわふわと浮いていた。

 水晶球の正式名称は、浮遊珠(エルラピス)という。名の通り、浮遊する玉だ。


(この女はマーテル四大系統のひとつが、移動系の石使い! 装置を介することなく、浮遊珠(エルラピス)と己の肉体を共感させ、空を自在に飛行移動する!)


 栗色髪の女は次に割れた指輪を外してしまうファンテを見やった。


(あの女はマーテル結界系の石使い! 石から力を解放し、あらゆる結界を生み出す……)


 これらマーテル系と呼ばれる石使いは、手の甲に、青い鱗があることが特長である。青い鱗と石を共感させることで、石の秘められた力を解放できるのだ。

 青い鱗があるマーテル系石使いには、ファンテのような結界系。ルーネのような移動系。他に二種類。計四つの系統があることが知られていた。


 続いて、栗色髪の女は男達を見た。


 金髪の男アルベルの右手には緑の鱗が二枚。


 仮面の男――フォルの右手には緑の鱗が三枚生えていた。


(緑の鱗……この男どもは、マラーク者か。マラークは『精神』を源泉とする力。精神を消費し、奇跡の力を行使できるもの……)


 マラーク者は緑の鱗を持つことが特長だ。精神力を使い炎や氷結など発生させる異能の才を使える者。マラークスキルを使用したときには、光の円輪が輝く。


 石を使い奇跡を起こす青の鱗マーテル者はルーネ、ファンテ。

 精神力を消費して奇跡を起こす緑の鱗マラーク者はフォル、アルベルとなる。


 栗色髪の女は心中で分析しつつ、焦り始めた。


(中級銃士は国際的犯罪や組織的犯罪を解決するべく出動する銃士。それぞれ異なり恐るべき能力を持つ、そんな銃士が四人。計画を嗅ぎつけられたのか!)


 そんな焦りの表情が出てしまったのだろうか。フォルが声をかけてきた。


「騒がれると困るので、手をだしちまった。そっちのスリ男を捕まえにきたんだ」

「アルベル! この男に、手錠を! あっちの方のやつな!」


 ルーネがアルベルに指示を飛ばした。


(――スリ? ハイツめ! また盗んだのか! なら、ここに銃士がきたのは……)


 栗色髪の女は安堵の顔をうかべた。それは二重の意味での安堵だったろう。


「ありがとうございます! いきなり迫られて困っていたんです」


 フォルが双子蛇刀を下ろそうとして、唐突に、動きをとめる。栗色髪の女はその動作に緊張し一瞬、視線が泳ぎ、フォルがめざとく尋ねる。


「何かあるかな?」

「いえ、何も――。その剣が、その刃が恐かったんです。やめて頂けませんか?」


 フォルはさり気なく女の視線が泳いだ方向を見た。何か潜む気配を感知する。


「それは失礼した……いやね」


 少し皮肉めいた笑いを口元につけ、


「誰がいる。それも何人も気配が……これは何だ?」


 そう言ったフォルに、栗色髪の女が緊張した。


「なにもないよ~。フォルちゃん。小愉快なスリさん捕まえて早く、かえろ~」


 ファンテがそう言ったときであった。


 船体が大きく揺れた。差し込む光、光が、光が、船体の揺れに合わせて偶然と集約した。


 倉庫の奥の奥。光の演出で息をひそめるようにいる少年と少女達の一団が照らし出された。子供達の首筋にはミルラ紋章と数字が組み合わさった入れ墨が描かれていた。


「――奴隷!」


 ルーネがうめいた。光が照らしたのは、今、まさに、奴隷船に収容されようとしている奴隷の子供達であった。


(見られた!)


 刹那、栗色髪の女の表情が仮面を剥がしたように豹変する。

 栗色髪の女の黒マントが翻った。その中から赤い丸太のようなものが放たれる。


「はっ!」


 強烈な鞭のような一撃で、フォル、ルーネ、礼服男もろとも、三人がふっとんでいた。


 黒マントの下に隠れていた女の半身があわらになった。奇っ怪な姿である。女の右腕は光沢のある赤い革袋にすっぽりと包まれ、足下まで垂れ下がっていた。


「フォルちゃん! ルーネちゃん!」


 ファンテが叫ぶ。アルベルは火銃を構えたが、既に――


 栗色髪の女は胸元から柘榴石を取り出し、ファンテとアルベルの方に放り投げていた。

 投げられた柘榴石が輝きを放つと、爆発する。


「攻撃者の石使い!」


 アルベルが驚く。栗色髪の女は青の鱗のマーテル四大系統の残りのうちの一つである、マーテル攻撃系の石使いであった。


 倉庫内が爆発の光で染まる。


 しかし、奇異なことが起きた。まるで爆炎が、火炎だけが、赤色をした透明な四角い物体と化していったのだ。その真四角な物体がいくつものでき、ぼとぼとと、落ちてゆく。


「爆風の方も封じておくれよ。痛いよ~」


 爆風によって、小型飛空艇の上に叩きつけられたアルベルが言った。


「紅石は炎を通さない結界しかつくれないの! 衝撃は封じられません」


 ファンテの耳飾りがひとつない。耳飾りの紅石から火封じの結界を発生させたのだ。

 怪我はないが、飛ばされた衝撃は相当なもので、二人ともうまく立ち上がれなかった。


「――あった」


 栗色髪の女は赤色の模様がある銀杏の葉に似た金属板を拾い上げた。金属板は礼服男の手から落ちたものだ。


「ハイツ、ハイツ! 気絶したか! ペレグリー! 連れてこい!」


 栗色髪の女は叫び、奴隷船へ向け走り出した。


 礼服男――ハイツの身体が浮き出した。ペレグリーと呼ばれた緑燕が鉤爪で気絶しているハイツの腰を掴み、運んでいる。


「子供達よ! 早く、船へ! ハッチを開けろ。船を動かし、騎士を呼び戻せ!」

「あやしいの、解っていたんだが……」


 フォルとルーネがふらふらと立ち上がった。


「遊ぼうとして! 私、今から木の実のピザ屋さんに転職しようかしら。ぎゅっ!」

「きゅっとした! 恐ろしい職業に転職すること宣言するな!」


 ルーネが虚空を握りしめる仕草をして怒っていった冗談に、フォルは絶句した。木の実(ナツツ)はスラングで男の生殖器の玉を示し、ピザという言葉には平たく潰すという語源がある。


 男として平たく潰されるなんて、最悪である。


 倉庫内が明るくなってきた。ハッチが開けられ、光がはいってきたのだ。


 フォルが走り出す。ルーネは追従しようとして痛みに立ち止まってしまい、出遅れた。


 奴隷船は胴部をこすり嫌な音を鳴らしつつ発進した。


 奴隷船の後頭部にあるハッチは開いたまま。そのハッチ台上では、栗色髪の女と奴隷少年が乗ってない少年少女達を引っ張りあげていた。

 浮上しゆっくりと前進する奴隷船へ、八人ほどの少年少女達が乗ろうと走っている。


「撃てー!」


 栗色髪の女の号令を合図に、奴隷船上部にある機関火銃台が銃弾を乱射した。


「おっと!」


 フォルは弾幕から逃れるため、近くの飛空艇の影へ飛び込む。

 そこへ、ルーネが飛び込んできた。


「おとりになるわ! ファンテ! 機関台を、粉末弾(パウダー)で打ち抜いて!」


 ルーネが飛空艇用ゴーグルを着用し、手を突きだすのに応じて、ひゅんと、二つの浮遊珠が飛んでいく。


 刹那、ルーネが浮遊珠から力を受けて飛んだ。

 

 火銃を連射しつつ、ルーネは斜めにくるくると急上昇――


 突如、現れた標的に機関火銃台の向きは上方向へ。


 下への弾幕がなくったところへ、ファンテがごろりと転がり込む。


 薄桃色の耐衝撃用偏光グラス眼鏡――特注商品名『プラケンタちゃん』を装備したファンテが中腰であの胴の長い犬ヌイグルミを担いでいた。ヌイグルミの口から砲身が覗いている。


 ファンテが構えているのはヌイグルミで偽装した対飛空艇火器、火大砲だ。


「おらーぁ!」


 可愛い気合いの声ともに、爆音を響かせ、粉末弾が発射された。


 粉末弾は機関火銃台のドーム状ガラス上部を打ち抜いて、中で青い粉塵の爆発を起こした。粉末弾はある金属を粉末状のしたものを圧縮加工した弾。命中した粉末弾は粉砕し、衝撃だけが残るのだ。閉所や火薬を使用できない場所で使用する。


 ルーネが天井をカンと蹴やり、急落下しかたと思うと、ふんわりと着地する。


 その間隙をぬい、フォルが一気に進行していた。

 栗色髪の女はフォルが急進してくるのを察知すると、散弾火銃を構えた。


「おにちゃん!」

「ソティ!」


 ハッチ台から奴隷少年が走っている少女に向け、手をのばしている。この少女ソティが最後のひとりらしい。ソティが足をもつれさせ、転んだ。


「しまった!」


 栗色髪の女は少女に当たると戸惑いをみせたが、発砲してしまった。散弾火銃が使用する弾は、発射すると三百ほどの小さな鉛球が広がって飛ぶ。


 ――飛空移動(セーデ)


 少女の前に出現したフォルは、二つの銀鎖を前方へ円を巻くように展開させる。


 フォルの右手に、光の円輪が出現する。マラークスキルが発動する兆候―― 


 輝きを受けて、円陣となっていた銀鎖は溶け込むように円形の銀盾と変貌する。

 鉛球数百が円形の銀盾に激突し、何重もの金属音が響かせた。


「盾だと! 変形した? それがお前の力か! ならば――」


 驚きも、ソティは捨て石にと即断し――栗色髪の女は電気石をほうり投げた。


 電気石より電撃が放射状に飛び散った。銀盾は元の銀鎖となって地に音を鳴らし、電撃を浴びたフォルは膝をつき、黄金色の髪を乱し少女ソティは激痛にもんどり倒れた。


「マラーク者の弱点は、連続性がないこと!」


 栗色髪の女は、奴隷の少年から次弾を装填させた散弾火銃を受け取る。


「鱗の全て輝いてなければスキルが発動できない。強力なマラークほど、その鱗の枚数が多くなり、次の発動までの時間がかかる」


 フォルの右手にある緑の鱗三つ全てが、暗く沈んだ色になっていた。


「連合の犬め! 邪魔をしおって! お前だけでもその全てが輝く前に、殺してやる!」


 栗色髪の女は己の国を荒らされた情景を思い出し、激情に駆られるままに散弾銃を発砲した。フォルは立ち上がろうとしたが、痺れがあり、その場に転倒した。


 数百の鉛球が襲いかかったが――数百の鉛球はたちまち床に叩きつけられた。


「美人がそんな怖い顔するものじゃないよ」


 アルベルが指を鳴らし優雅にいう。その片手には円輪が輝いている。アルベルが所有するマラークスキルの空気を掴む力で、鉛球全てを押し付けたのだ。


「断じて、逃がしはしない!」


 フォルが銀鎖を鳴らし立ちあがる。


 フォルの緑の鱗はまだ一つしか輝きを宿してない。フォルの全身に青い稲妻が迸り、右手から右顔半面まで、異常ともいえる数の血管がわっと浮かびあがった。


「ダメよ! 全て猫目になってから発動させなさい!」

「フォル君! やめろ! 死ぬぞ!」


 ルーネとアルベルが叫んだ。猫目とは緑の鱗が輝いている状態のこと示す用語。緑の鱗が輝いている状態が猫の瞳に酷似しているので、そう呼ばれる。


「ぬ!」


 緑の鱗の一枚が割れ、血管がはじけ、フォルの顔に鮮血がぶっかかる。


 全ての鱗が輝いてない状態でのマラークスキルの強制使用は、精神の暴走がはじまり、自爆に近い。


 フォルが猛然と走り、飛空移動で、高く飛んだ。


 銀鎖を後方にふりかぶる。


 銀鎖はマラークの力を受けて輝き、、伸びて、伸びて、伸びゆく。


 宙を飛翔するフォルが持つ銀鎖は、天井を擦り、壮絶な火花と金属音を散らした。


 いや、そのうち火花がなくなった。癒着したのだ。


「天井の鉄が吸い取られて……!」


 栗色髪の女は驚愕した。フォルの銀鎖は天井にある鉄を、脈打つ血管が血を運ぶ如し吸収していっている。いつの間にか二条の銀鎖は融合し、それに変貌していった。


 入り乱れた銀と鉄の波紋が美しい特大の長剣に!


「しゃりゃぁぁぁぁぁぁーっ!」


 フォルは超絶融合大剣を叩き下ろす。降下する反動をも利用した、苛烈な一撃だ。


 超絶大剣は圧倒的な重量を持って、奴隷船の外装をバターの中を泳ぐかのように斬り裂き――はらりと、栗色髪の一房が斬られ、女の真横に打ち落とされた。


「船の天井を斬っただと……!」


 と栗色髪の女は驚きのあまり、一瞬、ほうけた。


 ガッコンと超絶大剣の先が直角となって奴隷船の床に刺さり、逆側も直角となってフォルの足下に叩きつけられる。あろうことか、超絶大剣が又釘となって奴隷船を縫い止めてしまった。


 フォルは勢いをつけ、身体に巻き付けてあった銀鎖を投げていた。銀鎖は女の身体を螺旋にからめとる。フォルが銀鎖を引くと、女の身が浮き――


「――邪魔をするな、連合の者よ」


 そう厳かに宣言する者が割って入ってこなければ、女は捕縛されていただろう。


「これは連合と帝国が支払わなければならない贖罪」


 突如にして現れた、白き騎士の大剣がフォルの銀鎖を断ち斬り、超絶大剣を軽く打ち上げた。四本の角を飾る兜で、悪鬼(オウガ)を意匠した厳つい全身鎧で武装する巨漢の白騎士だ。


「覚えておけ。その贖いは、キンマが下すと!」


 白騎士がフォルを直視したまま、後ろへふんわりと飛ぶ。


 半壊しも奴隷船はついに倉庫から青い空へと飛び出した。白騎士は決して後ろ姿を見せることなく、優雅な曲線を描き飛行すると、奴隷船のハッチ部へ着地する。


 フォルは追おうしたが、激痛に片膝をついた。顔半面から鮮血を垂れ流したフォルは僅かに反応した聖書(リブリ)の反応を薄く意識し、小さくなってゆく奴隷船を睨んだ。


「空飛ぶ、騎士か……」


捜査メモ。

謎の奴隷商らしき一味と遭遇。

白騎士の鎧に違和感。

次回、12部署で対策と捜査方針の会議→


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