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■12 アッペテン・ハイナム

「逃がしだと? キンマ盤はわしの大切な宝なんだぞ。それを……それを……!」


 腹部、顎、全身の肉。肉という肉を揺らしアッペテン・ハイナムが呻く。謎の一団を取り逃がしたフォル達は飛空艦アンシャンボロのオーナーの別荘へと戻ってきていた。


「その点は申し訳がない。犯人は指名手配をした。犯人の目星があれば、今後の捜査の手助けになる。何か、ご存じかな?」


 フォルは飛空眼鏡(エルヴァイザー)をこつこつ叩き、尋ねる。


「なんにも知らんな」


 こつこつという音に苛ついた様子のアッペテンが無下なく言い放ち、アルベルが頷いた。


「アッペテン氏はご存じでないようだね」

「そのようだ。おそらく、この女も知るまい?」


 フォルは栗毛髪の女のスケッチを見せつけた。


「――お前達、どこまで知っているんだ? どこまで調べあげたのだ!」


 アッペテンは目を見開き、驚きが体全体に波として広がる。


「知っているところまで、調べあげられるところまで調べた。さて、どうする?」


 フォルは挑戦的に言う。ちなみに、フォル達は何にも知らない。


(フォル君。僕達、何にも知らないのに……凄いはったりだよ! どきどきもんだ! なんか、乳首がおかしくなってきたよぉ! 乳首がズキューンだ! 痛いよぉ!)


 アルベルは悩ましく胸を抱え腰をそり、心底、変態的に痺れた。


「この女には、連合圏内で禁止された奴隷売買容疑がかかっている」

「奴隷など、わしは知らん!」

「しかしあなたがオーナーである飛空艦アンシャンボロが運用ルートとして利用されていた。これはいけない! とてもいけない!」


 フォルは大仰に手を広げ続けた。まさに落とすための演技である。


「社会的に、これがどう影響するか判断できるのなら、身の潔白を話されるといい」


 沈黙が舞い降りる。アッペテンは考えこんだ。暫くして重く息を吐きだすと、喋りだす。身を守るために打算が働いたようだ。


「……あの女。あの女キーツを、わしはキンマの晩餐を再現するということで援助した。それだけの関係だ。それがこんなことになろうとは……キーツに関しては何にも知らぬ」

「素性の知らぬものを援助するとは、あまりにも不用心な話だな」

「キーツはキンマの晩餐が実在する証拠を持っていたのだ。キンマの晩餐は“鋼鉄と魔術”の時代、最も贅のかぎりをつくした神の料理と言われておる。食通家の間で、それがどれほど至高たるものか、解るか? なにせ、不老長寿を得られるだぞ!」


 アッペテンは興奮し唾を飛ばして叫んだ。


「不老長寿とは――」

「俗で、安ぽっいもののが出てきたものだね」


 フォルとアルベルは顔を見合わせ嘆息する。


「……信じてないな? あれを見せろ!」


 アッペテンは指示し、執事がフォル達に写真を渡した。


「昔はかなり。いや、信じられないほど肥っていたんだね」


 一瞬、ぞっとしてアルベルが写真の感想をもらす。それを聞いて、アッペテンが言った。


「八日前の写真だ」


 写真から推測される事実が、実感として得られるまで数秒かかった。


「キーツが青のキンマ盤を見せ、渡してきた『豆』を食べたらこうなった。豆一粒でこの効用! 身体が若返り活性化されたのだ! まさに神の料理!」


 写真にはアッペテンの姿がある。今より五十~六十倍はある脂肪を身に付けて。ぶよぶよと広がって、部屋を埋めんばかりの絨毯肉といっていいアッペテンの姿が。この姿から八日で今の姿まで痩せるのは不可能に近い。体重計五,六回転分は痩せている。


「たった一粒の『豆』で、ね……」


 フォルはアッペテンの写真を指先でピンとはねた。


捜査メモ。

謎のあやしい『豆』の存在。キンマの晩餐とは?

アルベルを野放しにしてはいけない。

次回、ソティちゃん→

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