■25 キーツ一味の動向
「ひもじさに根っこすらかき食らい、そーやって生きてきた訳よ。俺達の国は連合と帝国のせいで滅茶苦茶になっちまった訳よ。だから、ヤツラの享受する『平和』ってヤツも盗んでやるのさ。トラン。お前も壊したいんだろう? 帝国を?」
緑のさざ波が草原を駆けた。
奴隷印官の青年は眺めていた草原から視線を外し、緑燕を肩にのせる男ハイツを見た。
「そうかも知れない……姉を助けるために……帝国を壊す……!」
奴隷印官の青年トランが淡々と言葉を紡いだのに、ハイツは寂しげな顔をした。
「お前は自分を壊されちまったんだな。もう助ける姉もいないのに……」
ハイツは感慨深く云う。トランの姉は既に彼自身の手により処刑されているのだ。
貴族階級の奴隷の奪還のとき――奴隷船を護衛する、緋色の外套を纏う指揮官クラスの奴隷主官一名と緑の外套を翻す下級奴隷印官八名の中に、この青年トランがいた。
奇襲をしかけ一網打尽にする手筈だった。しかし計画に必要な子供達ソティやクートに被害が及ばぬよう細心の注意が必要だったため、相手に反撃の隙を与えてしまった。
奴隷主官が命令を下す。見せしめとばかりに奴隷の子供達の首を狙い、飛翔戦斧が降り下ろされる。この程度の奴隷など価値がないと帝国の恐ろしさを知らせるための行為であり、先手を取られた指揮官としては、救助しにきた者たちへ動揺を与える意味があった。
「助けて! お兄ちゃん、助けて!」
ソティがそう叫んだのと同時であった。
奴隷印官トランの額から支配真鱗が弾けたのは。
次の刹那には、奴隷印官トランが仲間の首八つを飛翔戦斧で飛ばしていた。紙一重で躱した指揮官は仲間の裏切りに顔を強張らせた所を、白騎士の一撃によって葬られた。
「これが見えるようになった。姉を処刑してからだ……」
尋問するキーツに、虚ろな瞳をした奴隷印官トランが答えた。トランの身体には骨なしの怪物が巻き付いていた。姉が身分違いゆえに愛した恋人と逃走し、助けてと懇願した姉をトランが私情を挟むことなく冷徹に奴隷印官として処刑したと云う。
「助けて……助けて……その声を聞くたびに、大きくなった……」
最初、小蛇ほどの骨なしの怪物は命乞いの声を訊くたびに大きくなっていたらしい。
「ソティアーナが助けてと叫んだの切掛けに、今ままで抑圧されていた感情が破裂したか」
キーツはそう察した。キーツはそのままトランを仲間に加えることにした。むろん、帝国兵を仲間にするなどとの異議があがったが、それをキーツは、
「奴隷印官としての力は惜しい。もし、帝国の間者と解ったら即座に処理すればいい」
と切り捨てた。ゆえに同じ妖精憑きのハイツがトランを監視してたが、トランに裏切るそぶりはなく、それどころか命令がなければなにもしない人形如き存在であった。
計画上、血の繋がりのある兄弟や姉妹を集めることは足がつきやすい。しかしトランがいたことで、それが円滑に処理された。奴隷印官は中央センター教院に精神リンクし、奴隷がどこに輸送されるかなどの情報を引きだせる。情報を元に該当する子供を奪ってくるのたやすかった。
「……どこかゆくのか?」
ハイツが浮遊したのを見て、過去の回想から戻りトランが尋ねる。
「これみろよ、発信機だ。あのデブ野郎は、まだよからぬことを企んでいる!」
トランは飛び立つハイツを眺めた。
妖精憑き……。妖精には人に依存する特別な側面があると云う。トランは自分の意志で生きることを恐れているのを薄々感じていた。
「骨なしの怪物……皮だけ……身体だけ……心がない」
まさに自分は心のない身体だけ。そう骨なしの怪物はトランの心の代弁者なのだ。憑かれるには相応しい妖精である。そして、空の彼方に飛んでゆくハイツを眼で追った。ハイツも妖精憑きだ。妖精燕はハイツの何を代弁しているのだろうか。もし、その代弁するものを勝ち取ったら、自分はどうなるのだろかと、トランはうっすらと思考しだした。
その思考を断ちきるように、骨なしの怪物がトランの目前でニヤリと醜悪に笑う。
「いや……今はキーツ様に従おうを……姉さんを守ろう……」
トランは死んだ筈の姉の姿をキーツに重ね、守ろうと信じ、そちらに眼を促した。
数機の飛空艇が停めてあり、その円陣中央に設営された天幕があった。天幕の前では一枚の服を着る双子の姉妹が熊や鳥、白い子馬と戯れて遊んでいる。
オスピスキスがコンテナを抱え停泊していることで、遠目から見ればサーカス団やジプシー旅団と芸を生業としている一団と見えた。
「これは偽物だ……なんの力も感じられない。トランは何といっていった?」
天幕の主であるキーツが緑のキンマ盤を指先で軽く割った。控えていた数十人の男達が畏まり、白騎士の男カラインが進み出て告げた。
「アッペテンから絵の裏と訊きだし、金庫から奪ってきたとのことですが……」
「トランを疑うところだが、トランに偽物を作る余裕も意味もない。本物は絵の裏に隠してあったか、金庫が二重金庫でそこに隠していたかだ。アッペテンめ! 下らんことを!」
「ならば、今度は私めが……」
申し出た白騎士カラインを制し、キーツが述べた。
「よい。これは私が処理しよう。何かと、帝国、連合どもがうるさくなってきた。ここでしくじる訳はいかぬ……」
男達ははっとキーツの意に従った。




