■プロローグ 嵐が割れた日
マラークは『精神』を源泉とする力であり、
キンマは『 』を源泉とする力である。
……『 』は欠損し、後の世には伝わっていない。
◇
「このぽかたん! ぽかたん! ぽかたん! ぽかたん! ぽかたん! ぽかたん!」
ソティは懸命に叫んでいた。全てはこいつらの連合せいなのだ。
「ぽかたん! ぽかたん! ぽかたん! ぽかたん! ぽかたん! ぽかたん!」
豪奢な金髪を振り乱し、碧い眼の少女ソティは小さな拳を握って叫び続ける。目眩がしてくる。でも許せない。あのまま、お兄ちゃんの手をとっていれば。私が転ばなければ。
「ぽかたん! ぽかたん! ぽかたん! ぽかたん! ぽかたん! ぽかたん!」
12班とかいっていた。もう、そんなことはどうでもいい。
私は髪の色を失い。肌の色を失い。お母様を失い、国も失い。このままではお兄ちゃんやお父様ともはぐれてしまい、全てを――全てを失ってしまう。
こいつらが私達を見つけなければよかった! あの一日前。こいつらに出会わなければ、よかった!
「ぽかたん! ぽかたん! ぽかたん! ぽかたん! ぽかたん! ぽかたん!」
それとも、あの日。
あの台風が割れたときから、私の全てを失う残酷な歯車が回っていたのだろうか。目の前が真っ白になってくる――
「この、ぽかたーん!」
◇
一日前。
ソティは空飛ぶ飛空挺の貨物室にいた。
雷鳴が鼓膜を裂けんばかり轟き響き、ソティは身を震わす。丸窓から覗ける外には、恐ろしい数の竜巻が乱立していた。
“シトゥラの風眼”
大人達は確か、そういっていた。
太古より数個の台風が発生し、その中心には何かあると滑稽な噂や伝説が絶えず、それを信じた冒険家や考古学者が暴風の餌食となり、毎年消えていく死の空と。
もはや挑む者がいないはずの死の、荒れる空を飛んでいるのだ。
ソティ達が乗る飛空挺が木の葉のように煽られ、激しく揺れた。
(怖い怖い怖い。でもでもでも!)
ソティは恐怖に飲まれそうな心を奮い立たせ、暗い貨物室を見渡す。他の少年少女達数十人の懸命に耐える姿が見えた。
「きっと財宝が眠るエルピスの大宮殿があるんだよ! 大陸を統一したあの霸王アルガリアの居城があるかも!」
出発前、ソティはその子達とそう騒いでいた。しかし冒険にでかけるんだという甘い思いは打ち砕かれ、、今では飛空艇の貨物室の隅で怖がるだけだ。
雨粒の音や鉄の軋みが容赦なく響き、いつこの飛空艇が大破してしまうのか。そう思わせる暴風の愛撫が大の大人すら恐怖に陥る悪夢の空なのだ。
(でも、私達には守護者とお父様がいるから、大丈夫……)
ソティは恐怖に飲まれまいと心を強く持ち、それを心の支えにしようと意識せず見た。
雷鳴が轟くと、悪鬼の冑が照らし出されその存在を誇示する。その守護神たる悪鬼を意匠した甲冑の白騎士が見えるたびに、子供達は安堵と勇気を覚え、ソティは呟いた。
「……お父様!」
もうひとつ。暗闇の中でもずっと消えない光が子供達を支えてい。
一見、教師のようで、厳しい顔立ちの女が持つ銀杏の葉に似た板が青白く発光している。シトゥラの風眼の中心へ向かうほど発光の強さが増すのを確認すると、女は喜びで思わず口元をゆるめ、天井のハッチを開けた。
女は金具にベルトを引っかけ飛空艇の上に立つ。栗毛色の髪は乱れ、豪雨が容赦なく白い肌をうったが気に掛けない。
急いで、ソティは丸窓に顔をくっつけ外を見た。見渡すかぎり東西に広がって、どす黒い雲の壁があった。
栗毛色の女は黒い雲壁に輝く板を掲げ叫んだ。
まるで強大な天の巨神に挑む勇者のように。
「キンマの道よ! いま、ここに!」
すると嘘のような静寂が訪れた。暴風の音も、雷鳴の音すら消えた静寂の世界。
耳が痛くなるほどの静寂が一帯を支配し、天高く伸びる積乱雲に一筋の青い線が縦の伸びてゆき、そこからシトゥラの風眼は左右に割れ始める。
畏怖を抱きながら、ソティは見たのだ。
「空が……風が……割れた……!」
世界史上最大の台風が真っ二つに割れるのを――
次話からソティの敵となる連合銃士側の視点になります。