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イケメンと対決 イイ女とも火花

夕方のニュースで、花咲このみの任意での取り調べが一斉に報道された。翌日にはワイドショウも各局でこの話題を取り上げた。

スポーツ新聞でも一面トップで、度派手に扱われた。さすが!大物女優。あっという間に世間に注目されちゃった。

でも僕がいちばん興奮したのは、報道陣に囲まれながら警察署に入る花咲このみの映像の中に、啓治君も映ってたってこと。

押し寄せるマスコミからこのみをガードする啓治君の姿が、けっこうめだつアングルで出てたの。感動するとこじゃないかもしれないけど、妙にうれしくて思わず「啓治くーん」って、つぶやいた。

僕は、普段読まないスポーツ紙を何部も買って読んだ。一連の報道内容は身代りをたてた経緯(いきさつ)なんかを一番にあつかっていた。

特に死んだ辻本本人の発案でかなえを身代りにしたところが多くの人の驚きというか、関心を引いたらしいの。おかげで警察当局がもっとも心配していた「冤罪を引き起こしたずさんな捜査」への批判はほとんど見当たらなかった。

もちろんマスコミに対する警察側の工作もきっといろいろあったんでしょうけど。

そして案の定だけど、孝子の不審死についてはどこの報道もふれていなかった。

警察の意図を受けてなのか、それとも報道陣がそこに興味を示さなかったのか。見事なほど無視されていた。取り調べからそのまま逮捕拘留された花咲このみは、いづれ保釈金を積んで出てくるだろうって。

でも裁判では有罪判決はまぬかれないだろうから、彼女の芸能界での立場は破たんするみたい。仮にも人を死に至らしめて、何食わぬ顔で映画やテレビに出ていたのだから許されるわけがないって書いてあった。

かなり悪質とみなされて執行猶予もつかないだろうと、大方のマスコミが予想している。それとは反対に、同情を集めたのがかなえだった。

大物女優と劇団の圧力で、無理やり犯人にされた可哀そうな当時19歳の女の子ということになったの。

かなえはスタイルもよく色白で美形。女性週刊誌も食いついてきて、いちやく悲劇のヒロインとして脚光を浴びちゃった。

いづれ、本の一つも出すことになるかもしれない。ただ、逆に今までどおりの生活するわけにはいかなくなるだろうからきっと大変。

彼女の日常も、このことで壊されちゃうのかも。それはそれでかわいそう。でもはたして、孝子の死にかなえはまったく無関係なのかしら。僕にはそのことが一番気がかり。

孝子の件に関しては、捜査の動きは鈍いように思えてしかたない。当局側もあんまり全てのことがあからさまになると、かえって困るってことあるのかも。それでニュースに出ないのかしら。それともやっぱ自殺で終わらされてしまうのかしら。でも、どうしても真実が知りたい。ここから先は、僕個人の想いで調査する。こうなったら啓治君には悪いけど出し抜いて見せる。って、なぜか力が入っちゃった。

久司の目は鋭く尖っていた。

いきなり携帯かけたときはほとんど返事しなかったけど、孝子の自殺についてって言ったら急にわかったって待ち合わせ場所を指定してきた。

そこは新大久保の駅の近くの地下にある、ショットバーみたいなとこ。僕はオータムを意識してマスタードカラーのトレンカ付きの黒のチュニック。白のニット帽にゴールドのネックレス。黒のグランブリュスタイツ。

狭い入口から階段を下りて、おそるおそる「プレリュード」って書いてある店の扉を押した。

まだ午後の早めの時間だけど、店の中は薄暗く静寂。一か所だけスポットのようにあかりがついている。

その天井から末広がりに明るくなっているカウンター席に、背の高い細身の男が腰かけていた。

ゆっくりと背中越しにこちらを振り向いて、僕の方を見つめてきた。

痩せこけた顔に異様に強い光を放つ眼光。あごひげが顔の鋭さを強調してる。黒のジャケットにグレーのシャツ。細めの足にピッチリの皮のスラックス。革靴は先っぽが尖っていて白と黒のモノトーン。

なにより首から胸にかかったゴールドのチェーンネックレスが目をひく。入り口で立ったままの僕。怖かったけどゴールドにぐっときちゃった。

「あんたか?電話してきたの」って、くぐもった声でこちらに歩きながらつぶやいた。ああ、確かにケンとおんなじくらいの背丈。二人の雰囲気似てるかも。

「俺の店だ。こっちに来な」

言いながら、踵を返して彼はカウンターの中に入った。

「昼間っから、酒はやんねぇだろう」

そう言って、細くて逆三角形のたけのあるグラスに赤い液体を入れてカウンターの上に置いた。その真っ赤なグラスに魅かれるように、僕はカウンター席に座った。

「トマトジュースだ。よく冷えているから、苦手でなければおいしいぜ」

「柏木真理子って言います」

ちょっと緊張気味に僕は言った。

「マリコ・・・か。で、孝子の自殺についてなにか俺に聞きたいことがあるのか」

じっと刺すようなまなざしで僕を見つめる。

「前田のおじい様からもあなたのこと聞いてます」

「・・・」

久司の目つきが険しくなった。

「喫茶ジョイは、今私がやってます」

「ほっ」

「今年の春先からです」

「前田さんのご厚意で、少しばかりの支度金でお店まかせてもらったんです」

「ふん、そうでもしなけりゃあの店続けることできなかったのさ」

「ええ、確かに継いでくれる人、探してたみたいです」

久司はたばこを出してライターで火をつけた。ふーっと一服、煙を吐き出した。なるほど様になっている、かっこいい。

「タイからお戻りになって、孝子さんとお付き合いされてたんですか?」

「ふふん、調べはついてるんだろう・・・」

「ポン引きやってるって聞いてましたけど、このお店は孝子さんが援助されたんですか」

「・・・」

「それとも別の女性?」

「そうでもなけりゃぁ、俺がこんな店出せるわけないと言うことかい」

煙を天井にむけて吹き付けるように吐き出した。

「孝子さん、自殺でないってご存知ですよね」

さすがにぴくりと表情が変わった。

「知らねなぁ」

たばこの先っぽを親指と人差し指でつぶすようにして火のついた部分をポトリと灰皿に落とした。いちいち様になるな、この男。

「あんたと孝子は知り合いかい?」

両手をカウンターについて覆いかぶさるようにして、正面から僕を見つめてきた。どきりとしながら、僕も負けずに彼を見あげた。たぶん脇の下に汗かいてると思う。

「別に」って、さらりと言って見せた。

「10年前から縁があったのよ」と久司の顔を正面から見あげた。

久司は怪訝な顔をした。

「今、ニュースで騒いでるでしょ。花咲このみの事件」

「うむ」

彼の顔に緊張が走るのがわかった。僕って尋問の名人かしら?

「すぐ近くにいたのよ。あの10年前の騒動の時にも」

久司は無言で僕を見つめてる。さっきのような刺すような視線でなく、いぶかるような目つきだ。頭の中でいろんなことをぐるぐる考えているのがよくわかる。

「かなえさんとも話してるの」

この一言で、薄暗い明かりの中でも彼の表情が硬くなるのがわかった。

「かなえさん。ご存知でしょ」って、突きつけるように聞いてみた。

「ふっ、それがどうした」

久司は横を向いてふてくされたように答えた。

「かなえさんと最後に会ったのは?」

「さあな・・・覚えちゃぁいねえよ」

おやっ、もしかしてつい最近も会ってる。なにかそんな疑問を抱かせるような答えかた。ぐいぐいと手ごたえを感じる。「よし」っと、僕は思い切ってかまをかけてみた。

「じゃあ、私がかなえさんと会っていたこともご存じだったのね」

「知らねえよ!」

一瞬驚いたような表情を見せたが、声を荒げて僕をにらみつけた。

あきらかに動揺している。最初の凄味のある印象は弱まり、心の動きが透けて見えるよう。

「とにかく、あんたが何のつもりで孝子の自殺について聞いてくるのか知らねえが、俺は関わり合いもってねえからな」

「孝子さんと最後に会ったのは?」

「知らねえよ。いちいち覚えちゃいねえよ、そんなこと」

久司から迫力のようなものは完全に消えている。たじたじとしてるのが伝わってくる。

「もういいかい、これから店開く準備にかかる。帰ってもらおうか」と、あわてて凄味を利かせるように言ってきた。

「ふふ、いいわ。私もこれで十分だったわ」

僕は余裕を感じながらストローでトマトジュースを一口飲んだ。ごちそう様って言いながら、しゃなりしゃなりと入り口に向かった。背中の後ろで、久司が硬直してるのが分かる気がした。

外に出ると、意外に時間が経っていたみたい。あたりの様子が夕方っぽい空気に変わっていた。

緊張感から解放された気分で、秋の気配の青空がのぞくビルの谷間に僕は「うーっ」と小さくのびをした。

緊張していた割に、今までと違って余裕がある僕。久司と会ってみて、とんでもない事実をつかんだ気がする。

たぶん、かなえと久司はつながってる。でもかなえは僕のことをとりたてて久司に話してはいなかったのだろう。

そして久司も、今日僕と会うことをかなえに伝えていなかった。虚をつかれたことが久司の動揺ぶりでわかる。

今頃は、久司はかなえと連絡とりあってるような気がする。もし僕の推測にまちがいがなければ、今度はかなえのほうからコンタクトがあるはず。ここは一番、腹を据えて何かが起こるのを待っていようっと。

ともかくも僕は、警察を出し抜いてやったような満足感を覚えていた。啓治君の顔がしきりに浮かんでくる。「どう」って言ってやりたい感じよ。

なんとなく足どりも軽く地下鉄の駅に向かった。それにしても僕って、だんだん腹がすわってきているのが自分でもわかるような気がする。もしかして僕はだいぶ強くなったのかしら。

花咲このみが、5千万円の保釈金を積んだニュースが流れた。今度は拘置所から出てくる映像が夕方放送された。

たくさんのフラッシュを浴びながら迎えの車に乗り込むこのみ。なんどもカメラの方に頭を下げている。

音声は入っていないけど、申し訳ありませんでしたみたいなことを言っているのが見て取れた。

その化粧っけのない顔で、日本全国に年相応の素顔をさらすことになっちゃってる。お気の毒さま。

ニュースの解説では、かなえの偽証罪や犯人隠避のことも触れられていた。でも、おおむね、かなえに同情的な話方してた。

未成年だった彼女に、警察が形式的な捜査で終わらせたことを非難するみたいな感じになってるの。

あれあれ、警察の一番恐れた方向に行きかけてるみたい。僕の直感だけど、これで当局はますます孝子の不審死に触れないような気がする。

自殺と断定してしまったことが間違いとなると、よけいにマスコミの批判にさらされることになる。これ以上の広がりをふせいで、一件落着としたいところだろう。

啓治君から連絡があった。僕は直感した。たぶん孝子はやっぱり自殺だよって話になると思う。

「やぁ、ニュース見た?」

「うん、見たよ。花咲このみ、やつれた感じだったね」

「そうだね、1週間の取り調べはけっこうハードだったからね」

「それでどうなの?」

「うん、辻本を刺したことは認めたよ。逃亡の恐れもないし、それで保釈さ」

「そう、孝子とのかかわりは?」

「うん、それなんだけど・・・」と啓治君言いよどむ。

「マリコの勘は鋭いね。マリコの推理あたってたよ」

「?・・・」

「このみはあの日、けいこ場をぬけて孝子のマンションに行っていた」

「ふーん」

「だけど鍵がしまっていたので、そのまま戻ったってことらしい」

「そのまま?」

「そう、時間もないのですぐに戻ったらしい」

「なにしに孝子のところに行ったわけ?」

「うむ、それもマリコの言うとおりだった。つまり、孝子は再びこのみを脅迫してた」

「うん」

「このみが孝子に払った金は30万でなく、300万円だった」

「300万」

「だけど、それで終わりそうになかった。それで孝子と談判するつもりで訪ねて行ったらしい」

「そうなんだ。でもそうなると、孝子が自殺するのがやっぱり不自然」

「そこなんだけど」って、啓治君少しトーンを下げた。なんか周囲の人の証言で、乳がんかも知れないと悩んでた様子があったようなの。

それで発作的に首を吊ったのではということになりそうなんだって。それって花咲好みの言い分そのままじゃないよ。

「このみと吉本の接触は?」って聞いた。

啓治君、ちょっとうろたえたみたい。ふふ、相変わらず気が小っちゃい。

「うん、確かに仕事がらみで会ってはいたようだけど・・・」と語尾が小さくなる。そうね、劇団関係者の吉本とこのみが打ち合わせで会うことは自然なことのように思える。そこをいちいち疑うのは難しいということかしら。

「久司と孝子の関係は?」って、たたみかけてみた。啓治君ますます戸惑ってるみたい。もうー、しょうがないねぇ。しっかりしろ!って、思っちゃった。

「まぁ、久司の女関係は複雑。孝子ともただの遊びだったようだよ」

「そう、それで」って、わざと語気をきつめに聞いてみた。啓治君は明らかにびくんとしてる。ったくー、刑事だろう。ちゃんとしろ!だね。

「うん・・・だから孝子の死はやっぱ事件性はないみたい」だって。僕はかなえと久司のつながりのこと教えたくてうずうずした。

「ということはこれで捜査は終了?」

「そうだね。だけど僕は課長から褒められたよ。僕が粘りづよく捜査を続けたので、今回の冤罪事件が発覚したってね」

そう、よかったねって言ったら「マリコのおかげだよ」ってぽつりと言ってくれた。

ふむ、なんかうれしい。

「一言、お礼が言いたくてね」と啓治君。なんかほだされちゃうよねぇ。

「あのね、もう一回お手柄たててみない」って、思わず言っちゃった。啓治君、なんかぽかんとしてる。

「うふふ、かなえとね、久司ね・・・。裏でつながってるよ。意味わかる?」

「えっ?」

啓治君どういうことって聞き返してきた。

「よければ今夜、お店に来ない。刑事になれたお祝いしたげるよ」

「ああ、あー、うん、そう。・・・わかった。今夜行くよ」

なんか啓治君戸惑ったみたいだけど、声はうれしそう。そうだプレゼント買っとかなくちゃぁ。



エイコちゃんがめずらしく目下の彼氏を連れてきた。エイコちゃんは、ユキちゃんとちがってにぎやかタイプ。おしゃべり好きでよく笑う。友達も多くいつも忙しそう。彼氏っていうのもすぐに変わる。

原宿やらお台場にはしょっちゅう出かけていた。秋の気配とともになぜかおとなしめな雰囲気になっていたけど、どうやら本格的な恋してたみたい。

「洋一郎くんです」って、なんか照れながら紹介してくれた。

「あっ、こんにちは」って、あいさつしたら「ほら、ママさん。ね、かわいいでしょ」って、洋一郎くんのほうを見ながら、僕の方に片手を向けて紹介してくれた。

ああどうもって軽く頭を下げる彼。

「そう、いつからお付き合い?」

「夏にね、湘南でね」って、エイコちゃん。

「ふーん、ヨウ君って呼べばいいのかしら」

「はいヨウとか、ヨウ君って呼ばれます」

ヨウ君は、世田谷に住んでいる。エイコちゃんと一か月に一度ぐらいしか会えない。

そのことがかえって二人の想いを強くしているらしい。

本気の恋がしたいって言ってたエイコちゃん。今はその恋する乙女になって、とてもかわいらしい女の子って感じ。

ヨウ君は、バトミントンクラブでなかなか休みが合わないんだって。結果として遠距離恋愛っぽい形になっているのね。

メール中心の会話なんだけど、そのメールでエイコちゃんがあんまし僕のこと誉めるもんだから、ヨウ君顔見たくなってわざわざここまで来てくれたんだって。

「うふふ、ありがとね。誉めてくれて」

「だってママさん、いつもかわいくて明るいんだもの」

「大変だわ。これからもかわいいカッコしてなくちゃねー」

「でも大人の雰囲気もあって素敵です」って、ヨウ君。その一言に僕、思わず胸キュンしちゃった。うれしいねぇー。年下の男の子から大人の雰囲気なんて言われるなんてさ。

「やだぁー」って、エイコちゃん。

口とがらかしてヨウ君をにらむ。わぁー、恋する乙女。妬いてるぅ。

ユキちゃんとアッコも寄ってきて、またいつものワイワイ談義が始まった。

どうしてこう女の子っておしゃべり大好きなんだろうね。そう僕もそうだけど、おしゃべりしてるとなんかこう、すっごく幸せな気分になってなんでもしゃべってしまう。女子の特性ね。

まぁ、弱点にもなることもあるけど、おおむねストレス発散には欠かせないものかもね。

他にもお客さんがいるので、ごゆっくりしてってねって言って僕はカウンターに戻った。その時、入ってきた女性客がいた。

小柄でベージュのタイトスカートに、ネイビーブルーの横縞のシャツ、茶系の薄手のジャケット。大きめのサングラスで小顔の半分が隠れてる。アップした髪も巻き毛でちょっと派手目。あっ、ミユキ店長。

しばらく会わない間にずいぶんと印象が違ってる。控えめで地味だったのが、まるっきり一変してしまっている。

僕が垣間見た、あちこちの週刊誌のインタビュー記事なんかによると、どうやらかなえにはいくつかの女性ファッション雑誌からモデルの話がきてるみたい。

「光と影の日々」ってタイトルで、獄中体験みたいな本も出版されるってワイドショーでも言っていた。彼女はもうちょっとしたスターのような存在になってしまっていた。

突然の来訪に驚いてる僕に、当のかなえはサングラスを外してにこりと笑って見せた。「おひさしぶりー」といってカウンターに腰かけた。

「昔とは雰囲気ちがうけど、やっぱりなつかしいわぁ」と言って、しばらく感慨深げに店の中を見渡した。

「驚きましたぁ。でもよく来ていただきました」って、僕も挨拶したの。

「うん、ちょっとこっちにくる用事があったので寄ってみたの」

「コーヒーにします?」

「ええ、お願い」

僕の淹れたコーヒーを、両手でカップを包むようにして持ち上げた。それからゆっくりと味わうように飲んでくれた。

「ふぅー、おいしい。お上手ね、マリコさん」って、僕にニコッとする。

どちらかというと、無愛想なイメージの強いミユキ店長とは思えない。最近はこんな風に明るく振る舞っているのかしら。

「ありがとうございます。どうですかお店、10年前とはだいぶ違うでしょう」

「そうね、あの頃は私の方も若かったから・・・」と言って、少し周りを見渡すしぐさをして言葉を止めた。しばらく間があいた。

「でもすごい人気ぶりですね。ファション雑誌に出たりするんですか」

「ええ、今来月発売のものを撮影してるの」

「へぇー、すごぉーい。じゃぁ、あのお店辞められたんですか」

「そうなのよ。あれからマスコミが押し掛けるので、お店に出るどこじゃなくなったの」

「大変ですねぇ。もうこれからはミユキ店長じゃなくて、かなえさんって呼んでいいですか?」

ぴくりと表情が動いたのが見て取れた。でもそれは一瞬のこと。

「だよねぇ、あなたは全部知ってるんですものね」って、僕の顔をじっと見つめてきた。

「全部って、そんなことないですよぉー」

「あれからいろいろあってね」って、コーヒーカップを再び持ち上げ口のところで止めて僕の方を見つめる。

「そうですね。でも、もう一件落着でしょう」

「そう思う?」って今度はカップを皿に戻した。

「違うんですか?」って僕もかなえを見つめ返した。

「すべて終わってほしいわ。もう昔のことなんだから」

「そうですね。でも、全部昔のことって訳でもなさそうな気もします」って僕が言うと、彼女は無言だった。しばらくの沈黙があった。

「ところでマリコさん。まだ、刑事さんのお手伝いしてるの?」って、かなえが聞いてきた。

「うふふ私、なんか民間協力者っていうことになってるらしいんです」

「へえー、ミンカンキョウリョクシャ?」と怪訝な顔してる。それから思いついたように

「そう言えば、この店のもともとの持ち主。えーと、確か前田さんって言ったわね。お元気かしら?」って水を向けてきた。

「ええ、ときどき顔出されますよ」って僕も答えた。

「その息子さんの久司さんご存じ?」って、いよいよ核心にふれてきた。

「10年前、久司さんにはお世話になったのよ」と僕をじっと見つめてくる。

僕も少し間をあけて黙っていたので、なんか微妙な空気が醸し出されてきた。

「昨日お会いしましたわ」と、少しうつむき加減にぽつりと言ってみた。

かなえは黙っている。二人の間に一層の緊張感が漂う。なんといってもお店の中なので、お互いあからさまに言い合う訳にはいかない。

「そう、どうしておられるのかしら?」って、かなえも冷静に聞いてくる。

「新大久保の方でお店やっておられますわ。最初、新宿でポン引きなんかやってるって聞いたんですけど、どういう訳かお店持てたみたい」って僕。意味ありげな言いかたしてみた。

「そう、お店を・・・」って、かなえは片肘をついて僕の顔をまたまた見つめてくる。

「きっと、どこかの女の人がお金出したような気がします」と、かなえの顔を見返す。

「女の人?どうしてそう思うの?」

「前田のおじいちゃまは久司さんを援助なんかしませんもの。誰かがまとまったお金を出したような気がしますよ」

「そうね、久司さんは女性にもてるみたいですものね」

「もしかして、かなえさんだったりして」って、まぜっかえすように言ってみた。

「あらっ、そんなこと」って、かなえ。

「久司さんしばらく海外に行ってたみたいですけど、2年前に日本に戻ってこられたんですって」と、僕のほうからつっこんでみた。

「・・・」かなえは無言だ。

「かなえさんご存じだったんでしょう?」って、さらにつっこみを入れてみた。かなえはやっぱり返事をしない。

無言のままコーヒーカップを見つめていたけど、しばらくしてにこっと笑顔を見せた。そしてゆっくりとした調子で「さすがね」って言った。

「マリコさん勘が鋭いのね」と目だけ笑わない笑顔で僕を見つめてきた。

「ねえ、もしかして・・・マリコさんは、私がここに会いに来るのわかってた?」

「久司さんの顔にはかなえさんとはわけありって書いてありましたから」って、僕も笑顔を見せて答えた。かなえの表情がかたまったように見える。

「でも、久司さんとは10年前の時は、顔を知ってる程度だったはずですよね」

「えー、どうしてそう思うの?」

「かなえさんは、八十八夜の人たちとはあの頃しっくりいってなかった。だから刑期を終えた後も、八十八夜の人たちとは連絡取っていなかったのでしょ」

かなえは、固唾をのむみたいな顔つきで僕を見つめている。

「そんなかなえさんが久司さんと再会するのは、むしろ孝子さんを通じてでしょう」

かなえの顔は心なしか青ざめてきた。

「最初にあなたの居場所を突き止めたのは吉本さんですよね」

「まっ」って声を、かなえは思わず洩らした。僕はしてやったりと思った。これで十分だわ。僕はわざとそこで沈黙した。もうこれ以上手の内を相手に教えることもないよね。しばらく二人の間に無言の時が流れた。

「すごい想像力ね。そうすると私は、吉本さんや孝子さんと連携してたってことになるわね」とかなえが押し殺したような声で、再び話しかけてきた。

「そう考えるのが自然な気がします。違いますか?」

「そ、そんなぁー、そうだとするとマリコさんは私のことどう考えてるの」

にらむように僕を見つめてきた。

「別に。ただ久司さんをめぐって孝子さんとかなえさんのさや当てがあったのかなーってね」と、僕もかなえの顔を正面から見据えた。

「まさか私が孝子さんをどうにかしたって、思ってるんじゃないでしょうね」

かなえはいかにも心外って顔で、僕をにらんだ。どうしてなんだろう、僕につっこまれた人達って、すぐににらんでくる。おかげで僕が相手の核心をついたってことがわかっちゃうのよね。うふふ。

僕の無言の(違いますか?)って、どや顔にかなえはそうとう動揺したみたい。

「いいわ、今日は懐かしさもあって寄らせていただきましたけど、もうこれで帰らせてもらいます」って、ほんとそそくさと勘定して店を出て行こうとするの。

あんまり急に帰ろうとするので、アッコやユキちゃん達も驚いてぽかんとしてる。

そうとうあわ食ったようね。おあいにくさま、おもてなしできなくって。探りを入れに来たのでしょうけど、僕の攻勢にたじたじになっちゃたのね。うふふ。

でも、そうなると僕の空恐ろしい推理がいよいよ現実(ほんと)のものになるわ。背筋がゾックとするような怖さを僕は感じてしまった。

啓治君が、いつもの時間帯にいつものようにやってきた。

僕は、刑事に昇格したお祝いに、男性用オーデコロン「ギャラントセクシーメンズ」をプレゼントした。

午前中の常連さんでAOLAのイケイケ軍団って、僕がかってに呼んでる例のおばさん達から少し安く譲ってもらったの。

啓治君「こんなのつけたことないよー」って、うれしそうに言ってくれた。

「ありがとうマリコ。マリコのおかげで念願の刑事になれたよ」

「あら、ほんとにそう思ってるの」

「うん、素直に感謝してるよ。孝子の死を自殺じゃないって、最初に言ってくれたのマリコだもの」

「うふふ、僕の直感捨てたものじゃないでしょう」

「ああ、恐れ入ったよ。ところで電話で言ってた、かなえと久司の件。どういうこと?」

「ええ、そうね。この前、久司と直接会ったのよ。そしたらね・・・。今日、かなえが突然この店に来たの」

「へぇー、そうなんだ」と啓治君、顔が真面目(ほんき)になってきた。

二人が繋がってるってことは「つまりね、花咲このみを脅迫してたのは吉本と孝子だけじゃないってこと」と僕はちょっと得意になって片目をつぶった。

現在、吉本は脅迫容疑で警察から取り調べを受けている最中だ。


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