■11 赤騎士
砂浜には海球から離れてしまった小さな――小さいといっても大人ほどの大きさはある――海球がまばらに浮いていた。
フォルはその海球の上を足場に、飛空移動の力を加え、沈む前にぴょんぴょんと驚愕の早さで追跡する。
まるで黒蛇がうねるように――間がほとんどない。
一方、砂浜を疾走する奴隷印官は飛空移動、間、飛空移動、間の繰り返し。
さらに後からくるアルベルは飛空移動、走り、飛空移動、走りであった。
飛空移動は連続移動できない。よって、間をおいて移動するのが基本。どうしても一瞬停止してしまう『間』ができる。この瞬間的な間をどう処理するかで飛空使いの質が決まる。よって、三者の中で飛空移動に円運動すらあるフォルの飛空の技が格段に上なのは明らかであり、その結果、瞬く間に距離は縮まった。
「……早い。あの銃士……早い!」
銃士を撃退するしかないと判断し、奴隷印官は後退移動しながら、飛翔戦斧を飛ばした。
フォルは飛空移動――軽く躱された。
しかし、奴隷印官の狙いはそれだった。すぐにもう一本の飛翔戦斧が飛ばす。
飛翔戦斧は腕輪の浮雲珠と連動し、飛ばせば戻すことが可能――
フォルの身体を分断せんと、戻した飛翔戦斧と、今放った飛翔戦斧が空中で交差する。
「なん……、だと!」
奴隷印官は呻いた。絶妙な機会で、姿勢を伸ばしたフォルは、交差した飛翔戦斧の上下すれすれの間をぬけ、躱していた。師範代クラスに相当する飛空使いの動きだ。凄まじすぎる。
そして皿を投げるように――
円盤を投げるように――
フォル自身が回転する。
それは人間円盤!
飛空回転の超絶技。いや師範代が見たら唖然の非常識技で人間円盤となったフォルは凄まじい勢いで回転し飛んできた。奴隷印官を追い越し、その先の砂地へ。着地に失敗したと思えた。
しかし、砂ぼこりが、ほとんどあがっていない。
激突寸前、卓越した感覚と技能によって、飛空移動で上方向、右方向、左方向と繊細すぎる移動力を発生させ、衝撃を緩和し、着地したということだ。
(ありえない。あんな動きを飛空でする。方向感覚を失うはず! どちらが地表で……どちらが空と、解らなくなる……なのに、砂ぼこりすらまかず着地した。この男は!)
奴隷印官は片腕一本の逆立ちで着地したフォルを驚きでもって向かえた。
「そんなもんじゃ。俺は落とせないぜ! しゃりゃ!」
フォルは回転し近くの海球をけり飛ばす。そんな海球を蹴ってくるとは思いもしなかった奴隷印官ははっとし、両腕を突き出す。
だが、その行為は無駄。
飛翔戦斧は海球を散らし、奴隷印官は塩水をもろに浴びた。
「……うおぉ!」
「動くな」
塩水で視界を奪われた奴隷印官はフォルがあてる左牙剣の冷たさを首筋に感じた。
「フォル君! 君も動くな!」
アルベルの声。
「そうだ。動くな――待て、オレかよ!」
そうフォルの焦った声があがったとき、発砲音があった。
ぐえと苦痛の声。
フォルの背後から襲いかかろうとした骨なしの怪物がアルベルによって狙撃され、踏みつけられていた。
「骨なし君。この巨乳に誓おう。抵抗は駄目だよ。今、身を持って経験したから解ると思うが、この火銃には君のような存在に有効な銀弾が入っているからね。あはははっ!」
「そっちか。助かった」何かに気づいてから「……巨乳に誓うな!」
フォルは奴隷印官に注意を向けた。
「奴隷印官は……奴隷を管理するのに不正という言葉を使うのは腹が立つが……低い身分にある奴隷を、賄賂や異性の誘惑など一時的の感情で、上の身分にするなどの不正ができぬよう、奴隷印官は支配真鱗で精神的な束縛を受けているはず……」
奴隷印官と言えば帝国を象徴するひとつであり、感情を制御されるがゆえ、冷酷無比たる働きをする忠実なる戦士だ。
しかし支配真鱗を失うと奴隷印官は廃人となるか、たとえ廃人を免れたとしても、感情起伏が薄く、はぐれとなった奴隷印官は指示するものや保護するものがいなければ野垂れ死ぬ。フォルはそれを指摘した。
「だが、解放されているな。誰に指示された? その板はなんだ?」
「……喋る気は、ない……死人に、な」
奴隷印官はとぎれとぎれ言った。
「死人? ――アルベル!」
フォルは叫び、アルベルに飛びかかった。
そのまま抱え、遠くへ飛空移動――
先程までアルベルがいた空間に、熱線が鋭く横切っていった。
熱線は浮いていた海球をいくつかを一閃し、水蒸気の白い爆発を派手に咲かせる。
フォルは咄嗟のことで安定がとれず、砂地に倒れ込む。そのままアルベルの深い谷間に顔を埋めてしまった。この柔らかさは至極の天国か。聖母の愛で包む優しい深い胸。ああ、天国に……いかんとフォルは腫れ物に触ったようにアルベルから跳ね逃げ、頭を抱えた。
「ビックリした! この魅惑の巨乳にたまらずフォル君が襲いかかってきたかと。きゅん。きゅんきゅんだ! 新手か。あれ? どうした、頭をかかえて? やられたのか?」
「……男の胸に……顔を埋めてしまった俺の苦さが、お前にわかるか!」
「いいんじゃな~い? 僕達の友情が熱きものになったということで。ほら、もう1回!」
アルベル(おとこ)は両手を広げ、巨乳に誘う。
「ダメだ、この人。頭膿んでやがる! 断じて、否だ! 熱くない! あつくなーい!」
「あっちちちぃぃ!」
と、アルベルとフォルは地を蹴って、左右に分れた。
火球が飛んできた。危機一髪で、火球をさけた二人は熱風を肌に感じながら同時に見た。
海球すれすれを飛行し、海面を白い飛沫を巻き裂き、こちらへ迫ってくるものを。
太陽の照り返しを受け、赤く煌めく鎧は、なんとその赤さの禍々しいこと。突如の襲来者は、両籠手に火砲の孔を有し、火竜を意匠した全身鎧の赤騎士。
「マーテル移動者以上の飛行能力だぞ。断じて、信じられん」
フォルが驚き、アルベルが言う。
「……聖書の反応がびりびりきてる! こいつはー!」
となれば、ある可能性が導かれる。
――魔具!!
赤騎士の籠手がフォル達に狙いをつける。
フォルは片手に火銃を――
アルベルは両手で二丁の火銃を――
赤騎士に向け、乱射。
赤騎士は銃弾の雨を鎧で弾き、心地よい金属音の曲をその身で演奏して、真っ直ぐ突き進むのみ。意に返してない。突っ走る槍そのもの。
「いけない! 火銃がしけ始めた!」
火銃からぷすっと煙が出て、アルベルが叫ぶ。火銃は特に浮遊塩を含んだ湿気に弱い。これほど浮遊塩の水蒸気があふれては使い物にならなくなってくる。
「キンマ盤は?」
湯気を全身から立ち上らせた赤騎士は地表から少々浮いて、奴隷印官を背にする形で降り立った。奴隷印官の身体に巻き付く骨なしの怪物が、緑のキンマ盤を見せる。
「手にいれた……あいつら……どうする?」
陽炎が踊る眼界の先に、フォルとアルベルがいた。
「お前が選ばれたのは、事を荒立てずに、キンマ盤を奪えるという利点があったからだ」
「だが……あいつらは……その利点が、見えた」
「俺達はそれが見える。見える人間がいるならば、同じように見える人間もいよう。警戒すべき存在だが……もう派手にやりすぎた。今、最も重要なのは……」
「持ち帰る……こと……」
奴隷印官が飛空移動で後退し、続けて赤騎士が後退する。
咄嗟に追うおうとしてフォルであったが、赤騎士は海面上までくると、熱線を鞭のように放った。熱線は一線、二線、三線と連続し、碧色の海面に山吹の螺線が描かれる。
次の瞬間、凄まじい水蒸気の壁が派手な音とともに立ち昇った。
海岸は湯気が立ち上る白い世界と化し、その白い果てに、騎士達は消えていった。
捜査メモ。
さらに登場した謎の赤騎士によってキンマ盤が奪われる。
フォルとアルベルの友情が熱きものになった。
次回、アッペテンと対面→




