■20 キンマの夢
「お兄ちゃん……お水、美味しい……」
「うんうん」
少年は葉にたまった朝露の水を少女にのませてやった。
「――お兄ちゃん。いいよ。うん。みんなの仇をとろう。私はお兄ちゃんならいいよ」
「そんな……だめだ。そんな……!」
少年が首をふると、先程まで密林にいたはずが、赤い荒野がざーっと広がった。
何千何百の赤い葉を散らせ巨木がたっている。少年と少女の心に語りかけてくる。
――そは、一つの実を食べ、肉を放つ。
――そは、二つの実を食べ、心を放つ。
――そは、三つの実を食べ、常世を放つ。
今にも朽ち果てそうな脳髄に似た巨木の実が蠱惑的に囁く。
――食べなさい……
少年は口を開き――白い歯が――
◇
「いやああああ!」
ソティは飛び起きた。強烈な悪夢を見た気がして、頭をふって思い出そうとする。思い出せない。無理に思い出そうとすると吐き気を覚えた。気持ち悪く、怖かった。
なんとか堪え、頭の中がもやもやだとソティは窓から外の風景をぼんやりと眺めた。
ソティが入院する病室からいつもの風景が見えるだけであった。
「ルーネ殿。先日は失礼致した。ルーネ殿が大切にしている猫様フォークを折ってしまったとはなんたる不覚。お詫びとして、この犬様フォークを献上したい」
(……小人が、いるよね……)
ソティは起きたばかりの意識を揺り起こし、横目にそれを見る。
机の上。小人ウルペンネがルーネに対し、敬愛する姫にするように、犬の刻印入りのフォークを捧げあげていた。ルーネは冷めた目でフォークを受け取ると言った。
「武器を構えるとき、右脇の締めが甘く、そこを狙われているわ」
「そうであったか! その癖をなおせば……これはありがたい助言。早速、鍛練じゃ!」
ウルペンネは喜び勇んで、騎士よろしくキリギリスに乗り込んだ。
ソティは床を跳ねていくキリギリスを疑心暗鬼の視線で睨め付けた。ちらちらと見える。半透明だが時々、騎士の鎧を着た小人の姿が。
「小人が、乗っていたよね! それも騎士の小人が!」
ソティが鋭く指摘した。
「いぬたぁん。わんわん」
と、ルーネは犬の刻印入りフォークを真顔で凝視する。
「新しいフォーク、よかったねーぇ。可愛いよ。わんわん!」
向かい側に座るファンテがさも自分のように喜ぶ。二人とも完全無視だ。
「おい! きいているのか! 耳にドロでもつまっているのか!」
「あら、なにかいまして? わんわん!」
ルーネが白々しく言うのを、ソティはじろりと睨んだ。
「もういい! なんでもない!」
ソティは苛立たしさ極まり、腕組みし、頬を膨らまし怒った。
「あらららん♪ そんな怒ちゃダメだよ。怒りぽっい子、がみがみウルサイ子は、妖精のたたりをくらちゃうんだから。わんわん!」
ファンテが宥めたのを、ソティは睨み、両手を猫の手みたいに曲げ威嚇する。
「お前、誰だよ! そのまゆ毛、剃るぞ! じょりじょりだ! ぽかたーん!」
「えー。まゆ毛はやめて~。下ならいいかな~。じょりじょり。あっふん。つるつるな私はファンテ。うと・われ~すぅ。宜しくね」
「これ、あなたの朝食」
ルーネが美麗な脚を組んだまま飛行してきて、パンやサラダがのったトレーをソティの前に差し出す。ソティは何かを察知していった。
「交渉しにきたな! 質問は今日の分、ひとつだけだ! こなかったお前達が悪いんだ!」
「はいはい。ゆっくりやっていきましょう」
たちまち敵愾心を露わにしたソティを諭し、ルーネはひゅんと元の席に戻った。
ソティが保護されてからその後、『キンマ、晩餐、豆、キーツ 』など事件に関係した言葉があがってきている。だが、その詳細については何も判明してない。
「フォーブラ図書館より鎧の件について報告がきた。あの鎧は聖騎士団サルウァトルに至る試作品の鎧ではないかということだ」
リリーが12班一同の前でそう語ったのは昨日のことである。
「悪名高き千首の多頭蛇を退治した伝説の聖騎士団……また厄介なものがでてきたな」
フォルが意味ありげに頷き、リリーが指摘する。
「案ずることはない。それに至るまでの鎧だ。二章程度で撃退できよう。問題はキンマの晩餐だ。こちらのほうは文献が全く見つからない」
「ただでさえ魔術師グリカムが関与している事件は歴史上から抹消されている。過去の事件で、フォーブラ図書館はグリカムの奏者に襲撃され、重要な情報を損失してしまったのが悔やまれるね。有力な手掛かりはなしか……残念だ」
アルベルが言い、ファンテが思案下に考える。
「今回の事件。奏者が関わっているのかな?」
「判断に迷うな。現在のところ、グリカムの奏者らしき人物はいない。深淵の影泳ぎクラスの奏者が暗躍していれば、我々でも把握が難しい。その点を念頭に注意すべきだ」
グリカムの奏者とはグリカムを崇拝し魔具の回収、開発をする、フォーブラ図書館、12班と敵対関係にある一団だ。『深淵の影泳ぎ』はその幹部であり、影に身をひそめるマラークスキルを魔具で強化し諜報活動を行い、12班にいくつもの煮え湯を飲ませてきた。
「シトゥラの風眼にあった遺跡は底なしの空中ゆえ再調査は不可能。残されたピレネン城の方は現在調査中だが、破壊しつくされ、なんら手がかりらしきものを得られそうもない」
それからファンテがリリーにホルトーレ社の目録帳を提出した。
「うい。これが、私のパパの会社の製品目録でございます」
この目録から教会の壁に残されていた型番の製品を調べ、教会の中庭にあったのはコンテナ式の住居が置かれていたことが判明した。
また近くに薬草採りにきていた老人が教会から骨魚のような飛空艇がコンテナを抱えこみ飛び立ったことを目撃していた。この老人は武装した男数十人と赤と白の騎士二人が戦いだすという光景を見て、すぐさま、銃士に連絡した。駆けつけたのは付近を飛空艇で巡回中の銃士達であった。銃士達は時代錯誤も甚だしい装備の騎士二人なら簡単に確保できると突入したが、瞬く間に追いつめられ、応援を要請しようとしたらしい。
銃士ひとりが飛空艇の座席で、無線機を手に待ち、背後から頭を――斧のような武器と思われる――かち割られて絶命しているのが発見されている。
「骨魚のような飛空艇……ジプシー達が乗る典型的なオスピスキスと見ていいな。オスピスキスを重点的に捜査対象とするよう手配しろ」
リリーが指示した。飛空艇オスピスキスは鉄のフックで胴体下にコンテナを抱えるようにして飛行する。そのコンテナで生活を送り、各地を巡り、芸を売るジプシー旅団がいるのだ。このオスピスキスの独特な姿を見ると、祭が始まると高揚感を覚える人々は多い。
そして、教会でフォルが拾った日記からはあることが解った。
――嵐が割れたのを見ました。嵐が割れるなんて、とても信じられません。嵐の中には大きな魚がいました。建物がありました。ノーミソがいました。幽霊みたいです。ノーミソは豆を降らせました。
――光の球の中には神殿がありました。またノーミソに身体を調べられ、豆を食べました。キミョウな味です。身体がミシミシいって、変な気分になりました。みんな変わりました。父さんの声がよく聞こえるようになりました。
(これで『豆』はキンマに必要な祭具であるとほぼ確定。でも、ノーミソという信じられない言葉が出て、意味が解らないことに。なんで、ノーミソに身体を調べられるの!)
ノーミソ……と12班の一同が頭を抱えたところである。
(この子がどこまで知っているか微妙なところ。だけど、なにも情報がないよりは……)
こちらを警戒しつつパンをちぎり食べているソティを観察しながら、ルーネは紅茶のカップを置くといった。
「さて。質問しましょう。あなたは少なくとも一回、豆を食べているわね。キンマになるために。キンマとはなんなのかしら?」
ソティはトレーをガチャンと派手に揺らし、驚いた。
「なんで! そのことを知っているんだ!」
「そんなことは、どうでもいいでしょ。早く、教えて。これは交渉よ」
あえて『交渉』という言葉を強調して言う。ルーネはソティが約束事は守る、義理堅い性格をしていることを把握していた。ソティは逡巡した。目に見えて葛藤している。
「キンマは人を越えた力を持った人のことだ。晩餐をするんだ。私はそれしか知らない」
「人を越えたらもう人じゃないじゃないかな」
ファンテが指摘すると、ソティは衝撃を受けて静かになった。
「……人じゃない? ……そうなるよな」
ソティは腕組みし、険しい顔をして考えこんだ。
(この子はほとんど何にも知らなそうね……)
ルーネはソティの様子を見て心中で嘆息した。
(でも、人を越えた力を持った人? なんなのかしら? 三枚の盤地図がある必要は? 豆を食べる……食べる……神話や伝承には異界の物を口にしてはいけない。食べたら元に戻れないなんて話がちらほらあるわね……その線なのかしら。キンマとは何なの!)
ルーネは顎に人差し指を添えて、首をかしげた。
「ありゃ? 二人ともなして考えこんでいるの?」
とファンテも首をかしげた。ソティとルーネがう~んと右に首をかしげる。遅れてファンテが真似し右に首をかしげてみる。う~んと次は左にかしげる。
次は右に……次は左に……次は右に……次は左に……
「え! なに、これ?」
扉を開けたセフィロナは、病室で繰り広げられていた首かしげ現象に驚いた。
「おはようでーす。私達首かしげ姉妹でーす。千回かしげるとおっぱいがもげまーす。ぽろりぽろり、ぽろりんこ。いたたた。もげそー。ありゃ、その服はなーにー?」
おっぱいがもげた動作したファンテが興味ありげに訊く。
「ソティちゃん、カワイイでしょ? 着せてあげたくなっちゃって」
セフィロナは数十の服をぶら下げたパイプハンガーを引いて入ってきた。
「うんうん。ふりふりな、ピンクのドレスがいいと思うの」
「私はメイド服ね。小悪魔な的なその服も捨てがたいわ」
思考の迷宮から舞い戻って、ルーネが言う。
「も、もげちゃうのか?……え! お前ら、何をいっている!」
言葉を真に受けて胸を確かめていたソティが二重に驚いた。
ソティに対して、残りの三人は如何にも楽しげな企みが始まると極上の笑みを浮かべた。




