■26 ソティとブランコ
ソティは真剣な表情で曲がり角の死角から周辺を伺い、誰もいないか確認する。夕暮れ時で医術院は人気が少ない。
ソティはこそこそと妖精ペペリーナの案内に従い、医術院の廊下を進む。
柱が立ち並ぶ天窓が美しい廊下に出た。中庭が見えた。木々と石畳、一角馬に乗り時計を掲げる乙女像の噴水。全てが茜色に染まっていた。
ふと噴水の一角馬像の角が折れているのに気づいた。清らかな乙女だけに寄りそう一角馬の角を折るなんて、余程邪悪なる者の仕業なんだわと、ソティは憤慨した。
お目当てのブランコを見つけ、早速、駆けよろうとしたソティはそれを眼にして、ぎくりと硬直してしまった。
「あのさ。ペペリーナ。なんか倒れてる……」
フォルが懐中時計を握りしめ、石畳の上に顔面から倒れていた。ソティは唖然と見つめ、
「――断じて通じゃねぇ!」
フォルがひょこり起きだしたので、
「うわ!」
ソティは驚いて声をあげてしまった。フォルの視線がソティに向けられる。
「どうやってここにきた?」
「ブランコに乗りたくって、いや、あの!」
金髪の陰に隠れたペペリーナがソティに耳打ちする。
「間違って服を逆に着て、それをなおしながら歩いていたら、ここに来られたのと言って」
私、そんなドジな子じゃないと反発を覚えたが、ソティは同じことをフォルに告げた。
(服を逆さに着ちまうと、妖精の魔力が通じないことがある……それで迷いの廊下を突破しちまったか……? いや、仲良くなっちまったか)
と、フォルはソティの肩に佇むペペリーナの姿に気づいた。
「ふーん。そうか……」
あえて気づいたことは言わず、フォルは手の懐中時計を玩び気のない返事をかえした。
「お前こそ何やってんだよ!」
「夕日を見ていた……」
「そうか……いや、倒れていたじゃないか! 見れねぇだろう!」
「ああ、見たら倒れたのさ。夕日が嫌いでさ。夕日は血みたいな色だろう? 赤だけは今でも覚えていてな。見ると気分が悪くなっちまう」
「嫌いなのに見るなんて、変なヤツだ……」
憎まれ口を叩くソティにペペリーナが耳打ちした。
「連合に父さんを殺されたのよ。丁度、この時間にね。だから、いろいろなことを思って夕日を見ようとしちゃうんだわ」
「連合に父さんを殺された?」
「ペペリーナ! 余計なことをいうな! 眼を開けたまま顔を洗ってもらうぞ!」
フォルの鋭い叱咤が飛んだ。ペペリーナが声をあげて驚いた。
「おみょーん! いるのばれてるーぅ」
「なんで、連合に親を殺されたのに、連合銃士なのさ。おかしいじゃないか」
ソティが異様そうな顔つきをした。
「歯車が狂ったのさ。その歯車が今も狂い続けているせいだな……」
フォルは懐中時計をぽんぽんと手の中で跳ねあげ、自嘲気味に嗤う。どこか遠い所をみている感じだった。夕陽の光を鈍くかえし、懐中時計がくるくると空を舞う。
(壊れている。あの懐中時計、壊れている……)
ソティは時計を掲げる乙女像と見比べ、懐中時計の指す時間が止まっていることに気付き、悪寒を感じた。
「ブランコ。乗りに来たんだろう?」
フォルは余計なことをいってしまったと誤魔化すよう懐中時計をしまった。
「いや、ブランコは……」
拒絶しかけたソティに、ペペリーナがここまできたんでしょと髪を引っ張った。ほんとお節介な子と思いつつソティはツーンと澄ました顔でブランコに座った。ソティは何かの反応を待ちじっと座った。そのうち痺れを切らし、フォルを睨んできた。
「なんだよ」
「もうぽかたんね。私がブランコに座っているのよ! ブランコに乗ってこいでよ!」
「そのブランコ。俺が乗ったら壊れちまう」
「無理なら、押して! この怪しい仮面男!」
「そうよ! 押しなさいよ! この怪しい仮面男!」
ペペリーナまでソティに味方して抗議してきた。
フォルは面食らい渋々、後にまわってブランコの縄を掴み離す。戻ってきたソティの背を押す。何度か繰り返し、揺れが大きくなった所で、フォルは脇にそれた。
「きゃははは! スゴイスゴイ!」
「うんうん! きゃほー!」
ペペリーナが歓喜の声を響かせ、ソティが笑顔で頷いた。彼女らは呆れるほど笑い、呆れるほどブランコに乗り続けた。我慢してきたソティにとって久しぶりに自分の心を素直に解放できた瞬間であったのだ。フォルは何も言わず待った。そのうち日がどっぷり暮れて、電灯が中庭を照らす夜になってもソティ達はブランコに乗り続けた。
暗闇の中にやけに明るい大笑いだけが響く。
「お~い。いい加減にしろ~」
フォルが注意すると、二重に非難の声がかえってきた。
「なら、捕まえなさい! 私を捕まえなさい! できる~?」
「できる~?」
楽しげな二人の声がした。
「ったく、しょうがないな……」
フォルは飛空眼鏡をコンとひと叩きすると、飛空移動で飛んだ。見事な手際であった。衝撃も痛いも何もなく、ブランコのタイミング合わせソティの脇に手を差し伸べ、捕まえると、地面にふんわりと着地させられた。ソティとペペリーナがきょとんとする。
「捕まちゃったねぇ」
「捕まちゃったよぉ」
ソティとペペリーナは互いに顔を見合わせ、きゃはははと馬鹿笑いをした。
「お! いい匂いがするな……」
唐突に。脇から手をはなし離れる間際に言われたので、ソティはぼっと頬を赤くした。
「この変態仮面! 私をかぐな!」
飛空眼鏡があってその表情は掴みにくいが、フォルは不可解な顔つきでソティを見ていたことだろう。
「……スープの匂いだよ。甘い匂いがするだろう?」
言われてみれば、何処からともなく甘い匂いが漂っていた。ソティは勘違いしてしまったことで、さらに赤くなってしまった。恥ずかしい。それを解ってか、フォルは笑った。
「ソティは、そんないい匂いがするのか?」
「変態! 変態! この変態! えぐるぞぉ! 鼻にカムカム実を詰め込んでやる!」
「うん。ソティはいい匂いがするの。この髪なんてとーても素敵! かいでみてよ!」
ソティの肩に立つペペリーナが一房の髪をもっていう。
「な! やめないか!」
ゆで上がった顔で怒るソティに、フォルは軽く微笑するといった。
「たかりにいくか……」
フォルの視線を追ってみた。対岸にある飛空艇ドックに小さな火が揺らめいている。
あ! と抗議の声をあげるのでソティは精一杯だった。
フォルはソティを強引に抱きかかえ星辰の空を一気に飛空移動で駆け抜けた。
「お前の作るアウデ鍋は甘くっていかん。蜂蜜の質が悪いんだ。もっとこだわれ」
「伯父さん。人のメシを勝手に食って、文句言わないでくれ」
煉瓦で囲まれたかまどの上で肉や野菜やら放り込まれた武骨な鍋がぐつぐつと煮えていた。それを囲い、談笑する二人の男がいた。
「コレトさん、帰ってきていたのか……」
フォルひゅんとが現れて、へそを曲げてしまったソティを降ろす。
「昨日、帰ってきた。今回は空賊に捕まってな。大変だったよ。その子は?」
「夜空を散歩していたら、天使がいてね。そのまま地上にお連れした」
「だ、誰が天使だ! 変なこというな! 尻から舌をひっぱりだすぞぉ! しゃーぁ!」
ソティは両手を猫の手にまげあげ真っ赤になって威嚇した。
「これは天使のお嬢ちゃん、初めまして。私はコレト・ヘンソン。探検家だ。あっちこっち巡っては普通の日常を送っているじーさんだ」
威厳があり、豊かな髭を蓄える壮年の男がコード飾りのある登山帽をさげ、軽くウインクをする。長年の貫録か。あ、うんとソティは素直に軽く会釈した。
「ベルフ・ヘンソン」
飛空艇技師の作業服をきた青年ベルフがぶっきらぼうに言う。端正な顔つきの青年でなかなかの男前だったが、不機嫌なのかむすっとしていた。
「ベルフの顔はいつもの顔だ。気にするな。俺にもそれをくれ」
フォルは説明し、持ってきた椅子をソティの後ろに置いた。フォルが既に座っている。ひとり立っている姿がこの上なくマヌケに感じた。仕方なくソティは遠慮がちに座った。
「俺がメシ食っていると、みんな、たかりにくる……」
ベルフはぶつぶつ言いも、皿にスープをよそい、フォルに渡した。ソティは自分にも皿を渡されて躊躇したが、お腹が空いていたので受け取った。
「はあ。ここに来ると、毎度、お伽話側の住人が腐るほど見えていけねぇ」
コレトが疲れた眼をこするようにしていった。見てみると、ベルフが当然のようにスープをよそい、妖精ペペリーナに小皿を渡していた。ペペリーナはスプーンで格闘するように、スープを食べはじめた。
「ここはほんと、へんな、ところ……」
ソティが小さく呟いた。それからコレトが冒険譚を語ってくれた。アデール遺跡を発見する冒険など、ソティは初めて知る世界の話を興味津々に聞き入った。
瞬く間に、和やかで楽しい時間が流れた。そうそう、ソティにとってアウデ鍋のスープはちょっと甘かったけれど美味しかった。




